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第2話 空音の聲 (12)

   § : 「空咲く花に戀うる君は」 第2話 空音の聲
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 目を覚ましたら、診療所のようなところに寝かされていた。朦朧としていたからよく分からなかったけど、点滴を打ってもらっている最中だったらしい。
 また気を失うように眠ってしまい、次に気が付いたときは、もう窓の外は夕方になっていた。
 そのときには頭痛も吐き気もほぼおさまっており、これという異常もなく自力で歩くことも出来たから「何かあったらすぐに連絡するように」とだけ言われて帰っても良いことになった。
 一気に体力を消耗したような脱力感が抜けきらず、家に帰るおじいちゃんの車の中でうつらうつらしながら、俺は八島さんのことを思い出した。
 会うなりぶっ倒れるなんて、みっともないところを見せちゃったな。それにきっと、たくさん迷惑もかけた。今度謝らなくちゃ。
 それに、おじいちゃんにも。せっかくお店に行ったのに、こんなことになっちゃって、結局仕事の邪魔をしただけだったな……。
「ごめんなさい……おじいちゃん……」
 半分うとうとしながら、隣の運転席にいるおじいちゃんに謝った。迷惑と心配をかけてしまっただろうことが申し訳なくて、肩身が狭くて、夢うつつに泣きそうだった。
 こういうとき、俺は足許のつかない真っ暗な中に独りきりで放り出されているようで、恐くてたまらなくなる。周囲に迷惑をかけること、それによって邪魔だと思われることが、とてつもなく恐い。迷惑をかけたら、要らないと思われて棄てられてしまう。だから俺は「良い子」でいなくちゃいけないんだ。
 いっそう情けなさと罪悪感に喉が詰まり、瞑った瞼にうっすらと涙が滲んだ。
 頭にごつい大きな掌が乗ってきて、ぐしゃぐしゃっと髪をかきまわされた。
「謝る奴があるかい。いいから寝てろ。まったく、優希はまだまだ子供だなぁ」
 笑い飛ばすようなおじいちゃんの声が聞こえて、俺はなんとか薄目を開ける。
 ──ごめん。高校生にもなって、俺はやっぱり、まだまだ全然駄目だ。根本的に子供の頃と何も変わってない。
 ふと、扇紫を思い出した。情けない自虐的な気分に煽られ、さらに胸の奥がねじれるような不安に軋んだ。
 ……おまえだって、何を考えてるのか分からない。
 だっておまえは人間じゃないんだから。人外の思考回路なんか、俺には分からない。
 そう思うと共に、心の奥から沸々と湧き上がってくる、苛立ちを帯びた黒い感情があった。
 それにおまえは、自分から望んで俺の前に現れたわけじゃないんだろう? 俺がおまえに「扇紫」と名付けたから、現れただけなんだろう?
 それを責める筋合いなんかないのに、扇紫は別に望んだわけじゃない、と思うと、恨めしい気持ちがどんどん湧き上がってきた。
 ──駄目だ。
 ぎゅうっと目を瞑って、俺は奥歯を噛み締めた。
 これ以上考えたら駄目だ、歯止めがきかなくなる。こんなみっともない逆恨み、自分がますます情けなくて惨めになるだけだ。
 泣き出すことだけはなんとかこらえて、俺は涙を押し込めるように、ふうっと長く息を吐いた。

 突然倒れた理由は、ぼんやりと理解していた。たぶん、お店に並ぶ骨董品達の「聲」を一度に聴きすぎたせい。容量オーバーというか、負荷がかかりすぎてダウンしたというか。おおまかに言えば、そんな状態だったんだろう。
 どうしていきなりそんなことになったのか、といえば、思い当たることは御門さんのことしかなかった。
 御門さんの「聲」を聴いたことで、俺の中で人外センサー的な何かのストッパーが外れたんだろうか。いや、そもそも遡れば、扇紫が現れた時点から、俺の中で何かしらの変化は始まっていたのかもしれない。
 そういや霊感ってモノも、「幽霊と関わったことがキッカケ」で一気に強くなることもあるとか聞いたことがあるなぁ。俺が持ってる力とやらが、霊感と同列に考えて良いものなのかはさておき。
 すっかり暗くなってから家に着いた俺は、心配そうに出迎えてくれたおばあちゃんに「もう大丈夫だから、心配かけてごめんね」と笑顔で取り繕うと、夜ごはんも断ってさっさと風呂を使い、部屋に閉じこもった。
 電気もつけずに布団を引き出し、髪も乾いてないまま寝転がる。
「はぁ……」
 情けないなぁ。俺、何歳だよ。
 疲労感と自虐心の併せ技に、気分は最悪だった。ここまでやさぐれた気分になったのなんて、ここ数年なかった気がする。
 もうこのままフテ寝してやれ、と目を瞑ったところに、ふわりと薫衣の香りがした。
 横になった背後から響く、ちりん、と装飾品が揺れてふれ合う小さな音。
「──もう寝るから。どっかいって」
 言葉をかけられるよりも先に、ぶっきらぼうに言っていた。
 言ったそばから、しくりと胸が痛む。
 何もこんな言い方、しなくなっていいだろうに。扇紫だってきっと心配してる。こんなの、完全に八つ当たりだ。
 思えば思うほど、一方で不機嫌な俺は頑なになっていく。自分でもこんな自分が嫌になるのに、焦燥に似た不安が這い上がって、喉を締め付け言葉を封じ込む。
 絶対に振り返るまい、目も開けるまいとしているうちに、さらりとかすかな衣擦れの音がした。
「あい分かった。邪魔をして済まぬな、優希。ゆっくり休んでおくれ」
 いつもと変わらない、むしろいつもより優しいくらいの柔らかな声。
 そのままふっと、背後から扇紫の気配が消えた。
 それを感じたとき、身動きできないまま、暗い中で俺は目を開いてしまっていた。
「……なんだよ」
 ひどく情けない、いたたまれない気分で、唇を噛む。ぎゅっと目を瞑り、俺は断固として寝る体勢に入った。
 勝手に消えてろ、馬鹿野郎。おまえなんかに何も期待しない。おまえだって、どうせ好きで俺の前に現れたわけじゃないんだから。
 自分の思考が支離滅裂すぎて、収拾がつかなかった。ただひたすら情けなくて悲しくて苛々して、何に対してこんなに腹が立っているのかも分からないまま、そのうち俺は完全にフテ寝してしまっていた。


 泥のように、って表現そのままなくらい疲れ切ってるわりに、神経が昂ぶりすぎているせいだろうか。夜の空気は適度に涼しいはずが、やけに寝苦しかった。
 半覚醒状態で、何度も寝返りを打つ。
 夢かうつつかも分からないような曖昧な中で、真っ暗な天井がぐるぐる回っている。天井を巡る梁と、その奥の暗がりが視界をよぎる度に、異様な恐怖と不快感が喉の奥から込み上げてくる。
 ──恐い。
 どろりと澱んでわだかまる天井の暗闇が恐い。それに、溺れてるみたいに息苦しい。
 半分寝て半分起きてるような状態は、ものすごくタチが悪かった。
「う……」
 寝苦しさと、梁の奥の無明の闇に触発されるように、次々と不快で恐ろしいものが夢うつつに這い上がってくる。
 普段、悲しくならないように、傷つかないように、感情をできるだけ殺し、記憶さえ封じて、心の奥底に封じ込めてきたこと。まるで呪いのようなそれらが、暗闇の中に明滅する。
 自分には寄る辺のないこと。独りぼっちなこと。愛想笑いで他人に線を引き、どうしようもなく弱い心を必死で守った。他人が恐くて、大勢がひしめきあうクラスの中にいると、眩暈がして息が詰まりそうだった。
「人」とどうやって関われば良いのか、俺には分からない。
 みんなが当たり前にやっているような「会話」や「遣り取り」が、俺にはどうしたらいいのか分からない。
 うっすらと覚えている小学校での光景は、「両親がいない」自分を遠巻きに好奇のと哀れみの目で見ながら、ひそひそ囁き合うクラスメイト達の姿。
 中学に上がってからも、どこか遠巻きにされることは変わらず。押し出された輪の外に佇んで、「当たり前」に笑って繋がることができている「彼ら」を、ひどく寂しいと同時に、奇妙なものを見る目で眺めていた。
 みんなと同じように出来ない自分は、きっと欠陥人間なんだろう。そう諦めながらも、寂しい気持ちは打ち消せなかった。
 逃げ帰って泣きたくても、安心して泣ける場所なんてない。
 泣くと、優しいあの人達に心配をかけてしまう。「なんで俺が」なんて、強いられた理不尽と悔しさと寂しさに声を張り上げてしまったら、自分を大事にしてくれるあの人達を悲しませてしまう。
 ──俺は幸せなんだ。だから。
 喉元までこみ上げて、そこで固まってしまっているモノを必死で飲み下して。でも痛みと共に凝ったそれらは、到底飲み込みきれなくて。
 思い出したくもないあれこれに襲われて、気が付けば俺は、身動きもできずにうずくまって泣いていた。
 そんな俺を、ふわっと白くて柔らかい何かが包み込んだ。恐いものや痛いもの、暗いものの一切を遠ざけて、白い袖の中に守ってくれるように。
 一瞬その暖かさと柔らかさにほっとしたけど、でもすぐに、ちりっと胸の奥から、その白さを拒絶する黒い針の先が姿を覗かせた。
 ……おまえだって、何を考えてるのか分からない。
 だって、こんな俺を好きになる奴なんているわけがない。俺はおまえのことが、さっぱり分からない。
 気まぐれで優しくして、甘やかしてくれてるだけなら、どこかに行ってくれ。これ以上、俺の中に入り込んで来ないでくれ。
 ずっとずっと欲しかったものを目の前にぶら下げられたら、俺は簡単にそこに縋ってしまう。嬉しいと、好きだと思ってしまう。
 流されるままずぶずぶとハマり込んで、挙げ句に棄てられたら、あまりに弱い俺は立ち直れない。
 ──恐い。
 うずくまって顔を上げられずにいるうち、俺を包んでいた白さが、いつの間にかボロボロと灰のように崩れ始めた。
 ああ、やっぱりな。
 空虚なようで安堵でもあるような中、崩れてゆく白さをぼんやりと目で追った。
 誰かが流す涙のように、淡く光る桜吹雪のように、俺を覆っていた白さは散り散りになってゆく。
 何気なく掌を差し出して、ふわりと指先にふれた白さの欠片に、俺はハッとした。
 ──雪?
 花びらかと思っていたそれは、俺の体温にふれるなり、象を失って透明な水になった。
 なんで、雪?
 音もなく俺を取り巻く白が、桜吹雪ではなく雪だと理解した瞬間、俺は猛烈な恐怖に襲われた。
 ──嫌だ。
 ぞっとする悪寒に目を見開き、理屈ではなく全身を駆け抜けたのは、そんな感情。
 嫌だ。おまえがいなくなるのは嫌だ。おまえが消えるのは嫌だ。
 どれほど目を見開いても、見えるのは真っ白い無音の吹雪だけ。どれほど叫びたくても、声の出し方を忘れてしまったように喉の奥がひきつるだけ。
 すべてをかき消してゆく白さの中、俺はただ、茫然と佇んでいることしかできなかった。


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