cats and dogs

‐original BL novels‐



-蓮の章- 第五のパンドラ(3)

   § : 「cats and dogs」
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 顔をあわせるなりショルダーバッグを振りかぶられ、それを容赦のない力で肩口に振り下ろされて、サクはよろめいて床に倒れ込んだ。女の細腕とはいえ、思い切り勢いをつけて硬いそれを叩き付けられては、さすがに平然とはしていられなかった。
「最近おいたがすぎるようじゃないの?」
 赤い唇が、やや低く、そして耳朶にからむような艶かしさを含んだ声を吐き出した。真っ直ぐな真紅の髪を、一糸乱れず長く垂らしたアリサが、突き刺すような視線で上からサクを見下ろしていた。
 甘い香りの漂う、いくつもの部屋が繋がった豪奢な場所。アリサの趣味で選び抜かれた美麗な調度品に飾られたそこで、サクは黙ってうつむいている。
 アリサが再びショルダーバッグを振りかぶり、座り込んだまま動かないサクの肩にそれを打ちつけた。細い腕を組んだアリサの胸元で、豊かな乳房の形をこれでもかと見せ付けるように、極上の絹に包まれたふくらみが揺れた。
「私がいないのをいいことに。どこの野良犬と遊んでいるの」
「……言ったらどうする気?」
 サクはうつむいたまま、声を返した。アリサがそれを見下ろしたまま、長い睫毛に彩られた美しい瞳を細めた。
「そうね。あなた次第ね」
 言われて、初めてサクが顔を上げる。その奥歯が噛み締められていることに、アリサはめざとく気付いた。
 黒い繊細なレースに包まれた優美な脚がしなり、鋭いヒールの爪先が加減なしにサクの無防備な腹にめり込んだ。ぐっ、とサクが呻き、床の上に身体を二つ折りにしてうずくまる。
 その頭を、ピンヒールの踵が踏みつけた。
「その目は何。自分の立場を忘れた?」
 サクは唇を噛んで、それ以上の呻き声を抑え込む。
「言いなさい。どこの野良犬と遊んでいるの」
 ぎりぎりとその頭を踏みつける脚に力をこめながら、アリサは冷然と繰り返した。なおも答えないサクに、ふん、とそれすらなまめいて聞こえるように鼻を鳴らす。
 サクの頭からアリサは脚を下ろした。
「まあいいわ。言わないなら、調べるだけの話」
 弾かれたようにサクが顔を上げた。
「何をする気」
「あなた次第、と言ったはずよ」
 アリサはクスリと笑う。
「あなたは目立つもの。私がその気になれば、簡単に何をしてるかくらい調べ上げられるのよ。たかだか野良犬の一匹や二匹、私にはどうだっていいんだけれどね」
 床の上についたサクの手が握り込まれ、震えた。再びうつむいて、サクは口を開いた。
「……ただのセフレ」
「ふうん?」
「あんたがいないとき、俺だって寂しいから。仕方ないだろう。ただそれだけの相手だよ」
「名前は」
「……レン」
「女? 男? 日本人?」
「男。ハーフっていってた」
「ふうん」
 アリサの瞳の奥が、ちらりと輝いた。
「綺麗な子? 髪と目の色は」
「……金髪と、青い目。けっこう見かけは綺麗だと、思う」
「そうなの。まあ、あなたが気に入るくらいだから、悪い子じゃないんでしょうね」
 楽しげに目を細めて、アリサが含み笑いをした。
「あなたと一緒に飼おうかしら。それも悪くないかもしれないわねぇ」
「それは」
 思わずのように顔を上げ、また伏せて、サクが呻くように言った。
「……やめろ。それだけは」
 パン、とサクの頬が高い音を立てた。アリサの平手が、そこを強く打った音だった。
「それがものを頼む態度なの?」
 サクがさらにうつむき、そのままその場に両膝をつき直して、アリサに向かって額を床にこすりつけた。
「……どうか、それだけはやめて下さい。俺が何でもして、尽くしますから。だから、どうかお願いします」
 かすかに、サクの声は震えていた。むしろそれが、アリサを満足させたらしい。
「そうね。悪くはないけれど……あなたがそうまで言うなら、見逃してあげないでもないわ」
 アリサの細くやわらかな指が、サクの顎を上向かせる。ルージュの引かれた艶やかな唇が、唇に重なった。
「ッつ……」
 アリサの白い真珠のような前歯に唇を噛まれ、思わずサクが声を上げる。切れた唇から、赤い色が顎に伝った。
 自らの唇についた血をぺろりとピンクの舌で舐め取りながら、アリサが微笑んだ。
「でも、おいたをした罰は受けてもらうわよ。最近あまり傷をつけることはしなかったけれど……ちょっと甘やかしすぎたようね。覚悟はいいわね?」
「……はい」
 うつむいたまま、サクはそれだけを返した。

        ◇

 ベッドの上でお気に入りの女の子の身体から上着を脱がそうとしていたまさにそのとき、前触れなしに玄関のドアが開いて、レンはぎょっとした。
 広くもないその部屋は、玄関を開ければ、明るい窓辺に置かれたベッドまですべて見通すことができる。
「あらぁ」
 思わず間抜けな声を出して見た先で、サクがやや驚いたように見返してきていた。
「邪魔した」
 それだけ言い、すぐにその背を返して、サクはドアの外に歩き出す。
 レンは慌ててベッドから立ち上がると、少女を振り返り、両手を合わせて拝むようにした。
「ごめん。ヤボ用」
「……いいけどぉ。サク、でしょ? 今の」
 乱れかけていた襟元をしどけなく直しながら、少女は溜め息をついた。
「出てくよ。レンの大本命だもんね。あたしもレン好きだしさ、嫌われたくないし。つーか、あんな人にかなうわけないし」
「ありがと。また埋め合わせするから!」
 レンは服の乱れも構わず、そのまま外に走り出していった。
 少女はやや不満気にではあったがそれを見送り、あーあ、と言いながらベッドを立ち上がった。

「ちょい待てって! いーからさ!」
 レンはすぐにサクに追いついた。錆び付いた階段を降り切ったところだったサクは、無造作に後ろからレンに腕を掴まれて、思わず顔を歪めた。
「ッ……放せ、馬鹿」
 すぐにそれを振り払う。ゆっくりと冬から春に移ろいつつあるとはいえ空気はまだまだ冷たく、サクは色の黒い上着を身に着けている。
 襟元の立ったそれの下にのぞいた首に、衣服ではない白い色を見出して、レンは表情を変えた。逃れるように身をよじらせたサクに、レンは再び手を伸ばして自分の方を向かせた。
「ッい……!」
 堪え切れなかったように、サクが再び顔を歪めた。首に巻きつき、その下の素肌も覆っている真っ白い包帯に、レンはますます青い目を見張った。
 そして、もう一つ気付く。包帯ばかりに気を取られていたが、サクの唇に傷がついていることに。
「……おまえ、それどうしたんだよ」
「なんでもない」
「なんでもあるだろ。って、熱あるのか?」
 掴んだ手首が異様に熱く、サクの頬にもやけに赤みがさしていることにレンが気付く。白い額には明らかに、うっすらと汗が浮いていた。陽差しがあってもまだ外気は冷たいこの季節、何もせずにここまで汗をかくだなんて考えにくい。
「なんでもない。薬飲んでるし」
 そう言いながらも苦しげなサクに、レンは眉をひそめた。有無を言わさずに腕を引いて、部屋に向かって階段を昇り出す。
「アホか。ならなんで俺のとこにきたんだよ」
「知らない」
「知らないって。駄々っ子か、おまえは」
 呆れながら返したとき、カンカンと足音を響かせながら少女が階段を降りて来た。少女はちらりと二人を見、軽く肩をすくめて、無言でそのまま降りていった。
 強引に部屋に連れ込まれ、ベッドに放り込まれると、サクはそこで気力が尽きたようだった。ぐったりとして目を閉じる。
 上着だけは脱がせたが、それによってサクのおそらく上半身全体に包帯が巻かれていることを、レンは見て取った。服の下に、首から手首まで巻かれたその白さが痛々しく、レンは眉根を寄せずにいられなかった。
「まさか、飼い主ってやつか? ……俺のせいか?」
 サクは薄く目を開き、少しの間言葉を探すように黙っていた。身を苛む熱のせいだろう、その瞳は普段以上に潤み、呼吸も乱れがちだった。
「……いつかこうなるって分かってたから。気にするな」
「気にするに決まってんだろ」
「これくらいですんで、よかった」
 再びサクが目を閉じる。言いたいことはいくらもあったが、レンはとりあえずその場を離れてシンクに向かった。洗面器に水を張り、タオルを突っ込んで戻る。
「……ほんと、薬飲んでるから。手当てもちゃんとされてるから、平気。心配しなくていい」
「もういいから黙れ。寝ろ」
 レンは水で濡らし、絞ったタオルで、サクの汗ばんだ額と頬を拭いてやる。
 また薄くサクが目を開き、すぐに閉じて呟いた。
「……気持ちいい」
「どんだけ熱あんだよ。いくら薬飲んでるったって……」
 ぶつぶつ言っていると、サクが小さく笑った。そして言った。
「もっと気持ちいいことして」
「は?」
「してよ。看病なんかいらない」
「おまえなぁ」
 呆れた気分でレンはそれを見下ろした。サクはまた笑ったが、顔を隠すように腕を持ち上げ、目の上に置いた。
「してよ。いいから。……何も考えたくない」
 泣いているのかと、一瞬レンは思った。
 いや、サクは泣いてはいない。泣いてはいないが、まるで子供のように今にも泣き出しそうに見えた。これほどつらそうなサクを、いや、感情をのぞかせたサクを、レンは初めて見た。
 そう思ったら、思わず自然に手がサクの腕に伸びていた。
 顔を隠すようにしたその腕を、できるだけ痛みを与えないようによけさせる。サクの瞼に優しく口付け、それから唇にキスをした。
 熱のせいか、普段よりいっそうサクの唇は熱い。レンはそこについた傷もまた痛まないよう、もう一度ごくごく柔らかく、キスをした。
 サクの方から舌をからめてきた。とろけるような熱く甘いキスに、レンもできるだけ優しく応えた。
「……気、失うまで、して」
 囁くようにサクが言った。無茶言うなそんな状態で、と喉元まで出かかったが、レンはそれを飲み込んだ。
 サクの身体に負担をかけないように、ベルトを外して下着と黒いスラックスを下ろしてやる。
 そこにのぞいた、まだ柔らかいままのペニスにそっと口付けると、サクがピクリと反応した。ひどく熱いそれを手で包むように持ち上げて、さらにくまなく乾いた唇を押し当てていく。
「うっ……あ、あ」
 熱のせいで普段よりいっそうセーブがきかないのだろう、サクの喉から上ずった声が洩れ、その身体が仰け反って震えた。たちまち萎えていたペニスが硬さを増し、勃起していく。
 軽いキスをたっぷり繰り返してから、レンはその先端に舌を這わせた。
「ぁあっ」
 すでに先走りを滲ませ始めていた鈴口に舌をくちゅりとこじ入れられ、サクの腰が跳ねる。あまりサクが身体を動かさないようにその腰を押さえてやりながら、強い刺激を与えないように、レンは熱いペニス全体に指と唇と舌でゆっくりと愛撫を加え始める。
 今のサクであれば、少し強い刺激を与えたらあっという間に達するだろう。気を失わせてほしい、というのなら、そうしてやろう。焦らすように少しずつ快感を高めてやって、普段より長めに絶頂の寸前を行き来させて、それから解放してやれば、一度でたやすく意識が落ちるに違いない。
「あ、あっ……ふぁ……ああ、ぁ……っ」
 もどかしいほどに優しい愛撫に次第に性感を高められ、達する寸前で愛撫を止められる。そして少し冷めたらまた愛撫されるということを繰り返され、たまらない疼きと熱さにサクが身を震わせて啜り泣いた。
 頃合を見てレンが膨れ上がったペニスを喉の奥まで口に含み、唇で締め付けるようにしながらぞろりと舌を這わせると、ひときわ大きくサクが身をよじらせた。腰を押さえたまま、さらに刺激を続けてやる。
 抵抗などまったく示さず、かすれた悲鳴のような声を上げてサクが達した。やがて全身が弛緩し、舌でペニスを清めてやってからその顔を覗き込むと、汗にまみれた真っ白い顔のまま、サクは完全に気を失っていた。
 その濡れた前髪を軽く梳いてやりながら、レンは何がサクをそこまで快楽の坩堝に追い立てるのか、ぼんやりと見えてきた気がしていた。


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