cats and dogs

‐original BL novels‐



第2話 空音の聲 (15) -完結-

   § : 「空咲く花に戀うる君は」 第2話 空音の聲
▲「空咲く花に戀うる君は」シリーズ 目次へ

△「空音の聲」目次へ

<< 前のページ


 唇に感じるのは、今までも何度かふれたことのある、男性のものとも思えないほどしっとりした感触。
 でもぽかんと開きかけていた口に続けて感じたのは、これまでに覚えのないものだった。
 ……え。
 扇紫の唇が何度かふれたかと思うと、開きかけの唇の隙間から、するりと唇よりもずっと柔らかい何かが忍び込んできた。
 ちょっ……え、え?
 慌てる暇もなく、扇紫の片手はそのまま俺の頬を支え、片腕で胴を抱く。
 ……ええええぇえ!?
 ちょ、ちょっと待って!?
「ちょ……ッ」
 状況を理解した途端、俺は思いきり目を丸くしたものの、すぐにぎゅっと瞑った。
 な、なにこれ。ちょっと待って。いやいや知ってるよ、こーいうキスがあるってことくらいは知ってるよ?
  でもさ、いろんな意味でちょっと待ってってば!!
 さっきも相当だったのに、比じゃないほどかあああっと頭に血が昇って、軽い眩暈に襲われる。頭の中ではものすごくあたふたしてるのに、情けないほど手脚に力が入らない。
 そんな俺を、扇紫の腕がさり気なく支えた。
 突き飛ばそうと思えば簡単にそうできるだろう、ということは、かろうじで理解できる。扇紫は俺を支えてはいるけど、捕えてるわけじゃない。
 普段からやたらと抱き締められてはいるけど、今扇紫が腕にこめているのは、それよりもずっとゆるい力だ。
 だけれど、体温と呼吸は今までで一番密着している。でもそれが嫌じゃなくて……恐怖でも、不安でもなかった。
「……ん……」
 ……あ、ヤバイ。
 自分の唇から零れた声で、俺はちょっとだけ我に返った。
 なんだか気が付けば頭がふわふわして、ふれあう感触がびっくりするほど柔らかくて甘くて、うっとりするほど気持ち良い。
 そんな俺の様子を伺いながら、扇紫が時々、小さく笑ってるのが分かる。
 でもそれもイヤじゃない。俺が拒んでない、ってのを扇紫が理解して、それを嬉しいと思ってくれてるからだってのが、なんでか不思議なほど分かるから。
 ヤバイよ、これ。
 他人に近付かれるだけでも苦手、スキンシップなんかもってのほかだったのに。なんでこんなことされて平気なんだ。
 ぼーっとなすがままになっていた俺は、心拍数が上がりすぎてだんだん息苦しくなってきて、ようやく弱々しくもがいた。
「だ……だめだ……こ、これ以上っ……」
 やっとのことで逃れるように扇紫の肩を押しやると、もともと緩く支えられていただけだったから、簡単に距離は離れた。
 気が付けばカンペキに手脚が萎えていた俺は、扇紫を押しやった勢いで、ふとんの上にへたってしまった。
 思わず、深呼吸。
「──……ッッ!」
 途端にアタマが凄まじい勢いで正気と回転を取り戻し、俺は真っ赤になったまま、ばっと口許を掌で覆った。
 …………うわ。
 いや、ちょっと待って。待ってってば。ヤバイしかもうさっきから言えてない気がするけど。
 だってさ。ヤバイでしょ。
 ──何されるがままにあっさり流されちゃってるのッ!?
「な、ななな、な……何、して……ッ!」
 何してくれやがると言いたいのに、言葉にならない。心拍数のハネ上がり方がハンパない。しかも頭に血が昇りすぎてくらくらする。
 やだもう、俺今どんな顔してんの。絶対変な顔してる。もう顔上げるの無理。無理だから!
「うむ。馳走になった」
 真っ赤になって動けない俺の耳に届いたのは、そんな扇紫ののほほんとした、いやに満足そうな声。
 思わず視線を向けると、扇紫は普段より三倍は眦が下がってんじゃないかって顔でご満悦の様子だった。
「大層美味であったぞ。やはり優希はどこを取っても素晴らしいのだなぁ。いやはや、堪能させてもらった」
 オマエはいったい何を言ってるんだ。
 その満足そうな間抜け面が、今の俺には憎たらしくてならない。
 やっぱりあれか。おまえはそんなのほほんとした顔してるくせに、実は人が慌てたり困ったりするのを見るの大好きか!
「もう! 馬鹿ッ! 寝る!!」
 いたたまれないあまり、俺はがばっとタオルケットを頭からかぶって、ふとんにうずくまった。
 そうしたら、控えめにではあるものの、扇紫が噴き出して笑い始める声が聞こえた。
 ……おいこら。何笑ってんだよそこ。
 誰のせいだと思ってるんだ!!
 思わずタオルケットの下からジットリ睨むと、扇紫が笑い声はおさめて、多少は苦笑に見えなくもない表情をした。
「いや、すまんすまん。あまりにそなたが可愛らしくてな」
「……てめえ、今の俺にその一言は禁句だ」
 我ながら、ものすごく恨みがましい声が出る。
 今の俺がそんな声出しても逆にアレだってのは分かってるけどね! 恥ずかしすぎて涙目だし!
 扇紫は気を悪くした様子もなく、けれどさすがにそれ以上声を立てて笑うことはしなかった。
 さらりと衣擦れの音を立てて、タオルケットに頭からくるまっている俺の傍に移動してくる。
 ぽんぽんと、宥めるようにもいたわるようにも感じる加減で、頭を撫でられた。
「いや、本当にすまん。こういった事に及ぶのならば、そなたの合意の上で、と思っておったのだが。いささか気持ちが逸ってしまった」
 おっとりした、けれど思ったよりも真面目な響きの声。
 扇紫は声を荒げることもないけど、こういう声も珍しくて、俺は少し身を固くした。
「以前も云ったが、私は戯れのつもりはない。心からそなたを愛しみたいと思えばこそのこと。とはいえ、そなたが良いと云わぬうちは、これ以上のことはせぬよ」
 ……良いと言わなくても、ここまでのことはするんですね。それは確定事項なんですね。
 ていうか「これ以上のこと」って何だよって猛烈に気になったものの、今この状況でそこを追及する勇気は俺にはなかった。
 まぁね、そりゃね。明らかに「拒否ってない」って分かっちゃう反応をしてしまった俺のせいですけどねっ。そういうトコをわりと容赦なく拾ってくる扇紫って、時々思ってたけどやっぱりイイ性格してるよな?
 頭の中がとっちらかったみたいで、なんだか急速にグッタリしてきた俺は、はぁと深々と溜め息をついた。
 ……もうとにかく、めちゃくちゃ恥ずかしすぎるのをどうにかしてくれ。今後もこんな状態が続くんだと、俺の心臓がもたん。
 タオルケットをかぶったままぶちぶちと低くぼやいていたら、ぺらりとあっさりタオルケットをめくられた。
「ちょッ……!」
 俺の重要な防衛ラインをめくるなっ!
 慌ててタオルケットをかぶり直そうと身をひねったら、狙い澄ましたように頬にちゅっとキスをされた。
 視界を占めたのは、花が咲き零れるような、見惚れるほど綺麗で嬉しそうな笑顔。
「照れた顔も可愛らしいが、あまり拗ねないでおくれ。無理強いはせぬよ。約束する。それから、──ありがとう、優希」
「…………っ」
 不意打ちすぎたのと言葉の内容に、俺はもういろんな意味で顔が火照ったまま言葉も出なかった。
 ありがとう、って……なんでそんな心底嬉しそうに、今この状況で言うんだよ。
 おまえのそんな顔を見たら、これ以上怒るに怒れなくなっちゃうだろ。
 そんなの、ずるい。
「……ばかやろう」
 とは思いつつも、ここで素直に笑い返せる性格だったら、俺もここまで生きるのに苦労はしてないわけで。
 タオルケットを取り返して頭からかぶり直し、俺はぷいと扇紫に背中を向けて丸くなった。
「寝る。疲れた。邪魔すんな」
 ふふ、と気を悪くした様子もなく笑う声がして、もう一度、優しく頭を撫でられた。
「うむ。疲れているところを済まなかった。ゆっくりおやすみ、優希」
 ……もう。
 ほんとにずるい。ばーか。
 むくれたまま目を閉じたら、たちまち吸い込まれるように意識が薄れ始めた。
 あ。これ、ソッコー眠れそうだわ。さっき横になったときは、あんなに寝苦しかったのに。
 ふん。おまえのおかげ、なんて、思わないからな。
 ……でも、おまえがいて良かったよ。バカ扇紫。
 明日起きたら、普通におはようくらい言ってやる。

 むにゃむにゃ考えていたことが、口に出ていたのかは分からないけど。
 髪を撫でられる感触が心地良くて、俺は夢うつつにふんわり笑っていた気がした。

      ◇

 そして朝になり、蝉の合唱とちゅんちゅん爽やかな鳥の囀りの中で目が覚めた俺は、しばらくぼーっとした後に昨夜の出来事を思い出して、即座に一切を「無かったこと」にしようと決意したものの。
 そこに現れた扇紫に笑顔満面でホールド&「おはようのきす」をされ、そんな決意も一瞬で儚く崩れ去ってしまったのだった。

 ……その後、増えた携帯ゲーム機とその用途を理解した扇紫が、子供みたいに目をキラッキラさせて大喜びするのを見て、まぁいいか、と思ってしまった俺も、たいがい甘くなってきたような気がしないでもない。


(了)


<< 前のページ


▲「空咲く花に戀うる君は」シリーズ 目次へ




web拍手 by FC2
▲コメント(拍手)&返信欄
コメント大歓迎、お気軽にどうぞ!