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第3話 夏の櫻 (15)

   § : 「空咲く花に戀うる君は」 第3話 夏の櫻
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 敷きっぱなしの布団の上に、むすっと胡座をかいている俺。
 扇紫は布団の横に、しゅんと小さくなって正座していた。
 ……ったく。ナーバスだった気分も吹き飛んだわ。
 心底こいつアホだろと思うし何言ってんだと思うけど、でも、まあ……助けられたことは事実だしな。
 それに、下手にナーバスに沈んだままでいるより、気分がまぎれて良かったのかもしれない。
 はぁ、と一つ大きな溜め息をつき、俺は扇紫を見た。
 俺に怒鳴られた扇紫は、すっかりしょげ返ってうつむき、ちんまりと畳の上に座っている。
「もういいよ。怒ってないから」
 言うと、扇紫が普段以上に情けない垂れ目になった顔を上げた。
「本当か?」
「うん。おまえがマイペースでアホなのは今に始まったことじゃないし」
「ぎ、ぎゅうっとしても良いか?」
「それはちょっと待て」
 俺に許してもらえたとなった途端、瞳をきらきらさせ始めた扇紫を、俺は冷静に制した。
「昨夜のことさ。何がどうしてああなったのか、俺全然分かってないんだ。おまえは分かってるんだろ? 事情を説明してくれないか」
 あの黒いモノ達は、明確な意思を持って俺を狙っていた。
 なんで俺が、あいつらに狙われたんだろう。たまたま遭遇してしまって、通り魔的に襲われただけなのか。それとも、狙われるような理由があったのか。
 たとえば、俺は人外のモノの「聲」を聞くことができる。あいつらは実は、俺に何かを訴えようとしていた……というのは、ありえないだろうか。
 何より、アレは、いったい何だったんだ?
 あんなことがあの一度きりで終わるならいいけど、わけも分からずに安心なんかできない。今後の自衛のためにも、できるだけ情報を得ておきたかった。
 俺を見返した金色の瞳が、逡巡するような色を帯びた。だがそれをじっと見返すと、やがて折れるように扇紫は小さく息をつき、頷いた。
「あい分かった。……確かにこうなると、知らぬよりも知っていた方が良いやもしれぬ」
 そう言って、扇紫は語り出した。

「まず、昨夜そなたを襲ったあのモノ達のことだ。あれは、この世のモノでは無い」
 やっぱり、そうなのか。
 初っ端からあっさりと断言されたことに、俺はこくりと唾を飲んだ。
 あの場所自体があからさまにおかしかったし、この世じゃない、とは漠然と思ったけど、こうもはっきり断言されると、今更ながら悪寒がした。
「この世、と我等が呼んでいる此処は、現世うつしよとも云う。物質で構成された、肉体を持つモノ達の世界だ。陰陽で云うならば、陽に当たる世界だな」
「陰陽」
 扇紫は頷き、ゆっくりと、一つずつを噛み砕くように語った。
「陽に当たるこの世界とはまた別に、陰に当たる世界も存在する。肉体を持たぬモノ達の世界だ。日向から日陰は見えにくくなるように、そちらの世界は、現世からはよく見えぬ。故にそちら側は、陰界、幽世かくりよ、といった呼ばれ方をする」
「かくりよ」
「隣り合い、鏡のように対になってはおるが、性質が異なる故、本来は決して交わらぬ世界だ」
 現世と幽世。
 肉体を持つモノ達と、持たないモノ達の世界。
 本来は交わることのない二つの世界が、しかし何かの拍子に交わることがある──と、扇紫は説明した。
「それが最も起こりやすいのは、昼が死に、夜と入れ替わる刻限だ。昼でも夜でも無い、すなわち陰でも陽でも無い、一日のうちで最も曖昧な時刻。朝方も同じ事なのだが、陽から陰に移りゆく夕刻の方が、より陰界の影響が強くなる。この時間帯は、幽世と現世が重なりやすく、幽世から溢れたモノが現世に介入しやすい。故に『逢魔ヶ刻』と云う」
「逢魔ヶ刻……」
 夕暮れ時がそんな呼ばれ方をすること自体は、どこかで聞いたことがあった。
 でもまさか、そんなものが現実に自分を巻き込むなんて。
 さらに扇紫は、あのとき起きたことについてを語った。
 そもそもが「逢魔ヶ刻」という、最も不安定な時間帯だったこと。
 そのタイミングで俺が差し掛かった、異なる境界が交わる「辻」という場所(辻、という場所自体が、その性質上、霊的に不安定になりやすいそうだ)。
 しかもあの辻には、往来する人々の様々な「想念」が長きに渡って蓄積された、道祖神の像があった。
「想い」や「念」というのは、形を持たぬがゆえに陰界の影響を受けやすく、また陰界から干渉する力を増幅させる働きを持つ、という。
 それらが全て相乗効果となり、世界の境目が歪んで、本来は交わらないはずの「現世と幽世」という、異なる世界が重なってしまった。
「ああいったこと自体は、条件さえ合致すれば何処でも起こり得ることなのだ。そうやって人知れず幽世に迷い込み、現世に帰れなくなった者達の多くは、神隠しに遭った、と人々に囁かれてきた」
「マジでか……」
 神隠し。その一言に、俺は薄ら寒くなった。
 だって、もしあのままあの奇妙な世界から抜け出せなかったら、俺も「神隠しに遭った」なんて言われてたかもしれないんだ。
 この現代社会においてはぶっちゃけナンセンスな一言でも、あんな辻の残る田舎では、そんな「怪異」もまだ生きている……。
「あのときあの場所に現れたモノ達は、以前からこの辺りに潜んでいた、いささか性質たちの悪いモノ達だ」
 そう言った扇紫は、いつになく沈痛な面持ちをしていた。
「強い想念は、現世と幽世を引き寄せる。昨夜あの辻が幽世と重なったのも、全てが偶然だったわけでは無い。そうさせようとする、あのモノ達の強い意思が働いていた」
「……あいつらって、結局何だったわけ?」
「名も姿も持たぬ、混沌とした想念の塊とでもいうのかの。中でも、かなり邪悪な意思を持つモノ達だ。双つの世界が重なった隙を衝いて、あのモノ達は幽世から這い出して来た。彼らはそなたを攫い、そなたに名と姿を与えて貰おうとしていたのだ」
「え……」
 俺に、名と姿を?
 思わぬ方向に話が進んできょとんとすると、扇紫は俺に言い聞かせるように、ゆっくりと続けた。
「そなたは幽世のモノに名を与え、それによって姿形を与えることが出来る。名も形も無い存在がそれを得るというのは、それだけで大きな霊威を得、霊格が数段上がる程の重大事なのだ」
 そういえば、以前も扇紫は教えてくれた。「名前」というのは、それ自体が力を持つ「言霊」であり「呪文」なのだ、と。
「真名の読み取り」や「名付け」によって、俺自身に大きなトラブルが起きたことはなかった。だから正直あまり深く考えてもいなかったし、重要視したこともなかったけれど、俺は初めて、自分の持っている力の作用というものを真剣に考え始めていた。
 俺が相手の真名を読み取ったり、名付けをすることで、その相手はそれだけで霊格が上がり、力が強くなる。
 だったら、名も形も無い混沌としたモノ達も、俺が名付けなり真名の読み取りをしてやれば、扇紫のように鮮やかに顕現できる、ということになる。
 だとしたら、そんなの……「名前」を欲しがって当たり前なんじゃないだろうか。
「えっと、それで……だからあいつらは、俺に名前を付けてほしくて……名前と姿が欲しくて、俺の前に現れたってことになるの?」
「そういうことになる」
 頷いた扇紫に、俺は数秒絶句した。
 俺は今まで、扇紫や御門さんを始め、人外でも「恐い」と思うものには遭遇してこなかった。
 だけど、人間に良い奴も悪い奴もいるように、人外にだって有象無象の連中がいるだろう。
 そういう連中が、力を求めるあまり強硬手段に出たとしたらどうなるか──そしてそれは実際に起き、俺は昨夜襲われた。
 狙われるべくして狙われた、というなら、もしかしたら俺って、自分で思ってたよりもずっと厄介な状況に陥ってるんじゃないのか。
 そこで、俺はふと疑問を抱いた。
 ……でも、だとしたら。なんで今まで俺は、昨日みたいな恐い思いをしてこなかったんだろう?
 おかしなモノにはちょこちょこ遭遇したけど、別に身の危険を感じたことはない。
 怪訝に思って扇紫を見ると、扇紫は何かを察したように、何やら情けない感じで眉間を寄せた。
「すまぬ、優希。私は、そなたに詫びねばならぬ」
「え。何が?」
「此度のような事は、実は初めてでは無かったのだ」
「え……」
 再び絶句した俺に、扇紫は視線を伏せる。その眉間には、まるで自分を責めるようなシワが刻まれていた。
「そなたが私をび、その額の三此眼がはっきりと開いてから、そなたの周囲にはああいった連中が蠢くようになった。それを、私はそなたに云わずにいた。そなたが知るまでもなく、私が遠ざけてしまえば良い、と思っての」
 扇紫は俺に向かって、うなだれるように頭を下げた。
「そなたに恐ろしい思いをさせとう無かった。私が共に在ることで、殆どの小鬼は寄ってくる事も無い。多少は離れても、加護は繋がっておる。だがあのように幽世が重なれば、さすがに離れては力が及ばぬ」
 そういえば、昨日扇紫はどうして家から離れていた俺を助けに現われることができたんだろう。本体である舞扇ごと移動しない限り、行動範囲が限られているはずなのに。
「だったら、なんでおまえは、俺のところに来れたの?」
「私一人の力ではない。そなたのところに跳ぶ力を、佐保媛殿に借り受けたのだ」
 佐保媛さんに?
 思わぬ名前に驚いたが、そういえば扇紫が現われたとき、桜の花びらを纏っていたことを思い出した。あれは、佐保媛さんが力を貸してくれた名残だったのか。
 俺自身が知らないところで、実は様々なことが動いていた。そのことに驚いて言葉も出なくなっていると、扇紫が俺に向かって頭を下げた。
「済まぬ。此度の事を招いた原因の一つは、私の慢心だ」
「……扇紫」
 ここまで自分を責めるような、沈痛な扇紫の声音は初めて聞いた。うつむいた顔は、青紫の髪に隠れてよく見えなかったけれど。
 何を言えばいいのか分からずにいると、扇紫はますます頭を下げた。ちりり、と髪飾りや耳飾りが、小さく揺れて音を立てた。
「隠し立てせず、ああいう事があるやもしれぬと、そなたに話しておくべきであった。さすればそなたは、昨夜も私を同行させた筈。それを怠ったばかりに、させとう無かった恐ろしい目に遭わせてしまった。済まぬ」
 顔を上げないまま繰り返し詫びる扇紫に、俺はうまく言葉を思い付かないまま、でも無意識のうちに手を握っていた。自分に対する不甲斐なさと、状況に対する腹立たしさと、後悔とで。
 だって。確かに扇紫が事前に言っていれば、昨夜のことは避けられたかもしれない。でもそれって、そんなに扇紫が自分を責めないといけないようなことか?
 悪いのは、俺を襲ってきたあの連中だ。そして、自分の持った力の意味を深く考えることもしなかった、俺自身の迂闊さだ。
 そもそも扇紫が何も言わなかったのは、俺に恐い思いをさせたくないと考えてのことなら、それを俺に責める資格があるか?
 そこまで考えて、今更気が付いた。
 ……扇紫の姿がしばしば見えなかったのは、もしかしたら俺の知らないところで、ああいう妙な連中を遠ざけていたからじゃないのだろうか。
 事の真偽は分からないし、聞いても扇紫は否定するかもしれない。姿が見えなかったときのすべてがそうだった、というわけでもないだろう。
 でもきっと、この予想は間違ってないはずだ。
 だったら、そんなの。
「……おまえが謝るようなことじゃないだろ」
 呟くと、扇紫がようやく、少しだけ顔を上げた。


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