cats and dogs

‐original BL novels‐



第3話 夏の櫻 (16)

   § : 「空咲く花に戀うる君は」 第3話 夏の櫻
▲「空咲く花に戀うる君は」シリーズ 目次へ

△「夏の櫻」目次へ

<< 前のページ / 次のページ >>


「しかし」
 言いかけた扇紫を、俺は問答無用で制した。
「しかしもカカシもねー。おまえは俺を守ってくれてたんだろ。慢心っていうけど、そんなもん結果論じゃんか。昨日あのタイミングで俺があの場所を通るなんて、事前に誰が把握できたんだよ。俺自身だって予想してなかったわ。それこそ不可抗力だ」
 一気に言うと、扇紫がちょっとだけ驚いたように目を瞠った。だけどその狩衣の肩はしょぼくれて、眉は情けない形で垂れたままだ。
 そんな扇紫を見て、胸の奥が、しくりと痛んだ。
 おまえがそんな顔して俯くなよ。自覚が足りなかった、不注意だったのは俺だろう?
 いろいろな感情が込み上げてくるまま、俺は膝で立ち上がって、扇紫の真正面に移動した。
 扇紫の両頬を、ぱちん! と音がするほど両掌で挟み込み、俯いていた白く綺麗な顔をぐっと持ち上げる。
 目を丸くした扇紫に構わず、その吸い込まれそうに透明な金色の瞳を、俺は至近距離から見据えた。
「確かに、おまえにまったく落ち度がなかったとは言わない。でもそんなん言ったら、俺の方こそもっと自分の状況について考えるべきだった。でもカケラも不安に思わないほど、俺はおまえのおかげで、今までのほほんと平和だったんだ。それは悪いことなんかじゃねーよ。でもそれじゃ間に合わなくなったなら、これからはどうするか一緒に考えていけばいいだろ。だいたい、おまえに任せっきりで何の危機感も持ってなかった俺が、どう考えても自覚が足りなかったんだ」
 言ってることがけっこうめちゃくちゃだなぁと思いつつ、最後はほとんど叱りつけるように言い切った。
 言い終えた俺は、元通り布団の上に戻り、どかっと胡座をかいた。
 座り直してから、扇紫に向かって頭を下げる。
「おまえにばっかり気を遣わせて、ごめん。それから、俺を守ってくれてありがとう」
「……優希」
 すっかりぽかんとした間抜けな顔で、扇紫が俺を見返した。
 感情と勢いにまかせて、らしくもなく考えるより先に動いてしまった俺は、そんな扇紫を見た今頃になって、いたたまれないような恥ずかしさが込み上げてきた。
「……なっ、なんだよっ。俺だって礼くらい言うよ」
 そんな露骨に驚きましたって顔することないだろうがっ。
 恥ずかしいし決まりが悪くて、俺は間抜け面をした扇紫を上目に睨んだ。
「いや……そうでは無い」
 間抜け面のまま、扇紫が呟いた。そうしてから、じわじわと、ゆっくりと、その顔が笑顔に変わってゆく。
 せっかくの綺麗な顔をくしゃくしゃにするような、顔一杯の、だけどどこかちょっとだけ泣きそうな笑顔。
 と思ったら、
「うわっ!」
 ものすごい勢いで抱きつかれ、俺は後ろにひっくり返りそうになった。
 慌てて手をついて身体を支えると、俺をぎゅうっと抱き締めたまま、扇紫が震えを帯びる声で言った。
「わ、私はもう駄目だ……何と云うことだ」
「は!?」
 え、いきなり何!?
 仰天して焦ったら、俺を抱き締めたまま、扇紫が感極まったように続けた。
「なんということを云うてくれるのだ。惚れ直してしまったではないか……ただでさえ参っているのに、これ以上私を参らせてどうする気なのだ。私はもう駄目だ……さいだぁよりもそなたは刺激的だ、優希」
「…………」
 ……真面目に心配した俺がバカだったよ。
 この状況で、何をもって惚れ直したんだ? 謎すぎる。こいつ、本気でアホだろ?
 昨夜俺を助けに現れたときは、別人みたいに毅然として威厳めいたものすら漂ってたのに。あの神様モードは、ほんッとレアなんだな……。
 ぶちぶちと毒づきながらも、扇紫がぎゅうっとしたまま放さないから、俺もなんだか無下に振り払うことができなかった。
 思考回路もセリフもわけが分からないけど、その腕から、抱き締めてくる感触から、扇紫がどれほど俺を大事に思ってくれているのかが伝わってくる。アホなことを言っているようでも、扇紫がどれだけ真剣か伝わってくる。
 ​​……おまえの気持ち、少しは分かってるつもりだよ。
 俺を恐がらせまいと、俺の知らないところでこっそり守ってくれていたことが、照れくさいし水くさいけど、嬉しいよ。
 だけどな、扇紫。
 俺は確かにビビリだしヘタレだし、オカルト方面のことはからっきしだし、自分で自分の身を守ることすらおぼつかない。
 だけどそれでも、自分のことなのに何も知らず、何もしない、ってのは嫌だ。
 何より、おまえに守られてることを知らないまま、ありがとうも言えないなんて嫌だ。
「…………」
 いろいろ思うことはあったけど、それらをどうやって言葉にすれば良いのか分からなかった。
 だから、おずおず腕を持ち上げて、ためらった末に、やっと扇紫の背中に回した。抱き返した、とも言えないくらい緩く。
 ほんの僅かに、扇紫が息を飲んだような気配があった。
 俺はよく扇紫がそうしてくれるように、ぽんぽん、と軽く掌で扇紫の背中を叩いた。
 たったのこれだけのことをするのも、心臓が妙にどきどきしていて、俺にはやっとだった。
「もう、一人でイイカッコしようとするなよ。どうせおまえには、そんなの似合わないんだから」
 いや、嘘。ほんとはおまえが神様モードで現れたあのとき、ぶっちゃけすげぇと思ったし、ちょっと格好良かった。
 だけどそんなこと、こうしてくっついてるだけでやっとなのに、言えるわけがない。
「ははは。私も少しくらい、格好をつけたかったのだがなあ」
 俺をぎゅっとしたまま、扇紫が明るい笑い声を立てる。
「ばーか。ガラじゃないっての」
 扇紫に言い返して、俺は腕を放して身を引こうとした。
 が、扇紫ががっちり俺をホールドしていて、身動きができなかった。
「……おい。いい加減そろそろ放せ。暑苦しい」
「つれないのう。もうしばらく良いではないか」
「もうしばらくって、具体的にはあとどんくらいだよ」
「私の気が済む迄でどうだ」
「却下」
「つれないのう……」
 そう言いながらも扇紫は離れようとせず、俺も今回ばかりは、強引に扇紫を引き剥がす気にはなれなかった。
 昨夜あんなことがあって、恐怖の残滓が心の奥底に残っているのは否定できず。扇紫が助けてくれなかったらどうなっていただろうと思うと、まだうっすら鳥肌が立つ。
 それに正直、扇紫とくっついているのは、すっぽりと袖にくるまれて安心できて、薫衣の良い匂いがして、悪い気分じゃない。
 だから今回くらいは、扇紫が自分から腕を解くまでこうしていてやってもいい、と思った。
「……優希よ」
 しばらく二人とも黙って蝉の声を聞き、いくらかの時間が経った後。
 俺を抱き締めたままで、扇紫が柔らかく、呟くように言った。
「そなたは私の宝だ。命だ。そなたの為ならば、私は何にでもなろう。どんなことでも為そう」
 声は穏やかだが、思いがけず強い言葉に、俺はちょっと驚いて身じろぎした。すると、扇紫は思いの外すんなり腕を緩めた。
「おまえ、それ、冗談にしても大きく出たな」
「冗談なものか」
 ふふ、と扇紫は笑う。それはいつものようにおおらかで柔和な笑顔だったけれど、金色の瞳の奥は真っ直ぐに俺をとらえていた。
「私も多少長く生きただけのモノだが、居ないよりは助けになろう。そなたは他者に大きな力を与えることは出来るが、他を制する力や自身を守る術は、まるで持たぬからな」
「う……」 
 そうなんだよなあ。力を与えることは出来るくせに自分は究極の非力って、運命の悪意的なものを感じるわ。
 理屈では分かっても、ただ守られる一方なんて、感情では面白くないじゃないですか。やっぱり男の子としては。
 むう、と眉間を寄せていると、扇紫が軽く笑い声を立て、俺の前髪を持ち上げて額に軽くキスをした。
「そのようにむくれるでない。そなたの力は、他を退けるには向かぬ種類のものなのだ。尊い、和を為す力だ。かわりに、そなたのことは私が守ろう」
 完全に油断していた俺は、扇紫の柔らかい唇の感触に心臓がハネ上がって、不覚にも動揺した。
 が、それよりもふと、扇紫の言葉がいやに耳に残った。
 ​​​──そなたのことは私が守ろう。
 あれ……?
 何だろう。過去にどこかで、まったく同じ言葉を扇紫から言われたことがある、ような?
「扇紫、おまえ……どこかで同じこと、俺に言った?」
 考えようとしたら、急にさわりと胸の奥がざわめいた。


<< 前のページ / 次のページ >>


▲「空咲く花に戀うる君は」シリーズ 目次へ




web拍手 by FC2
▲コメント(拍手)&返信欄
コメント大歓迎、お気軽にどうぞ!