cats and dogs

‐original BL novels‐



第3話 夏の櫻 (2)

   § : 「空咲く花に戀うる君は」 第3話 夏の櫻
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 しゃわしゃわしゃわしゃわしゃわ……
 じーじーじーじーじー……
 ちりりりん……りりん……

 居間の座卓に頬杖をつき、聞くともなしに聞いているのは、風鈴の音をかき消すような蝉の大合唱。
 縁側を開け放っているから、心地良い風も通る一方、蝉の声もまぁやかましい。
 遠い稜線にかかる入道雲をぼーっと眺めていたら、蝉の大合唱の中に、ツクツクボウシの声がいつの間にか混ざるようになっているのに気付いた。
 もうそんな時期なのか。お盆を過ぎると、この辺りでは足早に、季節が夏から秋へと移ろい始める。
 とはいえ日中の景色や陽射しは、まだまだ夏の色彩だ。
 からん。
 冷えたサイダーを満たしたグラスの中で、崩れた氷が音を立てた。
 無色透明のサイダーの底には、おばあちゃんお手製の琥珀糖が沈んでいる。俺が好きだったのを覚えていてくれて、わざわざ作ってくれたんだ。
 透明な琥珀糖は、光を透かしてとても綺麗だ。しかもこうやってサイダーに沈めて食べると、素朴な食感と甘さが炭酸と絡んで、しみじみと美味しい。
 普段は琥珀糖なんてまず見かけないから、こうやって飲むサイダーは、俺にとってはまさに故郷の味だった。
 今日はおばあちゃんは街の日舞の教室に出かけていて、おじいちゃんもお店に行っている。
 鍵なんて開けっ放しでも無問題とはいえ、いちおう俺は留守番の体で、一人で本を読んだりゲームをしたり、気ままに夏の午後を過ごしていた。
 と、淡い薫衣の香がふわりと漂い、ちりりん、と小さな貴金属がふれあう軽やかな音が聞こえた。
「おや、優希」
 呼ばれて目をやると、ついさっきまで誰もいなかったはずの畳の上に、白い狩衣姿の付喪神が立っていた。
 まあ、物理的法則を一切無視してこいつが突然現れるのも、もうすっかりおなじみのことだ。
「今日は優希は留守居役か。感心感心」
 舞扇の付喪神、こと扇紫は、穏やかな抑揚で言いながら、少し垂れ目の綺麗な顔でほのぼのと笑った。
「いや、感心ってか……別に何もしてないし」
 それどころか、サイダー飲んでおやつ食べて、めっちゃくつろいでるし。
「そんなことは無い。家の留守を預かるのは大事なことだぞ」
 ゆったりとした狩衣の背に、腰よりも長い青紫の髪をふわりと揺らして、扇紫は俺の隣に腰を下ろした。その動きに、髪飾りや身につけた宝玉、貴金属が小さく揺れ、ちりり、しゃらん……と涼しげな音色を奏でた。
 その琥珀を帯びた金色の瞳が、グラスの底に沈んでいる同じ琥珀色の上にとまった。
「おや、それは飲み物か? とても綺麗だなあ」
 興味深そうにグラスを見つめた白く整った顔が、子供のようにほころぶ。
 あ、好きだな。こういう、こいつの反応。
 扇紫は俺とは比べものにならないほど長く生きてる(?)はずなのに、とても素直で屈託のない表情をする。俺自身がヒネてるせいか、そういう無防備な素直さが少し羨ましくもあった。
 と同時に、そんな反応を見て、我ながら底意地の悪い俺は、ちょっとしたことをひらめく。
 にやりと口角が上がってしまいそうになったのを押しとどめて、俺はサワヤカな笑顔でグラスを差し出した。
「うん、サイダーっていうの。美味しいよ。飲んでみる?」
「ほほぉ、こんなに綺麗な上に美味なのか。それは是非とも味わってみたいぞ」
 付喪神も普通に飲み食いできるのかな、とチラと考えたが、どうやら無問題のようで、扇紫は目をきらきらさせて身を乗り出してきた。
 涼しげな水滴の付いた冷たいグラスを、扇紫は大事そうに両手で受け取ると、ほぉ、と感嘆しながら縁側からの光にかざした。
「まるで玻璃のようだなあ……きらきらと煌めいて、まるで光を集めたようだ」
 うっとりと呟いた扇紫は、いざ飲もうとして、なぜかそこでまごついた。
 ん?
「どうかした?」
「いや……この、管が邪魔での」
 と、扇紫はグラスに挿さったストローを困惑気味に示す。
 ああ、そうか。そりゃストローなんか使ったことないよな。
「えっとね。それは、飲み物を飲むための道具。端っこをくわえて、ちゅーって吸えばいいんだよ」
「ちゅー」
「思いっきりね。じゃないと吸えないから」
「う、うむ。あい分かった」
 念を押すと、扇紫は真剣な面持ちで頷いた。いかにもぎこちなくストローをくわえ、これで良いのか、と訊ねるようにこっちを見る。
 グッジョブ、と親指を立てると、意を決したらしく、扇紫はちうっと勢いよくサイダーを吸った。
 と思ったら、一拍置いて、ごふっ、と咳き込んだ。
「なっ……な、なんだ、この面妖な飲み物はっ? く、口の中がおかしい……痛いっ。く、口も喉もぴりぴりするではないかっ」
 げほげほと咳き込みながら、扇紫はうっすら涙の浮いた目を白黒させた。
「いやー。だよねー」
 炭酸なんて飲んだことないだろって思ったんだー。
 にまにまと頬が緩む。いやあ、日頃からやたらとこいつに動揺させられてる俺としては、これくらいの仕返しは許されるよねぇ。
「大丈夫大丈夫。それ、そういう飲み物だから。慣れれば美味しいって」
 にこやかに頬杖をついていると、若干涙目のまま、扇紫がむうっと頬をふくらませた。
「……とても悪そうな顔をしておるぞ、優希」
「えー。そんなことないよ」
「そなた、こうなると分かっておったな?」
「それは否定しない」
 むむむ、と扇紫がますます口を尖らせる。
 と思ったら、いきなりがばっと抱き締められた。
「うわッ」
「だが、そなたがとても楽しそうで可愛いらしいから善しとしよう」
 俺をぎゅーっとしたまま、さっきまでのふくれっ面はどこへやら、扇紫は楽しそうにのたまった。
「な、なッ……なんにも可愛くねーよッてか暑苦しいから放せ!」
 可愛いとかいうわけのわからない評価は勿論、突然のスキンシップには相変わらず不慣れな俺は、不覚にも動揺した。
 くっそ、これじゃ結局いつもと同じじゃねーか!
「むきになるところもまた可愛いなぁ。よしよし。優希が楽しいことならば、私にとっても楽しい。如何様にでも付き合うぞ」
 じたばたする俺をなだめるように頭をポンポンしながら、はははは、と扇紫は朗らかに笑う。
 モヤシっ子の俺は、ほっそりした印象の外見からは思いも付かないほど力強い扇紫の人外パワーの前には為すすべもない。
 振りほどくこともできず、すぐに暴れ疲れて、俺はむくれ返った。扇紫に背中からがっつりホールドされたまま、諦めの境地で溜め息をつく。
「……おまえってさぁ。俺に甘すぎない?」
「甘いだろうなあ」
 ははは、とまた扇紫は楽しそうに笑った。
 そんな扇紫の明るい笑い声も、背中から抱き込まれて座椅子よろしく凭れている感触も、俺を包む白い袖や仄かな薫衣香も、正直どれも心地良い。こうしていると、気が付いたら落ち着いてしまっている。
 抵抗しない俺の頭を、また扇紫はぽんぽん叩いた。
「優希は甘え下手だからなあ。その分、私が存分に甘やかしてやるのだ。そのくらいで丁度、釣り合いが取れるというものだろう」
「なんだよ、それ」
 甘え下手……な自覚は、ある。というより、甘え方がよく分からない。
 でもそういうのを見透かされるのは恥ずかしいし、決まりが悪い。
 むうっと眉間を寄せた俺の髪を、扇紫は撫でた。
「難しく考えずとも、そなたはそなたのままで良い。私も、私のやりたいようにしているだけだ。それで噛み合うのだから、何も問題は無いではないか」
「むう」
 噛み合ってるっていうのか、これは?
 首をひねりつつ、そのうちさすがにじわじわ暑くなってきて、「いい加減放せ」と扇紫の袖から抜け出した。
 なんとなく気恥ずかしくて、名残惜しそうにしている扇紫を無視し、読みかけで伏せてあった文庫本を開く。
 ……ほんとにこいつ、なんで俺みたいなのをそこまで気に入ってるんだろう。
 いくら説明されても、自分で自分のことが好きになれない俺には、どうしても素直に納得はできない。それでも少しずつ、本当に少しずつ、扇紫からの全開の好意を受け入れようという努力を始めている。
 こいつは信頼できる気がするから。それに、こいつが笑うのを見ると、俺も嬉しいから。
 しかしそんな内心を表に出すことなんか到底できるわけもなく、俺はことさら意固地になって扇紫には目を向けず、座卓に頬杖をついて開いた頁に視線を走らせるのだった。


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