cats and dogs

‐original BL novels‐



-蓮の章- 第七のパンドラ(3)

   § : 「cats and dogs」
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 やたらと手馴れた様子でレンは荷物をまとめ、サクにも分けてそれを持たせると、転がる死体を一瞥だにせずに部屋を出た。
 他にもいくつか、最低限生活できるだけの部屋はあるのだと言われ、サクは驚く。こんな状況で口笛交じりに夜道を歩いていくレンの後ろ姿に、自分がひどく無力で頼りない子供のように思えてくる。
 その感覚は泣きたいほど心地良いようでもあり、だがそれを受け入れることに、叫び出したいほどの悪寒と恐怖があった。
 だから奥歯を噛んで、サクは黙ってレンの後についていった。

 小さな無人の雑居ビルのような中に行き先の部屋はあり、シンクと狭苦しいユニットバスがあって水が来ていた。ただし電気は通じていないらしく、そのあたりは自家発電に頼るようだった。
 ほとんど何もない部屋にはベッドもなく、ひとまずコンクリートの床にダンボールを敷いてそのまま横になった。
 闇の中でいつまでも目を見開いているサクに、レンがその身体を引き寄せて抱き締めた。だがそれ以上何をするでもなく、じきにレンから穏やかな寝息が聞こえ始めた。
 それを聞いているうちに、サクもいつのまにか目を閉じていた。
 レンに伸ばされかけた手は、しかし途中で握り締められ、とうとう最後までそれ以上動くことはなかった。


 それからレンは、住居を一ヶ所に定めず転々と移動するようになり、出かけるときは必ずサクを伴うようになった。移動には常に単車を使い、夜はそれを信頼できるガレージに預けて、誰にも場所を洩らさず隠れ家を渡り歩いた。
 先日のような襲撃も厄介だが、アリサの死と、サクがアリサという後ろ盾を失ったことが、徐々に周囲に知られ始めていた。
 サクに魅かれる者も恨んでいる者も、皆「籠から出た鳥」に舌なめずりしている。レンも常に拳銃を携帯するようになったが、それだけを頼りにするにはあまりに心許ない状況だった。
 人なつこくあっけらかんとしたレンには奇妙な人望があり、行く先々で声をかけられ、人々が寄って来る。レンは普段と変わらない快活さと闊達さで、しかし意図的に、そういった人付き合いの輪をさらに強めていった。
 サクを強烈な印象と伝聞とでむやみに畏怖し、忌避していた多くの人々も、レンがそこまで親しくしている者ならと、サクに対する警戒心をかなり薄れさせたようだった。 
 レンの周囲には常に誰かがおり、結果的にそれが、サクとレンを守る防波堤の役割を持つようになった。レンは常にサクと行動を共にしている。サクを狙う為にレンを巻き込めば、確実にレンを慕う者達が敵に回る。下手な騒ぎになれば、血の気が多い輩の中には武器を持ち出す者もいるだろう。
 廃都には廃都なりの則があり、遺恨を残すような妙な揉め事は、報復を恐れるからこそ皆敬遠した。
 サクも最初こそは抵抗を示していたが、今はレンに従うことが最も良いと判断したのか、素直に後に着いて来るようになっていた。

 元々レンがやっていた「配達屋」を、サクも成り行き上手伝うようになった。
 確かにその呼び方に嘘はなく、宅配便やら郵便という機能が存在しない廃都において、手紙やら荷物やらを単車で運べる範囲であれば届けるというレンの仕事は、意外にも盛況であるようだった。金にこだわらず、報酬が物々交換でも、あるいはそれ以外でも気軽に柔軟に応じるあたりも、廃都という環境に合っていたのだろう。
 移動中に何者かに追いかけられたことも何度かあったが、廃都の荒廃した路を自在に往くのは慣れが必要で、レンはさしたる苦労もなく追跡を撒いてしまった。
 日常の中に物騒な影がちらちらと覗きながらも、それは平穏を大きく脅かすには到らず、レンのどこまでもけろりと明るい笑顔に文字通り守られながら、日々は過ぎていった。 


 このままうまくいくのではないか、と思い始めた頃、それは起きた。


 すぐ戻るから、と、レンが配達先の半ば崩れかけたようなビルに姿を消し、サクは一人で単車の側に立っていた。
 レンは常にサクを伴いはしたが、時々どうしてもこういったことはあった。ただでさえ後ろ暗い者の多い廃都のような場所柄、配達先の人間が顔を隠したり、レン以外の訪問を拒否することは珍しくもない。
 離れるといってもほんの数分程度のことだったし、その間にもし妙な相手が近付いてくるのを察知したら、逃げるか大声を出せば良い。サクも油断はせず、ベルトに差し込んだ拳銃はいつでも抜けるようにしてあった。
 廃都でもこんなふうに「生活」できるのだ、ということが、サクには驚きであり、こうやって暮らせるのならば悪くないのかもしれない、と思い始めていた。
 いつまでもレンに守られているのも気が咎めるが、このままうまく逃げ続けていれば、そのうち追っ手も諦めるのではないだろうか。たかがサクのような野良犬一匹を放置することより、わざわざ追跡に労力や人命を費やしそれを失うことのデメリットの方が、ずっと大きいだろう。
 それは希望的観測、甘い期待かもしれなかったが、どこかで心からそれを願い始めている自分がいた。
 そこに車の音が聞こえてきて、サクは反射的に視線を向けた。黒光りする大きなリムジンが、ひび割れかけた道路を静かに走ってくるのが見えた。
 瞬間、サクの脚は棒立ちになっていた。
 逃げればよかったのかもしれない。大声でレンを呼べばよかったのかもしれない。だがその黒く大きな車を見た瞬間に、それらの一切が「無駄」であり、「そうしてはいけない」ことを、理屈よりも早く理解してしまっていた。
 車は上品に、サクのすぐそばに停まった。自動でドアが開き、そこに人の姿が見えた。
 サクは硬直してそれを見つめていた。そこにある廃都に似合わぬ高級感に、そしてこの状況に、目眩がするような強烈な既視感があった。
「やあ。こんにちは、サク」
 そこにゆったりと座っていた、いかにも仕立ての良いスーツ姿の男が、サクに微笑みかけた。
 純日本人ではなさそうなやや浅黒い肌に、薄い色の金髪。エメラルドのような瞳。全体に若々しく引き締まり、精悍な印象のその男は、立ち尽くすサクをじっと見つめた。口元は微笑んでいたが、その切れ長の瞳は恐ろしいほどに冷え切っていた。
 サクの背筋に、ぞっと寒気が走った。
 ​​​──捕まえに来たのだ。誰にともなく、何にともなく、そんなことを思った。
 身動きできないサクの周りを、車内から現れた黒服の男達が取り囲んだ。
「乗りたまえ。私のオフィスで話をしよう」
 サクの足が、ふらりと車に動いた。
 逆らえるわけがなかった。下手に逆らって、揉めているところにレンが戻ってきたら、巻き込んでしまう。一歩間違えば殺される。この連中ならそれくらいは簡単にする。それだけは絶対に嫌だった。
 黙って車に乗り込んできたサクに、男は薄く、満足そうに笑った。

 本名かどうかは知らないが、男はエヴァンと名乗った。
 車の中で、サクは拳銃を奪われ、後ろ手に手錠をかけられた。
 サクが連れて行かれたのは、アリサの住んでいたビルよりもさらに大きい外観の、より廃都の中心部に近いところにあるビルだった。外観は荒れた印象だが、内部は完全に整えられていることも、アリサのいた場所と同じだった。
 エヴァンの後ろにつき、黒服の男達に囲まれて歩いていく中、サクの中に吐き気を伴いながらぐるぐると否応なしに思い出されてくるものがあった。かつてアリサのもとに囚われていた間の記憶。この上なく豪奢な檻の中に囚われて、いいように嬲りものにされ続けた記憶。
 あの場所と、あまりにもこの場所は似すぎている。
 歩きながら、こみ上げる吐き気にサクは唇を何度も噛み締めた。小刻みに震えて握り締める掌に、脂汗が滲んでいた。


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