cats and dogs

‐original BL novels‐



三章 宵闇に夢を見つ (十三)

   § : 「妖は宵闇に夢を見つ」
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 見つめ合うことしばし。
 全身を強張らせた夜光が、やがてゆっくりと立ち上がった。ひとつ大きく息を吸い、夜光は葵を正面から睨み付け、口を開いた。
「何の用ですか」
 覚悟はしていたが、夜光からそんな目で見られることは、それだけで気持ちが挫けてしまいそうなほどつらかった。だが葵はそれを表に出すまいと努め、穏やかに夜光の眼差しを受け止めた。
「おまえの顔を、もう一度見たくてな」
 夜光は刃物めいた眼差しで、僅かな隙も見せまいとするように葵を見返している。続いて返された声音は冷え冷えとしていた。
「左様ですか。では、これで満足でございましょう。お帰り下さいませ。間もなく夜になりますれば、おまえさまの大嫌いな化け物どもが跳梁跋扈致しましょう程に」
 露骨にあてこすりながら口元だけで薄く笑む夜光に、胸がどうしても痛む。自分がどれほど夜光を傷つけてしまったのかを思い知る。
 時間を巻き戻せるものなら戻して、昨夜の過ちをやり直したかった。
「俺は、おまえと少し話したい」
 言うと、夜光はついと目を逸らした。
「私は、おまえさまと話すことなど何もありませぬ」
「それはまた、つれないな」
 痛みを殺して笑うと、ますます夜光が葵を睨み、背を向けた。もの言わぬその背が何を考えているのかは読み取れなかった。
 そうこうするうちに、夕陽は真っ直ぐな水平線の向こうにすべり落ちてゆく。あたりが急速に暗さを増してゆく中、葵はしばらく黙っていた。
 夜光が聞き入れてくれるのであれば、どれほど無様な言い訳めいたことでも言いたかった。だがもはや言い訳など、すればするほど夜光の耳には届くまい。
「夜光。すまなかった」
 悩んだ末に、ただそう言った。
 後ろ姿の夜光が小さく息を呑んだようにも見えたが、それも残照の加減と波音がもたらした錯覚かもしれなかった。
「償えるとも、許してもらえるとも思ってはいない。許す必要もない。ただ……すまなかった」
 夜光は何も言わなかったが、そこで葵を振り返った。その一瞬の白い顔が、まるで泣き出しそうに見えたのも錯覚だろうか。
 すぐにうつむいた夜光の表情は、また硬く強張っていた。
「……詫びることなどありませぬ。おまえさまは、本当のことを言ったまでのこと。私は他人ひとたぶらかし、その命を喰らう化け物なのですから」
「だが、俺を助けてくれた」
 静かに葵は返した。夜光が夕闇の中で唇を噛んだように見えた。
「そのようなこと……ただ私は、この終の涯のしきたりに従ったまでのことです」
「そうか」
 視線を逸らして言った夜光に、葵は苦笑した。
 同じ言葉を、これまでも何度も言われてきた。照れ隠しのようだった今までと比べ、吐き捨てるような夜光の声音は、鈍い痛みと共に冷たく葵の胸を抉った。
 ふうと、ひとつ息を吐く。
 言いたいことはいくらでもあった気がしたが、これ以上言うべき言葉も見付からなかった。
 長は一度は猶予をくれた。だが、二度目があるとは思えない。これで夜光と別れれば、葵は蓬莱に送り返され、二度と夜光に会うことは出来ないだろう。
 あらためて考える。今さらただひとりで蓬莱に帰ったところで、何がどうなるというのだろう。過去を切り捨て、埋まらぬ虚無を抱えて抜け殻同然に生きることに、何の意味があるのだろう。
 皆を守れず、無様に生き残ってしまった罪の重さ。それに耐えてこの先を独りきりで生きられるほど、強くはなれない。
 夜光のために何ができるだろう、と漠然と考えていたことが、次第に明確な形を取り始める。はっきりと思い描いていたわけではないが、長の話を聞いてから、心のどこかでそれを考え始めていた。
「夜光。俺が嫌いか?」
 ただ静かな波音だけが耳を洗う中、葵は問うた。
 答えを得たかったわけではない。それでも訊ねたのは、自分の心を定めたいからだった。
 夜光は何を言うのかという顔でちらりと葵を見やり、またすぐに逸らした。
「……おまえさまは人間です」
 それだけを夜光は答えた。
「そうか。……そうだな」
 葵は小さく、ほろ苦く笑った。
 その答えで充分だった。自分は夜光にとって、かつて夜光を虐げた人間達と同じものになった。
 ふと、貴彬のことを思い出した。貴彬もまた、この異界の地で天涯孤独だった。
 もしも真相を知ったなら、貴彬は夜光を恨んだだろうか。それとも孤独のまま生きる絶望より、夜光を愛しいと思った心を選んだだろうか。
 なぜか葵には、貴彬は夜光を恨まなかっただろうという気がした。それは同じ相手に惹かれた者同士の共振だったのかもしれず、葵の都合の良い思い込みにすぎないのかもしれなかった。
 なんであれ貴彬の心を問うことはもう出来ず、探ろうとしたところで栓も無い。これ以上はもう良い、と思った。ここから先は、葵と夜光だけの話だ。
 心は不思議なほど鎮まっていた。
 西の空の紅が少しずつ薄まり、夜のとばりの中にとけこんでゆく。空には既に多くの星が瞬き始めていた。
 一度だけそれを見上げ、葵は無言で夜光に向かって踏み出した。夜光がびくっと、薄い肩を揺らした。
 逃げられてしまうかもしれない。ここで逃げられたら、それこそもう二度と機会はない。このときばかりは、葵は気遣いを捨てざるを得なかった。
「夜光。許せ」
 葵は思い切ると、夜光に大股に歩み寄った。夜光がますます怯えたように後ずさったが、数歩下がったところで、打ち寄せる波に白い素足が踏み込んだ。
 返す波の動きと砂の流れに、夜光が足をとられる。その隙に葵は一息に距離を詰め、夜光の手首を強く握った。
 細く、体温の通った手首。その暖かさと握り締めた感触に、葵は妙に感動した。確かに夜光がここにいるのだ、と。
「な、何を……」
「こちらに。さすがにここは、開けすぎていて勝手が悪い」
 一度踏み出してしまうと、奇妙なほどに肝が据わった。むしろ、もう何も考えない方がいいのかもしれなかった。
 葵は夜光を逃さないようしっかりと手首を掴んだまま、ざっと辺りを眺め渡し、離れた処に辺りから視界を遮れそうな岩が幾つかあるのを目にとめた。
 そこに向かって歩き出す。先に立って腕を引いているので、夜光がどんな顔をしているのかは分からなかったが、夜光は抵抗するよりも動揺の方が激しいようだった。
「どこへ行くのですか。放して下さい」
「俺もこういうやり方は好きじゃないが、この際他にやりようがない。許せ」
 もう一度詫びると、葵は岩の向こうにまわりこんだ。昇り始めた白銀の月明かりを受けて、柔らかな白い砂が弱く淡く光っている。
 岩の物陰になる場所まで、夜光の腕を引いてゆく。立ち止まると、その肩を押して座らせた。その動きのまま、夜光の身を仰向けに砂の上に倒した。
 硬直し目を見開いている夜光の上に、肩を押さえつけるようにして身を添わせる。間近から見つめる紫の瞳に月明かりが映り込み、乳白色の髪がふわりと砂の上に広がり、夢幻のように美しかった。
 着物越しに、夜光の体温が伝わる。限りなく愛しい、唯ひとりの相手。葵になど測り知れないほどの深く苦しい闇の底で、けれど凛と気高く、美しく咲く白い花のようにこうべを上げている。
 夜光に逢えて幸せだった。この終の涯で過ごした優しく穏やかな日々は、本物だった。それだけで、もう充分だった。
 夜光の身体を自分の下に押さえながら、葵は真っ直ぐに紫色の瞳を見つめた。そして迷いなく、すべての想いを込めて、強く言った。
「俺もおまえの贄になろう。夜光」
 
 その言葉の意味が、夜光はしばし分からなかった。
「……は?」
 突然葵に岩の陰まで引っ張り込まれ、まるで組み敷くように砂の上に押さえられて、夜光は混乱していた。なよやかに見えても半妖である身、その気になれば葵など簡単に押しのけられるはずが、少しも手脚に力が入らなかった。
 力任せの葵の行動に、もっと恐怖していいはずだった。それなのに、夜光を間近から覗き込んでくる青みがかった瞳がひどく澄み渡って優しくて、そして何かを強く決意しているようで、それは夜光の中に怖れを呼び起こさなかった。
「な……何を言っているのです。気でも違ったのですか」
 だがそのぶん、ひどく動揺した。なぜ葵がこんな目で自分を見ているのだろう。なぜ葵の手はこんなに優しいのだろう。
 葵が突然浜に現われ、以前と変わらない──むしろ以前よりいっそう深く落ち着いた瞳で見つめられたとき。夜光は驚愕し、自分でもとどめておけないほど胸が高鳴った。夜光に優しく話しかけ、すまなかったと言ってくれた葵に、どうしようもなく心が揺れて涙が出そうになった。
 ──ああ、葵はやはり、葵だ。愛しい葵だ。そんな目でまた自分を見てくれようとは、思ってもいなかった。
 けれど自分はもう、葵と関わってはいけないのだ。葵が愛しく大切であるほどに、呪わしく罪深く穢れた我が身が、これ以上関わってはいけない。
 だから懸命に去勢を張り、全身の気力を振り絞って、葵を冷たく突き放し睨み返した。どうかもう優しくせず、言葉もかけず、放っておいてほしかった。でないと、その腕の中に倒れ込みたくなる。
 それなのに、胸が張り裂けそうな想いで冷えた言葉を放ち感情をこらえていたところを、突然葵が踏み出してきた。去勢を張ることだけで精一杯だった夜光は、予想外のことに動揺しすぎて、岩の物陰に連れ込まれるまま、抵抗することも出来なかった。
 混乱している夜光の手首を、葵は優しく砂の上に押さえた。間近から瞳を覗き込まれ、葵の長い朱色の髪が、夜光の顔の周りにさらさらと落ちてきた。
 潮騒さえ聞こえないほど、互いの息遣いしか聞こえないほど世界から隔てられたような中で、葵が静かに言った。
「長殿からすべて聞いた。おまえが昔どんな目に遭っていたのか。何のために貴彬殿を惑わせたのか」
 その言葉に、夜光は一瞬息を止める。葵は迷いのない眼差しを、じっと夜光に向けている。その青みがかった瞳が、何かを堪えるように僅かに揺れた。
「おまえのやっていることを許せるとは、俺には言えない。言えないが……俺にはどうしても、おまえを責められない。悪い頭なりに、いろいろ考えたんだがな。何が正しくて間違っているなんて、俺にはもう決められなくなってしまった」
 そう言って夜光を見つめる葵の瞳は、限り無く澄んで優しい。苦悩の末の言葉だろうに、その苦悩すら洗い流されてしまったかのように。
 何も言えない夜光に、葵は真っ直ぐに告げた。
「いくら考えても分からないなら、もうそれで良いことにした。俺は自分の思うようにする。おまえが妖になるために贄が必要なら、俺の命を使え。たったの一つしか足しにはならんが、そのあたりはさすがに複数持てるものでもないからな。勘弁しろ」
 葵は冗談めかした顔で笑った。夜光が動かないせいか、その手首を捉えている力もやわらかくなっていた。
「なぜ……」
 ようやく返した夜光の声は、かすれていた。
 なぜ。なぜ、あんなひどいことをしてしまった夜光に、葵はそんなことが言えるのだろう。贄になるという意味が本当に分かっているのだろうか。なぜこの状況で、そんなふうに笑って、そんな優しい目で夜光を見ることができるのだろう。
「なぜ……おまえさまは、本当にその言葉の意味を分かっているのですか……?」
「分かっている」
 また葵は笑った。晴れ晴れとさえしたように、以前に見せていた闊達とした明るさで。
「長殿には、取りはからうから蓬莱に帰ってほしいと言われたんだがな。そう言われたときは心が揺れたが、よくよく考えれば、今の俺があちらに帰って何になるのだろうと思う。……皆のことを忘れて、一人だけ何もなかったようにのうのうと生きるなど、俺には出来そうもない」
 そう言ったときだけは、葵の眼差しが翳った。だがそれも、すぐに明るく澄み渡った光の向こうに隠れる。もう迷いも躊躇いもすべて捨てて、心をただ一つに定めたのだというように。冗談めかしてはいたが、葵の眼差しは真剣で、どこまでも夜光をいたわるように優しかった。
「不愉快でしかない相手に手篭めにされるのは、おまえも心楽しくはないだろうが。まあ、やむをえないと思ってくれ。何しろ他にやりようがない」
「そんな……何を、馬鹿な」
 茫然としてろくに言葉も返せない夜光の首筋に、葵が顔を寄せる。首筋にあたたかな唇がふれてきて、夜光はびくりとした。
「できるだけ手早く済ませる。しばらく辛抱しろ」
「馬鹿な……何を、馬鹿なことを!」
 ようやく、夜光は大きな声を出した。だが、やはり身体にうまく力が入らない。自分の上にある葵の身体の重さが、体温が、夜光を金縛りにあったように動けなくしていた。そこにあるのが嫌悪や恐怖ではないことだけは、混乱しかけた中にも分かっていた。
「本当に気でも違ったのですか!? 誰でも良いというわけではありませぬ。おまえさまは……!」
「分かっている。だから問題はない」
 葵が顔を起こし、喚きかけた夜光を落ち着かせるように、その乳白色の髪を撫でた。すべてを覚悟したように穏やかな眼差しで、夜光を間近に見下ろしながら。
「俺は、おまえが愛しい。それに、元々おまえに助けられた命だ。おまえの願いのために役に立てるなら、そんな命の使い方があっても良いだろう」
 夜光は息を呑んだまま、間近にある葵の瞳を見返していた。おまえが愛しい、という言葉が、信じられないように夜光の中に響いた。
 ひどく混乱した手脚は強張って動かず、夜光が茫然としていると、葵が再び首筋に唇を寄せてきた。
「あ……」
 びくり、とまた夜光の身が震えた。
 葵は夜光の唇にふれてくることはなかった。ただいたわるように髪を撫でながら、耳元や首筋に何度も口付けてくる。
「いけません……駄目です」
 強張った手脚を動かせないまま、夜光はようやく言葉を発した。葵の優しい唇の感触が肌にふれると、わけがわからないほどに芯から身が震えた。
 以前口付けられたときは、もっと荒れていてちくりとした唇。それが今は、肌触り良くすべらかになっている。
 葵の唇が喉元に寄り、吐息が肌にかかると、それだけのことで夜光の全身が総毛立った。それは決して不快な感覚ではなかった。そして恐ろしいほど、身の芯に沁みた。
 涙が出そうになる。自分にふれてくる葵の仕種、それだけで分かる。葵の言葉に嘘はない。葵は本当に、こんな夜光を愛しいと思ってくれている。
「駄目です……駄目ですっ。何を言っているのですか……それでは、おまえさまが……おまえさまは死んでしまうのですよ!?」
 ようやく叫び、夜光はうまく力の入らない手脚をばたつかせた。
 それを葵は難なく押さえ、苦笑じみた顔をした。
「分かっている、と言っているだろう」
「なぜそんなことを言うのです!? 帰れるのならば、蓬莱に帰れば良いではないですか! 今は何も考えられないかもしれませんが、時が経てば心が癒えることもありましょう。せっかく助かった命を……!」
「もう言わないでくれ、夜光」
 必死でまくし立てた口に、夜光はやんわりと掌を被せられた。葵は笑ってはいたが、その眼差しは少し潤んでいるように見えた。
「どれほど生きても癒えぬ、取り返しのつかないものもある。おまえも、そういうことがあるのは知っているはずだ。俺はあちらに独りで帰っても、もう生きていくのが苦しい」
 葵は笑っているのに、それほど哀しい顔を、夜光は見たことがなかった。
 夜光が言葉に詰まると、葵はまた動き出した。あくまでも優しく、だが出来るだけ早く済ませようとしているように、夜光の首筋に繰り返し唇を当てながら、その着物の襟元を押し広げてゆく。そしてすぐに、夜光の懐にある硬い感触に気付いた。
「これは……」
 それは葵の匕首だった。捨てようとしても、どうしても捨てられなかったもの。
「あ……それは」
「まだ持っていてくれたのか」
 綾錦の袋におさまった匕首を手にした葵が、束の間それを見つめて握る指に力を込める。葵の顔が僅かに歪み、泣くのかと夜光は思ったが、葵は数秒思い切るように目を閉じた後、小さく、だが染み入るように笑った。
「……我が侭が許されるなら、どうかこれだけは粗略に扱わないでくれると嬉しい。持っているのが嫌であれば、そうだな……長殿にでも預けてくれないか」
「そんな……」
 そんなことはしない、粗略に扱ったり預けたりはしないと、言葉が口をつきかけた。だが夜光は、急速にこみあげてきたものに喉をふさがれ、胸が詰まって声を出せなかった。
 そのかわり、眦からあふれた涙が糸を引いた。
 夜光の頬に零れた涙に気付くと、葵は困ったようにそれを指で拭った。
「泣くほど嫌なのに、すまないな。その上、こんな困ったことばかりを言って」
 言葉が出せず、夜光はただ首を振った。自分で自分の心が、なぜ泣いているのかが分からなかった。だが、嫌だから泣いているわけではないことだけは分かっていた。
「そうでは……そうでは、ありません……」
 ようやくのこと、夜光は言葉を搾り出した。涙が後から後からあふれて、そう言うだけで精一杯だった。
 それを聞いた葵が、僅かに表情を揺らがせた。だがはやり、優しい笑顔は消さなかった。
「そうか。……ならば、俺も少しだけ気が楽だ」
 葵は匕首を、夜光の頭の横にそっと置いた。それから手早く、夜光の角帯を解く。
 もう陽が完全に水平線の向こうに沈み、僅かに西の果てに朱色が滲んでいるだけの夜空は、雲ひとつなく晴れ渡っていた。夜光は涙が止まらず、ただただ泣いていた。抵抗するでも身を庇うでもない夜光に、葵は細心の注意を払うように手をふれてゆく。
 着物の襟が白い襦袢ごとくつろげられると、夜光の細い首に掛かっていた、月光に淡く煌く水晶の数珠がこぼれた。葵の目が、しばしそれの上に留まった。
「……これはきっと、おまえの心だな」
 呟いた葵が見せたのは、嫌悪でも憎悪でもなく、ただ痛ましげな表情だった。
 葵の指が伸び、小さな珠と少し大きめの珠の連なりに絡む。大珠のうちの三つは細かくひび割れて白濁し、七つは透明に澄んでいる。それを葵はじっと見つめていたが、やがて逸らすと、そっと数珠を夜光の胸の上に戻した。
「あ……」
 夜光の着物をはだけられた胸元に、葵が口付けた。その掌が、はだけた着物と肌の間に入り込む。
 夜光の練り絹のようにきめ細かい、青白い月明かりに仄光るような美しい肌に、さわりと鳥肌が立った。


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