cats and dogs

‐original BL novels‐



-朔の章- 第四のパンドラ(3)

   § : 「cats and dogs」
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 その宣言を、サクは守り続けた。
 あのときカズヤは、最終的にはサクに懇願させて放たせた。だがサクには、自分からカズヤを解放してやるつもりは微塵もなかった。あのときカズヤにされたことをなぞりながら、サクは容赦なくカズヤを追い詰めていった。
「ッあ、はあッ……あッ、あッ、あッ……ッくっ、あああッ!」
 サクの舌と指に、腫れ上がったペニスを丹念に舐め上げ、扱き、刺激され続けて、全身をしならせてカズヤが叫ぶ。
 悶え続けるカズヤにまったく構わず、サクはその熱く滾ったものをひたすら嬲り続ける。ちろちろと根元から先端まで舌先を這わせ、次々に滲んでこぼれ出してくる塩辛い先走りを舌にからめながら、ぐちゅぐちゅと音を立てて鈴口の中にねじ込む。裏筋をくすぐり、カリの周囲を唇で吸い、ぬらぬらと舌でなぞる。猛り切ってがちがちになったその太いものを、たっぷりと唾液で濡らしながら口の中に飲み込む。そうしながら指先は柔らかく、ときに乱暴に、竿の下で揺れている袋を弄び、そのさらに下の窄まりにも伸びてこねまわし、出し入れさせる。
 最初こそ声を噛み殺そうとしていたカズヤだが、媚薬の作用も手伝い、もはや襲いくる快楽に堪えるすべはなくなったようだった。長い黒髪を振り乱して身を何度も反り返らせ、苦しげな荒い呼吸を繰り返す。
 だがそれでも、カズヤはいかせてくれと懇願することはしなかった。あるいはもうまともに言葉をしゃべることもできなくなっていたのかもしれないが、そこに到るまでにも一度も許しを乞わなかったことに、サクは素直に感心した。
 全身を汗で光らせて激しい呼吸を繰り返すカズヤの姿を、サクはまた、たまらなくゾクリとくるものを感じながら見下ろした。
 サクの手が止まり唇が離れたことで、ぐったりとカズヤの顎が落ちる。その濡れた頬に掌を沿え、顔を覗きこんだ。サクの黒い瞳もまた、湧き上がる暗い欲情に濡れて輝いていた。
「頑張るね。そんなに俺が嫌い? ちゃんとお願いするなら、いかせてあげないでもないのに」
 間近から覗き込むサクの瞳を、力なくカズヤの目が動き、見返した。
 与えられる熱い拷問のような刺激に、それは霞がかったように焦点がかすんでいる。しかしその最も奥のところには、決して折れない光がまだかろうじで宿り続けていた。
「…………誰が……」
 かすれた声が言い返し、弱々しいながらもまだ睨み返してくる。その声と眼に、サクの背筋がまたゾクゾクと粟立つ。
 サクはズボンのベルトを外し、前をはだけると、すっかり自身も勃ち上がっていたペニスの先をカズヤの窄まりに押し当てた。
 そこはあふれ伝うぬめりにすっかりまみれていた。カズヤがひきつった悲鳴を上げるのに構わず、サクは強引に自身をカズヤの中に押し込んだ。
 カズヤの中は熱く、ひくひくとサクに絡みつき、痙攣するように締め上げる。ゆっくりと抽挿させながら、またカズヤのペニスを弄ぶことを再開した。
 火傷しそうに熱いペニスと後ろの穴を同時に責められ、カズヤはもはや声も出ないようにびくびくと仰け反った。
「……あんたは手ごわいだろうとは思ってたけど、……っく、ほんとに、落ちないね」
 サク自身も、挿入したペニスからわきあがってくるたまらなく甘い快感に、思わず喉を反らせて熱い吐息を洩らした。
「ずっとさ、あんたのこと考えてたんだ……あんたにされたことも……はっ……ぁ、くぅッ……」
 腰を揺らすたびに、カズヤに挿入したそこから痺れるような熱が指先にまで繰り返し広がる。気持ちの良さにくらくらする。
 サクは挿入したまま身を乗り出して、カズヤの乱れた黒髪を指にからめるように掴んだ。その頭を無理やり起こすように引っ張る。
「あんたが俺を壊したから。あんたのこと、考えずにいられなかった。俺から全部奪っていって……なのに、なんであんたは、そうなんだ」
 凝視する眼に、暗く、しかし熱を帯びた異様な光が次第に宿ってゆく。ひどく甘い快楽に酔いながら、しかしその奥は氷のように冷めている。
「なに、ワケわかんねぇこと……ッ……っく、うあっ……あぁッ!」
 かろうじで言葉を返しかけたカズヤが、その腰を強く掴まれて揺さぶられ、悲鳴を上げた。
 さらにサクはカズヤの滾り通しのペニスを乱暴に掴み、強く扱きあげる。強すぎる刺激にビクビクとカズヤが震える。
 ​​​──こんなものでは足りない。
 カズヤの姿を見ながら、腹の底から、どす黒い衝動がこみあげてくるのを感じた。
 こんなものでは足りない。何もかも奪い尽くしてやるには足りない。もっと絶叫させ、めちゃくちゃに悶えさせてやらなければ足りない。こんな程度では。​​​──何もかもを奪い尽くしてやるには。 
 サクは挿入したまま、ズボンをはだけたときに床の上に放り出していたナイフに手を伸ばした。その冷えた柄を強く握り締める。目の高さまで真横に持ち上げ、レザーの鞘を払った。
 冷たく美しい銀色の刃の輝きが、凝視する目に写りこんだ。
「……ッてめえ、……く、う……なに、しやがる気、だ……ッ……」
 サクの持ち出した物騒なものの輝きに気付き、カズヤが途切れ途切れながらも問いただす。
 サクはその姿を見下ろしながら、薄く笑った。
「何しよっか」
 切れ味のよいものを、とアリサにねだったそれは、ごく軽く触れただけでも肌が切れてしまいそうに磨き上げられている。ブレードの材質もよく、そうそうに刃こぼれしたり、刃が鈍ることはない。
 サクはその銀色の輝きと、腰の下で荒い呼吸を繰り返しながら自分を見つめてくるカズヤを見比べながら、しばらく考えた。そして決めた。
「そうだね……あんたに使ってみようか」
 さすがにカズヤの目許が引きつった。逃れようと身をよじらせるが、組み敷かれて拘束された身ではそれもかなわない。
 初めてカズヤが怯える様子を見せたことに、サクはくつくつと笑みがこみ上げるのを止められなかった。ナイフのブレードをひらひらと数度揺らして、窓からのごく弱い光に薄く光るのを楽しんでから、柄を握り直して刃の向きを返す。すっかりシャツがめくれあがり、丸見えになっている、カズヤの腹部の上へ。
 これで刺して、ここを引き裂いてやったら、カズヤはどんな声を上げるだろう。どんな顔をするだろう。
 想像するだけで、頭の芯がくらくらと熱くなった。指先まで熱が走り、自分の想像したことが愉快でたまらなくなる。
 サクの表情と様子の変化に気付いたのだろう。はっきりと顔色を変えたカズヤは、なんとか自分の上に乗ったサクをはねのけようともがいた。
 だがサクはますます体重をかけるように乗り出し、そしてカズヤの中に入ったままの自らのペニスを、さらに奥までねじ込んだ。こんな状況にも関らず身を走ったたまらなく熱い感触に、カズヤが身を震わせた。
「今さら逃げるなよ」
 サクはゆっくりと腰を回転させ、カズヤの中をもう一度味わってから、その汗で濡れた腹の上にぴたりとナイフの切っ先を当てた。
 身動きできないカズヤが、貫かれたままの穴からもたらされる燃え上がるような感覚に悶えながらも、信じられないようにそれを凝視する。ヒクリ、と、腹筋の浮き出た、汗に濡れたその素肌が震えた。
 腹筋の筋に沿って、サクはナイフの切っ先をすうっとなぞらせる。たったのそれだけで、鋭く磨き上げられた刃は薄くカズヤの肌を裂き、ぷつぷつと赤い血玉を滲ませた。
「……ッあ……あ、やめろ……まさかっ……」
 そこに走ったピリピリとした痛みにカズヤが顔をしかめ、大きく歪める。さっきまで赤みを帯びていた顔が、ものの数秒で蒼白になっていた。
「あんたのここ。裂いてやるよ」
 その様子を見下ろしながら、低くサクは吐き出した。口元だけで笑ったまま。
 その顔を見て、カズヤがヒクッと喉をひきつらせる。サクが本気だ、というのが分かったのだろう。
 カズヤは死に物狂いでもがき、なんとかサクをはねのけようとした。しかし、体勢の悪さと仕込まれた媚薬のせいで力がうまく入らず、息ばかりが切れる。
 サクはそんなカズヤを愉しげに見下ろしながら、あらためてナイフの切っ先をその腹に当てた。
 ビクリとカズヤが震え、暴れるのを止めた。下手に暴れたらそれでかえって刃が刺さる。かといって動かずにいても、刺される。
 ひくひくとカズヤの喉がひきつり、恐怖に見開かれた瞳がサクを凝視した。その様子を一瞥して、サクはカズヤの腹の上に当てたナイフの切っ先に視線を移した。
 ナイフを握る手に、下に向けて、少しだけ力を加えた。
 ほんのわずかに弾力を持った抵抗感があって、しかしすぐにその切っ先は、ぷつっとカズヤの腹の皮膚を割ってその内に沈んだ。ほんの一センチほど。だがそこから灼けつくように生じた激痛は、カズヤの全身を激しくひきつらせた。
「ッあ……う、あああああッ!」
 迸るように叫びが上がる。その様子を眺めながら、サクはさらにゆっくりと、少しずつ、銀色の刃を沈めてゆく。
 カズヤの全身に一気に脂汗が浮き、手脚がガクガクと震える。灼けるような体験したこともない激痛に、カズヤは喉も裂けんばかりに叫び続ける。
「ちょっとうるさい」
 サクがそこでいったん手を止め、ナイフから放した。
 快楽の嬌声くらいなら誰もわざわざここを訪れたりはしないだろうが、明らかに尋常でない苦痛の絶叫であれば分からない。サクは無造作にカズヤのシャツをまくりあげて裾を丸め、その口に突っ込んだ。
 くぐもった声を上げてなおも身体を震わせるカズヤの頬を、サクは指先で一撫でする。そこはびっしょりと汗で濡れていた。
 ブレードの半ばほどまで沈んだカズヤの腹部からは、ブレードそのものが栓になっているのだろう、まださほどの血は滲んでいない。汗びっしょりの腹に刺さったそれは、カズヤの身体が痙攣するのに合わせて、小刻みに揺れている。
 サクはその柄を両手で握り直し、さらに奥に押し込んだ。カズヤの身体がビクビクと反応する。挿入したままのサク自身を、カズヤの中がありえないほど強く締め上げる。
 一瞬サクはその甘すぎる衝撃に声を洩らしたが、すぐに気を取り直して、目の前の作業に集中した。柄を残してすべてカズヤの腹部に飲み込まれたナイフのブレードを、ぐちり、と返す。
 間断なくカズヤからはくぐもった呻きがあがり続け、その身体がビクビクともがき続ける。ブレードを返した拍子に開いた傷口から血があふれたが、サクは構わずに刃を真横に向けてナイフを動かした。
 横に裂く動きは、縦に突き込む動きよりもうまくいかなかった。腹の内容物は意外に硬いものもあるのか、皮膚そのものがけっこう硬いのか、思ったように刃が進んでいかない。切れ味の良いナイフであるはずだが、脂がからむのだろう、あまりブレードは大きくないこともあって、こういうものを無造作に裂くのには向いていないようだった。
 ぐちぐちとブレードを揺らし、つっかえるものを押し切りながら、サクは少しずつ真一文字にカズヤの腹を割いてゆく。地獄の底から響くような唸り声が、しきりにカズヤのふさがれた口から上がり続ける。
 切り進むにつれて、その広がってゆく傷口から真っ赤な血液があふれ、それに混じって黄色い脂肪が隙間から押し出されてくる。濃密な血の匂いが立ちのぼる。
 脇腹まで裂いてしまうと、サクはその切り口に手を突っ込んだ。上下に引き裂くように力を込めたら、ぶつぶつっと何かが切れる感触がして、カズヤの腹腔からその内部の圧力によって得体の知れない内臓がどっと押し出されてきた。それによって一気に傷口が広がり、目も覚めるような色の血飛沫が、ぶしゅっと吹き上がった。
 サクはそれを全身に浴び、あふれ出したあたたかな血は、カズヤ自身の身体も染め上げた。相変わらずカズヤは小刻みに震え続けている。弱々しくなったような呻き声は、まだ続いていた。
 あふれ出した血がカズヤの下腹を伝い、どろりとサクとの結合点に落ちた。そこをぬるぬると伝い落ちる色を見、温みとぬめる感触を感じた瞬間、サクの中で何かが弾けとんだ。
 全身を震わせる、かつて知らない甘さと激烈に痺れるような疼きが、爆発的に股間から生じた。
 サクは衝動的にカズヤの腰をつかみ、めちゃくちゃに突き上げていた。あふれ出してからみつく血液が潤滑剤となり、ぬるぬるとまとわりついて、たまらない快感を生む。
 頭の芯が灼けつくような激しい射精の予感があり、と思ったときには放っていた。
「……ッは、はッ……はッ……はあッ……っ!」
 全身で息をつきながら、絶頂の余韻を味わう。いつもならいったん萎えるはずが、全身に異様な昂ぶりがあり、カズヤの中に入ったまますぐさままた勃起してきた。
 獣のようにサクはまたカズヤの中をかき回し、腰を振りたくって、気がおかしくなりそうな快感を貪った。
 そうして続け様に、三度射精した。さすがにそこで、即座の勃起までは到らなくなる。
 だが下半身から脳髄までを走り抜け支配するような、痺れを帯びた快感の余熱は冷めず、呼吸が一向に落ち着かなかった。震える身体で、しかしまだしも少しは冷静さを取り戻し、身体の下にいるカズヤの様子を改めて見下ろした。
 裂かれた腹腔からあふれ出した内臓は、見るも鮮やかな肉色にてらてらと輝き、その表面に白っぽかったり黄色っぽかったり青っぽかったりする何かの組織がからんでいる。サクはさして何も考えず、それに手を伸ばして握り締めた。ぐちり、と手の中でそれは意外な弾力をもって震え、それに合わせるようにカズヤの身体もビクリと痙攣した。
 カズヤはぐったりとしたまま、かすかな痙攣を繰り返していた。その目はなかば白目を剥いたまま見開かれている。
 サクはカズヤのシャツを引っ張り、口の中に押し込まれていたそれを外に引き出した。口の中にあったその部分は、真っ赤に染まっていた。カズヤの口内と口のまわりは、傷つけられた内臓から逆流したのだろう、血で汚れて真っ赤だった。
 人間は腹を裂かれてもそう簡単には死なないのだ、と聞いた。だとすれば、このまま放っておいても、カズヤはそうそう死なないだろう。
 サクはカズヤの腰を抱え直すと、また自らの腰を揺らし始めた。脳髄の異様な痺れと、下半身の異様な熱さがおさまらなかった。
 そのうちカズヤが、おそらくは不本意でしかなかっただろうが、意識を取り戻した。
 自分の身に起きていることが今なお信じられないというような顔をし、そして身を支配するこの世のものとも思えない激痛に、途切れがちな呻き声を上げた。絶叫する元気はすでにないようだった。
 サクはカズヤの中を味わいながら、その腹の上で血にまみれて揺れている内臓を気まぐれのように鷲掴みにし、時折裂かれた腹腔の奥に手を突っ込んで、そのぬくもりを楽しみながら、ぐちゃぐちゃと掻き回した。
 そのたびに、もう動けないかと思っていたカズヤが反応し、かすれきって途切れがちの悲鳴を上げながら、ビクビクと全身を震わせた。同時にペニスをこれ以上にないというほど締め上げられて、サクはまた意識が跳びそうなほど熱い疼きと痺れに酔った。
 どれほどそうして、思うさま快楽を貪った後か。
 自身も汗にまみれてカズヤとつながったまま、サクは身を乗り出して、その今や蒼白になった顔を覗きこんだ。
「ねえカズヤさん。もう殺して欲しい?」
 血で汚れ、激痛と絶望に引き歪んだ真っ白い顔でぐったりと瞼を閉じていたカズヤは、もうほとんど意識を失っているようだった。
 その頬にそっと血まみれの手を添えて、サクはもう一度、囁いた。
「ねえ。殺して欲しい?」
「…………」
 カズヤがピクリと反応し、ごくごく薄く、その瞼が開かれた。その色の深い美しい瞳からは、すでに光は失われていた。
 血まみれの唇がかすかに動いたが、何を言ったのか聞き取れなかった。
 恋人同士の甘い睦言のように、ひどく優しくサクはカズヤの耳元に囁きかけた。
「……上手におねだりできたら、殺してあげる」
 時間をかけて、カズヤの喉と唇が動いた。弱々しく、まさしく虫の息で。
「…………も……こ、ろ……し…………く……れ…………」
 かすかなそれを聞いたサクの唇が、こみあげる愉悦に、大きく弧を描いて笑みを象った。
 すぐ横に投げ出してあった拳銃を掴み、安全装置を外して、ガッと乱暴にカズヤの血だらけの口に銃口を突っ込む。
 ぴくりとも反応しないカズヤを、そのすべてを焼き付けておこうとするように凝視したまま、サクは言った。
「さようならカズヤさん。もうあんたと遊べないのが残念だよ」
 そしてためらいなく、引き金を引いた。
 轟音と共にカズヤの頭が内側から弾けるように爆発し、飛び散った。
 血と肉と頭蓋と脳漿とが四散し、同時にサクの身体も、拳銃を持っていた腕から肩にかけて大きな反動が返って、突き飛ばされるように後ろに転がっていた。
 きちんと構えて撃たなかったせいらしい。肘から肩にかけて、筋を違えてしまったような鋭い痛みが走った。その腕を抱え込む。頭からカズヤの破片を浴びていた。
 転がって目を見開いたまま、サクの喉の奥から、腹の底から、凶悪な笑いの衝動がこみあげてきた。転がったままサクは笑い出した。歯止めが壊れてしまったように、気が違ったように、サクはひきつった声を上げて笑い転げた。
 息が切れるほど笑い続けて、やっとそれがおさまってくると、サクはゆっくりと立ち上がって奥のシャワールームへ向かった。
 様々なもので汚れきった制服を脱ぎ、下着を脱いで、頭から冷水のシャワーを浴びた。
 身体を洗い流すと、どろどろになっている服を洗った。汚れが落ち切ることはなかったが、洗わないよりましだった。
 汚れたタイルの上や排水溝に、カズヤの破片が転がり、溜まっていくのが見えた。
 服と身体を洗い流すと、いつかのように、ボロボロのシャツで身体を拭った。ずぶ濡れのままの服をそのまま着込む。
 真夏の盛りは過ぎたのだろう空気は水に濡れるとひどく冷たく感じたが、感覚が飽和しているようで、寒いとはあまり思わなかった。
 濡れそぼったまま、水滴をしたたらせて歩きながら、サクはシャワールームを出た。
 その目が、部屋に仰向けに倒れているカズヤに向く。血溜まりの中のその場所に、サクはまっすぐに歩み寄った。
 そこにいるカズヤを見下ろす。もう二度と動くこともない、語ることもない、その姿を見下ろす。
 ぺたん、とその脇に座り込んだ。
 キスしたかったが、キスする顔がなかった。
 その拘束されたままの手首からロープをほどき、最後まで激痛に耐えていたことを物語るように強く握り締められたままだった指をほどく。そこに込められていた力の強さを示すように、掌には爪が食い込んで傷だらけになっていた。
 その傷だらけの掌に、サクはそっとキスをした。
「……またね」
 呟き、立ち上がる。
 床に転がったままだったナイフと拳銃を拾い上げ、来たときと同じようにポケットとベルトに突っ込んで、サクは歩き始めた。
 そしてあとを一顧だにせず、ドアを出て行った。


【 朔の章・了 】


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