cats and dogs

‐original BL novels‐



第3話 夏の櫻 (3)

   § : 「空咲く花に戀うる君は」 第3話 夏の櫻
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 本を読み始めると、俺は周囲の物音が聞こえなくなる方だ。
 俺好みのミステリ系小説だったせいもあり、黙々と読み進んでいたところ、ふと視線を感じて集中が跡切れた。
「…………」
 ものすごく見られてる気がして振り向くと、畳の上にきちんと正座した扇紫が、携帯ゲーム機を手に、見るからにうずうずした様子で俺をじっと見つめていた。
 そういやさっき、こいつ一度どこかに姿を消したな。あれは俺の部屋にゲームを取りにいってたのか。
 俺の邪魔をするまいとはしてるんだろうけど、この絵面って、なんというか「待て」状態の犬を無性に連想させる。
「……何かゲームでもする?」
 これを無視するのもうっすら良心が咎めたのと、けっこう読み進んだから気分転換するのも良いかと思い、俺は座卓に本を置いた。
「おおぉ。遊んでくれるのか」
 途端、ぱああっと扇紫が顔を輝かせた。
 あまりにストレートに喜ばれて、俺は苦笑してしまった。
 そんなに遊びたかったなら一声かけてくれりゃいいのに。けど、こいつなりにいちおう気を遣ってるんだろうな。
 ちなみに付喪神である扇紫は、当然ながらほんの数日前までゲーム未経験だったが、なかなかにセンスが良く、数日で着実に腕を上げていた。
 この間ゲーム機と一緒に買ってきてやった某ハンティング系ゲームが、現在は特に気に入ってるらしい。このゲームなら俺とマルチプレイできるっていうのもあるんだろう。
「おまえって、意外にこういうの好きだよな」
 俺もゲーム機を取り上げて準備をしながら言うと、正座して待ちながら扇紫が首を傾げた。
「ふむ。意外なのか?」
「おまえってなんか、ゲームやるなら無害な育成系とか牧場系やってそうだもん」
 とはいえ普段はおっとりした扇紫は、ゲームをやり始めると、これが意外に負けず嫌いだったりする。勝てば喜ぶし、負けるとしっかり悔しがる。
 頭の回転は悪くないのかパズル系もけっこう得意みたいだし、あと意外にもアクション系に強い。あくまで遊びとして割り切っていて、あとくされはないから、一緒に遊んでいて楽しいタイプではあった。
「んー……何狩りにいこうか。そういやおまえ、アレの素材揃った?」
「いや、あと少しなのだ。一人で倒すのは、まだまだ難しいのう」
「じゃ、そいつやりに行こう」
「おお、手伝ってくれるのか。かたじけない」
「いや、別に。おまえが強くなってくれた方が、俺も楽だから」
 ……べ、別に、おまえが喜ぶ顔が見たいからとかじゃないんだからな。
 そんなこんなで、俺と扇紫は一緒にゲームを始めた。
 ゲーム内でも洩れなくコミュ障な俺は、基本はソロ、遣り取りが面倒なマルチプレイは避けてきた。最低限の挨拶程度でいいなら参加できたから、それでも特に不便を感じたことはなかった。
 が、扇紫とこうやってプレイするようになって以来、リアルで隣にいる誰かと一緒にプレイする楽しさに、俺もハマってしまいつつあった。
 だって、同じゲームでも全然違うんだもん。AIじゃなく「生きた相手」と、その場でわいわい遣り取りしながら協力プレイするって、めちゃくちゃ楽しいもんなんだな。
 ヤバいときに助けられたり逆に助けたり、咄嗟の連携プレーが成功して思わずガッツポーズし合ったりと、いちいちに一喜一憂しながら、俺と扇紫はしばらくの間、すっかりゲームに没頭してしまった。
「やあ、げぇむというのは本当に面白いものだなあ。一人で遊ぶのも楽しいが、優希と遊ぶのがやはり一番楽しいな」
 何回かプレイして一段落した頃、扇紫が軽く頬を上気させたほくほく笑顔で言った。
 これだけ楽しそうにしてくれると、俺みたいなひねくれ者でも、さすがに内心嬉しくなる。
「そっか。ま、少し休憩しよ。暇ならこれで遊んでて」
 まだ遊び足りないらしい扇紫に、短時間で出来る手頃なアプリゲームを立ち上げてスマホを渡してやる。サイダーはとっくに無くなっていたから、俺は新しく飲み物をもらいに台所に向かった。
 喜び上手というのか、扇紫は「ものの楽しみ方」を知ってるタイプなんだろう。そんな扇紫と一緒にいると、俺もいつの間にか素直に物事に反応している。
 傍目にはゲームだの何だのと、たわいもないことにすぎないかもしれないけど、何事も斜に構えることが癖になっていた俺には、そんな小さなことでも嬉しくて新鮮だった。
 板敷きの台所で、グラスを適当に拝借して冷たい麦茶をもらう。珍しいほど上機嫌で、俺は居間に戻っていった。
「……ん?」
 と、畳にうずくまるように座り込んでスマホを凝視している扇紫の後ろ姿が、縁側から見えた。
 俺に気付かないなんて、よっぽど熱中してるんだな。っていうか、何のゲームだったっけ、さっきのあれ。
「扇──」
「ひっ!!」
「うわッ?」
 呼びかけた途端、扇紫はよほど仰天したのか、うずくまったままの姿勢で軽く飛び上がった。なんて器用な。っていうかこっちも驚いたわ。
 見るからに血の気の引いた顔をひきつらせて、扇紫がぎくしゃくと首を巡らせた。なんて顔してんだ、こいつ。
「ゆ、ゆゆ……優希……」
「な……何?」
 ただならぬ様子に軽く引きながら返事をすると、扇紫が手の中のスマホに視線を落とし、途端、
「うわあああああああッ!!」
「ちょッ!?」
 常におっとり構えたその口からはついぞ聞いたこともない悲鳴を上げてスマホを放り出し、慌ててキャッチしに動いた俺の脚に、扇紫がガバッとしがみついてきた。
 運動神経皆無の俺にして、片手に麦茶の入ったグラス、片脚には扇紫に追突するようにしがみつかれ、この状況で自分が転ぶこともなく放物線を描いたスマホをぎりぎりキャッチできたのは、自画自賛せずにいられない曲芸並みの奇跡だった。
「ちょっ……もうっ、何してんだバカ!」
 思わず叱りつけながら、無事に手中に収まったスマホの画面を見た俺は、「うをっ」と軽くびびった。
 画面いっぱいを、カッと口と目らしきモノを見開いた、見るも不気味なホラー感満載のナニカの顔が埋め尽くしていた。その上にどろりと綴られた『GAME OVER』の血文字。
「う、うう……そ、そんなもの……見とうない……びっくりしたではないか……」
 うずくまるように俺の脚にしがみついた扇紫が、かたかたと震えながら涙目で呟くのが聞こえた。
「…………」
 あー、うん。
 そういえばこれ、ひたすら正体不明のバケモノが追い駆けてくるっていう、ビックリ系のホラーゲームだったね。すごく軽い気持ちで立ち上げたけど、初見のときは俺でもけっこう恐かった記憶がある。
 っていうか、付喪神のくせに、こういうのに扇紫は弱いのか。
「えっと……あー、うん、ごめんな? よしよし。ゲームだから大丈夫。落ち着け、な?」
 まだ涙目で震えている扇紫の横に屈んで、ぽんぽんとその狩衣の背中を叩いて宥めてやる。なんだかいつもとすっかり逆だ。こいつにも恐いものがあったんだなぁ。
「も、もうそんなげぇむはやらぬっ。優希もそんな恐ろしいもので遊んではならぬ、呪われて死んでしまうぞっ」
「いや、これくらいで死なないから」
 半泣きで訴える扇紫に、ちょっと可哀相なことをしたかなと、俺は苦笑した。
 扇紫が落ち着くまで、ひとしきりぽんぽんとその背中を撫でてやっていると、
『何をしとるんじゃ、おぬしら』
「あ。御門さん」
 そこにいかにも不審そうな、渋い声をかけられた。見上げると、長押の上に一匹の大きなアシダカグモがいた。
 数日前にたまたま廊下で遭遇し、俺が「御門」という「真名まなの読み取り」をしたことによって、一介の蜘蛛から「言葉を喋るちょっと特別な蜘蛛」にレベルアップした御門さん。
 何しろ大きな蜘蛛なだけに、最初はものすごく仰天させられたけど、何度かこうやって見かけて言葉を交わすうちに、御門さんとなら落ち着いて話せるようになっていた。
 ともあれ、付喪神の扇紫が蒼白かつ半泣き状態で、いかにも情けなく畳にうずくまっている、という状況は、御門さんの目から見ても奇異に映ったらしい。
『扇紫殿がかくも取り乱しておられるとは、尋常ではないのう。もしや、扇紫殿でもおののく程に恐ろしい化け物でも現れおったのか?』
「いや、そういうわけじゃ……いや、それで合ってるのかな」
『なんじゃと。すわ一大事ではないかっ』
「大丈夫だよ、もういなくなったから。もう出てくることもないし」
 すちゃっ、と機敏な動きで身構えた御門さんを宥めながら、俺は手の中のスマホを操作して例のゲーム画面を消し、アプリを削除した。
「ほら、扇紫も。もう大丈夫だから。麦茶飲む?」
 扇紫はまだ若干かたかた震えながら「いただこう……」と弱々しく頷き、畳の上に正座し直して、渡してやった麦茶のグラスを口許に運んだ。
 その光景に、問題なしと判断したらしい御門さんが去っていき、扇紫もようやく人心地ついたようで、しょぼんと両肩を落としてうつむいた。
「面目ない、大層取り乱してしまった。ああいう恐ろしげな上に吃驚させられるものは、どうにも苦手でな」
 恥ずかしそうにいくらか赤面している扇紫に、俺はつい軽く噴き出した。悪いと思いながらも、そのまま本格的に笑い出す。
 だって、俺と一緒になってゲームで盛り上がったり、あんないかにもなホラゲでビビりまくったする付喪神なんてさ、全然「付喪神」らしくないじゃないか。
「まあ、あれは俺もちょっとはびっくりしたけど。おまえがそこまで恐がるとは思わなかったなあ」
「こ、恐いわけではないぞ。少し驚いただけだ、あんなもの」
 子供みたいにむきになって否定する扇紫に、俺はますます笑ってしまう。
 そんな俺に、最初は扇紫も頬を膨らませていたが、そのうち自分でもおかしくなったのか、へにゃりと表情をやわらげて一緒に笑い始めた。

 窓の外に見える空はどこまでも青くて、相変わらず蝉がうるさい。
 ああ。なんだかこう、──しみじみと平和だ。


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