cats and dogs

‐original BL novels‐



-蓮の章- 第六のパンドラ(1)

   § : 「cats and dogs」
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 サクが熱を出した日から、その身体から包帯がほどけて傷に薄皮が張る程度には、日が経っていた。
 どうやら自分とのことが原因でサクは「飼い主」に折檻されたようだったから、会っても大丈夫なのだろうかとレンは案じていたのだが、サクはあっさりと「あんたのことならもうけじめは取ったから」と言い切っていた。
 サクの事情はよく分からないが、実際にサクには、あれから特に変わった様子もない。
 過ぎる時間にしたがって陽差しは冬の硬質さを弱め、徐々に春先の柔らかさを投げかけるようになっていた。
 そんなある日、いつものように明るい陽差しが落ちかかるベッドの上で、裸身のサクが思い切り「はぁ?」という顔をした。
「そんなこと聞くか? 普通」
「なんでだよ。別におかしいことじゃないだろ」
 サクの横にうつ伏せに寝転がったまま、レンは枕元に置いてあった煙草に手を伸ばす。
「俺はあんたとやるの好きよ。だってあんた、むちゃくちゃエロいもん。すげー気持ちいいし楽しいからね」
「何を言わせたいんだよ」
 すっかり呆れた調子でサクは返しながら、レンが無防備に仰向けのまま煙草をくわえて火を点けるのを眺めている。
「うーん。あんたにも、俺を好きだって言ってほしい感じ?」
 悪びれもしないレンに、サクは溜め息をついた。
「俺が好きなんじゃなくて、俺とやるのが好きなんだろ」
「あ。違った。そうじゃなくて、俺はおまえが好きだよ? 嫌いなわけねーじゃん」
「アルミホイルみたいに軽いな」
「どんな表現」
 レンが思わずのように吹き出した。
「まぁでもさ。こうしてずっと一緒にいりゃ、情もわくでしょ。ある意味すっげえあらわな素の姿見てるし、見られてんだから」
 結んでいたのがほどけてしまってそのままになっている長い金髪を、レンがかき上げる。陽差しに透けるその明るい金色に、サクが僅かに目を細めた。
「……煙草。匂いは好きかな」
「おまえは吸わねぇの?って、そういや吸ってるの見たことないな」
「吸わない。元からだけど。アリサも嫌いだから」
「アリサ?」
「俺の飼い主」
 レンが、ああ、と瞬いた。
「おまえを飼うくらいなんだから、色々な意味ですっげーんだろうなぁ」
「すごいサディストで変態。何回もう死ぬって思ったかわかんねえよ」
「……まあ、ちょっと理解できないでもないかな」
「は?」
「なんだか無性に煽られるっての? おまえ見てると。嗜虐心てやつ」
「おまえもあの変態と同類かよ」
 サクが嫌そうに目許をしかめ、レンは明るく声を立てて笑った。
「まあ、俺もちょっとネジ飛んでるのかもねぇ。これでもけっこーしんどい目に遭ってんのよ?」
 笑うレンの顔に、サクが黒い瞳を動かした。
「しんどい目?」
「そ。俺、本国ステイツにいた頃さ。ミドルスクールにも行かせてもらえなくて、軍隊アーミーに放り込まれたんだよ。まあ親に可愛がられた記憶なかったし、うざかったんだろうけど」
「……アーミー」
「キッツかったぜぇ。ガキだからって全然容赦してくんねえのな。ま、そりゃ緩いことしてたら死んじまうからしゃーないんだけどさ。三度目の戦地送りが決まったとき、逃げたわ。やってらんねっての」
 けたけたと笑っているレンに、サクは少し首を傾げた。
「それで、こっちに?」
「そそ。もうめんどくさかったからねえ。有り金だけ持って、真っ直ぐ港いって。真冬の海に飛び込んで溺れそうになったけど、それ見付けた貨物船の人が乗せてくれてさ。ラッキーだったわ」
 よっ、と起き上がって煙草をふかしているレンに、サクは寝転がったまま尋ねた。
「なんで日本に?」
「なんでだろうな。親父もこの名前も大嫌いのはずなのに。なんでか、行くならそこだって思った。ここが……廃都があるって知ってたせいかもしれないな」
「……来たくてここに来たってわけだ」
「そういうわけじゃねーけどさ。密入国だったし、他に行き場所なんてないだろ? こっちで知り合って、よくしてくれた人もいたけどさ。モロ厄介者だし、世話かけたくねえじゃん。でもまあ、来て良かったって思うかな」
 レンは短くなった煙草をくたびれきった灰皿で揉み消すと、上体をひねるようにしてサクの耳元に口づけた。
「こんな気持ちイイことできるって思ってなかったし」
 わざと息を吐きかけるように囁きながら、サクの耳殻に沿って舌を這わせる。軽く甘噛みしてやると、サクがびくっとして一瞬目を瞑った。
「……こっちの夏は暑いよ」
 黒い瞳が眩しそうに、窓から見える景色に動いた。廃墟と化している灰色のビルとビルの合間から覗く青空には、真冬には見られなかった立体感のある白い雲が浮いていた。
「こんなところにベッドあったら、夏になったら死ぬよ」
「へー。じゃあさ、もっと暑くなったら水浴びながらしようぜ。気持ち良さそう」
「おまえのアタマはそればっかりだな」
「そんなことねーよ」
「あるよ」
 不満そうなレンに構わず、サクはまた窓の外に目を動かした。ビルの向こうには、青い空が真っ直ぐに広がっていた。
「でもここ、空が見えるから。このままがいいな」
 二本目の煙草に火をつけようとしていたレンが、まじまじとサクを見下ろした。あまりに遠慮のないその目つきに、サクが怪訝な眼差しを巡らせた。
「何」
「……いや。なんか、おまえがそんなこと言うって思ってなかった」
「あんた、ほんとに人を何だと思ってるわけ?」
 軽く笑いながら、レンがあらためて煙草に火を点けた。
「まぁまぁ。そういやおまえ、よく空見てるよな」
 サクはしばらく黙っていたが、やがて口を開いた。
「……思い出すから」
「うん?」
「ハイジャンプやってた。昔。ここから見える角度が、バーを越えたときに見える感じに似てて。好きかな」
「へぇ……」
 レンがまた、まじまじとサクを見た。
「そんなんしてたんだ。見てみたいな。きっとすげえ綺麗に跳ぶんだろうなあ」
「もう跳べないよ。火、消して」
 サクが手を伸ばして、レンの長い髪に指をからめた。あまり手加減のない力で引っ張られ、レンが顔をしかめる。
「ッて……ちょっと、何」
「消せ」
 ふいに低い声がレンの耳朶を打った。よろめいてサクの上にのしかかるようになったレンに、サクはさらに髪をからめたままの指を引き付けた。至近距離からレンの目を見上げる。
「しろよ。最悪の気分になった」
 うっすらと笑いながら言う声音の低さに、レンは背中からうなじにかけて、ぞっとしたものが走るのを感じた。悪寒、といっていい感触のもの。
「ちょ、ちょ、まっ……」
 サクの手がレンの首にからみ、有無を言わせずに引き付けて口付ける。慌ててレンは手探りで煙草を消した。
 突然のことに戸惑いつつも、サクの唇がしっとりと自らの唇に重なり、そのあたたかく甘い舌が口腔を這い回るのを感じて、簡単に身体の芯が熱くなった。サクの頬に手を添えて、より深くキスしやすいように少し上向かせ、こちらからも舌を差し入れる。
「んっ……」
 湿った音と吐息がからまり、たちまち互いの身体が疼き始めた。レンが自分でも呆れるほど、どれほど抱き合っても足りないというように、互いにふれ始めると素肌の上を痺れるような快楽の予感が這い上がってくる。引きずられるように応えてしまう。
 反らせたサクの白い喉に唇を押し付け、舌を這わせながら下へと辿らせる。吐息を次第に荒げ始めながら、サクがレンの頭を抱え込むように両腕で強く引き寄せた。
「……最高に気持ちよくしなかったら、許さない」
「いつもしてやってんじゃねーか」
 いつになく強引に従わせようとするその仕種に、レンは少し驚きながら返す。傷痕がまだ痛々しい胸の上を唇でなぞり、既に尖り始めている突起を舌で遠慮なく押し込み、ねぶるように転がした。
 サクがレンの頭を抱え込んだまま震え、たまらないように熱い息を吐き出した。
「もっと。全然足りない」
 サクの言葉に、レンはそのもう片方の乳首を強くつまみ上げた。かなりの痛みを感じるはずの強さだったが、サクがまぎれもない官能の声を上げた。
「あっ、くぅ……もっと」
 焦れたようにサクの脚がレンの腰にからみ、自らの腰を突き上げるように押し付けてくる。高ぶり始めていた股間と股間を強く押し付けあう格好になり、レンも思わず背を反らせて声を洩らした。
 その頭を、ぐいとサクの腕がまた引き寄せる。
「何してる。足りないって言ってる」
「……おまえ、急にどうしたんだよ?」
 震えるほどの快感を股間に感じながらも、レンは尋ねる。サクはそれに答えなかった。
 諦めてレンも意識を切り替え、サクの身体を貪ることに集中し始める。
 レンがサクの股間に頭を移動させて、その完全に勃ち上がっているペニスを口に含むと、サクが大きく身体を震わせて仰け反った。そうしながらも、その手がレンの頭髪にからんで、頭を自らの股間にさらに押し付ける。
「……っぐ……う」
 いきなり強引に喉の奥まで、熱い滾りを突き込まれる格好になった。だが頭を押さえるサクの指の力は、まったくゆるまなかった。むしろより頭を押さえてくる力が強まり、揺さぶられる。
「ぐ、う、っ……う、ぐ」
 口の中いっぱい、その喉の奥までを強引に埋め尽くされて、たまらずレンが呻いた。
 うまく息がつけなくて、反射的に吐き気がこみ上げてくる。苦しくて涙が滲んできたが、サクの手は少しもゆるまなかった。
「できないの?」
 呼吸を乱しながらも、はっきりとサクが言った。
 いつもと違う、ということだけは、レンにも分かった。何がサクの神経をそこまで逆撫でしたのか分からない。軽口などいくらでも叩いていたし、サクも呆れながらもいつもそれを受け流していた。
 だが苦しさのあまり、そして必死に舌を動かしてサクの熱い高ぶりを刺激しようとするあまり、すぐに何を考える余裕もなくなった。何度も吐きそうになりながら、懸命に唾液をからめてサクのペニスをしゃぶり、舐めまわす。
 普段からサクの弱いところは知っていたし、そこを集中的に責め上げたが、サクの手がさらにレンの頭を揺らした。強引に押さえつけられ、口の中を支配されてもがいても許されず、まるで犯されているような気分になる。
「あっ、あ……あ、くうっ……はあ、あっ!」
 うっすらと汗を浮かせたサクが、何度も喉を仰け反らせて喘ぐ。その全身に鳥肌が立っているのが分かった。
 その呼吸が駆け上がるように切羽詰ってゆき、ビクビクと全身が痙攣する。レンの口の中でいっそうサクのペニスが硬さを増し、絶頂の訪れを知らせた。ひときわ強く頭を押さえ込まれる。
 口内に迸った熱い体液を、レンは吐き出さないように必死で嚥下した。何度もえずきかけながら、呻きながらなんとかそれを飲み下すと、ようやく頭を押さえる力が弱まった。
 胸を上下させながら、サクが激しい快楽の余韻にぐったりとなった。
 やっとサクのペニスから口を離すと、レンは咳き込んだ。その苦しさに、また涙が滲んだ。
「けっこうヤワいね」
 その様子を眺めながら、サクが呟くように言った。
 口元を拭いながら、レンはそれを見返す。どうしてもその目が険しくなった。
「……こんなん慣れてねぇよ」
「ふうん」
 サクがゆっくりと寝返りを打つ。けだるげに横たわったままレンを見やるその目は、快楽の余熱を帯びながらも冷えていた。
「知ったことじゃないね。あんたは、俺がしろって言ったらすればいいんだよ」
「そういう言い方するか……」
「嫌ならもう来ない」
 サクが億劫そうに起き上がり、ベッドを立つ。ためらいもなく散らかった服のもとへ歩き出そうとするその白い姿に、レンは引きずられるように目を向けた。
「……ああぁ、もうっ」
 追って立ち上がり、その手首を掴んで引っ張る。
 無防備に歩いていたサクは、簡単にレンに引き戻された。勢いのままにベッドに倒れ込みながら、レンはサクを強く抱き締めた。
「そういうこと言うなっ。嫌なわけないだろう」
「……あんたって、馬鹿だな」
 やけにしみじみとしたように、サクが言った。その声音から、少なくともさっきまでのような冷えた気配は失せているのを、レンは感じ取る。
 サクを抱き締めたまま、レンはその額と頬に口付けを繰り返した。
「どうせエロいことしか考えてませんし」
「ほんとだよ」
 サクがくすぐったそうに身動きした。
 その手がレンの頬に伸び、間近から青い瞳を覗き込む。黒い瞳は、どこか不思議そうに、だがレンが驚いたほど和らいでいた。
「……ほんと、馬鹿だ」
 いたわるように、やわらかな唇がレンの汗ばんだ額にキスをした。


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