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第3話 夏の櫻 (9)

   § : 「空咲く花に戀うる君は」 第3話 夏の櫻
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「いや、最初見たときはそりゃびびったよ。なんかやたら白くて綺麗なのがいる!ってさ。しかも明らかに人間じゃないし。人間どころか、これ絶対神様的なヤツだって思ったもん」
 ちゃぶ台を囲んで、俺と八島さんはすっかり話し込んでいた。
 八島さんは昔から、「この世のモノじゃない」ような不思議なモノ達を「視る」ことができた、という。
 それだけでなく、年代を経た物や、何かしらの曰くがある物にふれると、なんとなく「それ」にまつわることを読み取れることもあると語った。この骨董品屋でのバイトも、そんな人知れぬ特技(?)を活かせることから選んだらしい。
「そうだったんだ……なんか、すごいや」
 今まで身のまわりで、ここまではっきりと「視える」と言い切れる人になんて出会ったことがなかった。八島さんの話を聞きながら、俺はひたすら感動していた。
 ……ああ、俺、嬉しいんだな。
 こうやって、扇紫のことを「ちゃんと居る」って認識してくれる「他人」に会えたことが、嬉しいんだ。
 今までは、扇紫がどんなに近くにいても、実際に窒息まがいの勢いで抱き締められたりしていても、扇紫の存在は俺にしか認識できなかった。扇紫が確かに「ここに居る」ことを、俺以外は知らなかった。
 それは、どれほど確かであるようでも、どこかで俺は恐かった。俺が「確かに存在している」と思っている扇紫は、実はただの俺の妄想なんじゃないか、本当は扇紫なんて存在してないんじゃないか、と。それを危惧してしまう不確かさが、どうしてもあった。
 だから、まったくの第三者がこうやって扇紫の存在を認識してくれたこと、扇紫について話してくれることが、感動して胸に熱いものが込み上げてくるほど、俺には嬉しかった。
「いや、そんなスゴイもんじゃねーよ。ヘンなもんが視えたり、なんとなく背景が分かるってだけで、別に何ができるってわけじゃないしさ」
 八島さんはけろりとして、そう言い切る。
「そんなものですか?」
 充分すごいと思うんだけどなぁ。
「そんなもんだよ。視えるヒトとかって案外居ると思うけど、迂闊に下手なこと言うと変人呼ばわりされるっしょ。みんな、あえて言わないだけだと思うぜ」
 ああ、確かに。
 そう言われれば俺だって、扇紫のことはあえて自分から他人に言おうとは思わないし、人目がある場所で扇紫と会話するときは神経を遣う。
 それはやっぱり、「見えない」人に「おかしな奴だ」と思われたくないからだ。
 八島さんは新たに持ってきたお菓子の袋を開け、某チョコレート菓子をぽりぽり囓りながら、俺を見た。
「俺なんかより、優希くんのがよっぽどスゴくね? 神様が守ってくれてるんでしょ、要するに」
「えっと……………………そう、なのかな……?」
 あらためて指摘されると、その通りなのかもしれないけど。
 何と答えたものかと、隣に座った扇紫にチラと視線を向けた。
 扇紫は俺達の遣り取りを聞くともなしに聞きながら、八島さんが淹れてくれた日本茶を、のんびりと飲んでいる。
 こいつはとにかく俺を大事にしてくれてるし、困ったことがあれば助けてくれる。こんなんでもまがりなりにも「神様」なんだ、と実感したばかりでもある、が。
「正直、神様っていっても全然神様らしくないっていうか……そもそも付喪神って、どちらかというとカテゴリーは妖怪じゃありません?」
 率直な感想を言うと、八島さんは「ああ」と笑って頷いた。
「まあ、日本のカミサマなんて日本全国津々浦々、どこにだって何にだっている感じだもんなあ」
八百万やおよろずですもんね」
「神様も妖怪も紙一重感あるよな」
 八島さんは扇紫に目を向けると、興味津々の様子で訊ねた。
「そのへんって、当事者としては実際どうなんです? やっぱ、神様とか妖怪だとか、自負やこだわりがあったりするもんなんすか?」
 そんなことを初対面から直球で訊いてしまう八島さんの物怖じのなさに、俺は感心した。
 そういえば俺は、扇紫にそういうことを訊ねたことすらなかったな。人外である扇紫が何を考えているのか分からない、と悩んだことはあったけれど。
 俺も知らない扇紫の話題に、俺も興味がわいて耳を傾けた。
「ふむ。それは、なかなか難しい質問だのう」
 扇紫は穏やかな目で八島さんを見返し、口に運んでいた湯飲みをちゃぶ台に置いた。
「本質は揺るがぬが、我らを我らたらしめているものは、我ら自身ではない。まあ、こだわりを持っているものも居るがの」
「と、いうと?」
「人が我らを何と呼ぶかで、我らの在り方も変わってくると云うことだ。人が我らを神と呼べば、神となる。妖と呼べば、妖となる。我らを呼ぶ言霊に宿った願いや祈り、呪いや想いが、我らの姿もまた変えてゆく。故に、我らは神にも妖にも、あるいはそれ以外にも成り得るのだよ」
「ほほー」
 いつもお花畑みたいなことしか言わないだけに、たまにこういうまともなことを言うと、扇紫がえらくまっとうな人外じみて見えてくる。いや、「まっとうな人外」って表現てどうよと思うし、そもそも実際に人間じゃないのは分かってるんだが。
 八島さんはすっかり扇紫に興味を抱いたようで、扇紫の話を聞きたがった。扇紫の本体である舞扇の話になると、さらに好奇心を煽られたようだ。
「鎌倉時代ってマジかよ。いざ鎌倉じゃん。武士じゃん。すッげーなぁ……神々の世界パネェ」
 八島さんは慎重な手つきで、扇紫の本体である舞扇を広げながら、しきりに感嘆した。
「はい。それがずっと流れて来て、たまたまうちの何代か前のご先祖様が見付けて気に入って、手に入れたみたいです」
「で、それが泰平さんとこの蔵にしまってあったと」
 よく考えると、この扇も不思議だ。扇紫が顕現するときには光になって溶けてしまうように見えるのに、顕現した扇紫は必ずこの舞扇を手にしている。
 新雪みたいな白地に、ふわりとした青紫が彩雲のように広がり、その上から優雅で繊細な金の流水紋が描かれている舞扇を、八島さんはじっくり眺めた。
「てか、年代物って感じはするけど、意外にそこまでえらい昔のもんには見えないな」
「ですよね。俺にもよくわからないけど、扇紫が『憑いた』時点で、その扇は普通の扇ではなくなったみたいです」
「だよなあ。この扇だけ時間が止まってるんじゃねってくらい、全然傷んでないもんな」
 扇紫の舞扇は、ごく当たり前の扇のようでありながら、見えない何かにコーティングされてるみたいに一切傷がつかない。
 火を点けたら燃えるのか? という興味は正直あるけど、それを実際に試してみる勇気は、さすがに無い(扇紫がOKを出したら、一度やってみたくはある)。
 扇紫の扇は物理的に劣化することがない、ということなら、確かに「時間が止まってる」って言い方も出来るのかもしれない。
「いつどこで生まれたのか、っていうのは、あまり覚えてないもんなんすか?」
 八島さんに問われ、扇紫は少し考え込んだ。
「そうだのう……自分がいつからこうであったのかは、正直よく分からぬ。何しろ、遠すぎる昔のことであってな。この身を最初に手に取ってくれた御仁が、果たして男性だったのか女性であったのかすら、もう覚えておらぬよ」
 まあ、七百年も昔だもんな。それでなくても、たとえば俺だって、自分がいつどこで生まれたのか、いつから自分が存在していたのかなんて、誕生日という知識では知っていても自覚はしていない。
 扇紫は金色の瞳を持ち上げて、少し垂れた目許をほころばせた。
「しかし、夕霞のたなびきか東雲しののめのあわいかと、その幽けき様が奥ゆかしいと愛でてくれる御仁は、幾人もおった。故に、たわいも無き身なれど、幽世かくりよより空蝉を得て此処に居る」
 そう言ったときの扇紫の眼差しが、ふと一瞬、ひどく遠くを見た。
 その眼差しの遠さに、どきん、と胸の奥が揺れた。そこにいる扇紫が、俺の知らない扇紫にすり替わってしまったような錯覚にかられて。


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