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第2話 空音の聲 (10)

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 なだらかな山間部にあるおじいちゃんの家から、車で一時間弱下ったところに、最寄りの市街地はある。
 山裾の平野部に広がる、古風な街並みを残す街は、全国的にそこそこ名の知れた観光地でもあった。
 この街までなら一本で近郊の都市まで出られる電車も通ってるし、市街の中心部は近代的に開発されたイマドキな風景だ。
 市街地を少し離れれば、風情ある落ち着いた古い街並みが、水路に囲まれた小路や石畳に沿って続いている。
 京都奈良には及ばないものの、豊かな自然の中に由緒正しい古刹や神社が点在し、織物や染め物を使った工芸品も名が知れていた。

 俺の目当てである本屋は、賑やかな中心街にある。
 ひとまずそっちに降ろしてもらって、本屋に行って、三年振りの街並みをせっかくだからブラつきつつおじちゃんのお店まで歩き、帰りの車に乗せてもらう。今日の予定は、だいたいそんな感じで立てていた。
「迷子にならんように気ぃ付けるんだぞ、優希。また後でな」
「うん。ありがとう、おじいちゃん。また後で」
 扇紫といいおじいちゃんといい、どうも俺は子供扱いだなあ。
 目当ての本屋が入った大きなショッピングモールの前に降ろしてもらった俺は、苦笑気味におじいちゃんの車を見送った。
 広々として綺麗なショッピングモールは、ゲームセンターや映画館、レストラン街も併設されており、ちょっとしたアミューズメントパーク機能も担っている。
 こんな田舎にもこんなに人がいるんだなぁと思うくらい館内は賑わっていて、久し振りの人混み──っていうほどの人口密度じゃないんだけど──に、俺はちょっと動悸がした。
 子供の頃に連れてきてもらった覚えはうっすらあるものの、細かい順路なんて覚えてない。
 きょろきょろしながらエスカレーターを探し、三階に本屋があることを確認して、上の階に進んだ。
 三階のフロアを大きくぶち抜いて広がる書店兼CDショップはなかなかの規模で、立ち並ぶ本棚の群れを見たら、俺は一気に気分が高揚してきた。
 本屋と文房具店とCDショップって、たいてい同じフロアに詰め込まれてるけど、この風景を前にしたときの無性なわくわく感って何だろう。
 平積みされた新刊や話題の本に目を引かれながらも、俺はまずは第一の目的だった参考書コーナーへ。
 ある程度は目星を付けていったから、その場で中身をめくってみたりしながら、参考書選びはわりとすぐに終わった。
 何冊かを抱えたまま、あとは気の向くままに本棚の間を巡り出す。この時には、むしろ目的はこっちだったんじゃないかというほど、俺の熱意はすっかり文庫や新書、趣味の書籍のコーナーに向いていた。
 読書に関しては、俺は断然、電子書籍よりも紙派だ。試しにさらっと読んでみるくらいなら電子書籍でもいいけど、じっくり腰を据えて読みたいと思うと、必ず紙の頁をめくりたくなる。
 おじいちゃんちにはいろんな種類の蔵書がたくさんあったし、近くの公民館に入った図書館もあるから、本好きな俺としては、田舎のわりにありがたい環境だった。
 それにしても、本屋って楽しい。大雑把に気の向くまま、目に入ってくるままに本を手に取ってみたり、並ぶタイトルを眺めてるだけでも飽きないし、入ってくる情報量の多さにテンションが上がる。
 欲しい本はたくさんあるものの、あまり高い本は手が出ないから、どうしても買うのは文庫ばかりになる。マンガに関してはきりがないのと場所を取るから、スマホで読めるやつだけで済ませてしまうことが多かった。
 久し振りの本屋をじっくり堪能し、何冊か面白そうな文庫を加えて会計を済ませると、今度は併設されてるCDショップにぶらりと入った。
 こっちは特に目的の品はなく、最近リリースされたCDや映画やなんかのタイトルをチェックする程度だ。
 このショップはゲームソフトも取り扱っていて、気が付いたら俺はそっちにまで入り込んでいた。
 適当にふらふらしているうちに、ひとつの棚の前で足を止めた。
 愛用してる携帯ゲーム機の中古品が、手頃な値段で売りに出されている。
 扇紫の奴、あんなにゲームが好きなら、あいつにも一台買ってやろうかな。ぼっちだから考えたこともなかったけど、対戦とかマルチプレイなら一緒に遊べるし、あいつも喜ぶんじゃないだろうか。
 横の棚には、俺自身も今好きでハマッている某ハンティングゲームの中古品が、これも意外に安価で並んでいた。
 毎月あんまり無駄遣いする機会もないから、雑費にはけっこう余裕はある。うん、買えない額じゃない。
 いや、断じて俺がやりたいわけじゃないよ? 協力プレイなんてめんどくさいし。それにほら、俺って何事も一人で黙々とやりたいタイプじゃん?
 第一、いくら余裕があったって、無駄に使い込んで良いわけもない。
 だから、俺がやりたいわけじゃないってば。
 ……でもさ、ほら。せっかくだし。プレイの幅が広がるなら、一度くらい試してみてもいいかもしれないじゃん。
 それに──あいつの喜ぶ顔を見るのも、悪くない気がする。

「ありがとうございましたぁ」
 しばらく後。
 俺は結局、中古のゲーム機とソフトの入った袋を手に提げ、店員さんの明るい声に送られてその店を出たのだった。


 他のフロアに入っていた百均ショップでちょこちょこ雑貨を買い足しているうちに、けっこう時間が過ぎていた。
 夏休み上映のちょっと面白そうな映画もやっていたけど、今から観たら遅くなって、おじいちゃんを待たせてしまいそうだ。
 エアコンのきいた館内から、眩しいばかりの青空の下に出ると、直射日光がさすがに暑かった。
「あっつー……」
 思わずぼやきながら、できるだけ歩道の隅っこに寄り、日陰を選んで歩く。まだ都市部よりはマシとはいえ、山の上の方と違って、木陰に入ってもそこまで涼しくない。
 途中で缶ジュースを買って、木陰のベンチで休憩してから、散歩しながらそろそろおじいちゃんのお店に向かうことにした。
 大通りを外れて、少し入り組んだ細い路を入って行くと、一気に車道の騒音が遠ざかった。かわりに迫ってくる蝉の声。
 建物の多くが、爽やかな生け垣や漆喰の塀に囲まれた日本家屋に変わる。車一台がやっと通れる程度の幅の道には、繁る木々が斑に濃い影を落としていた。
 路の脇には、涼しげな水路が音を立てて流れている。赤や黒の金魚が放流され、水の下に揺らめいているのが見えた。
 俺は立ち止まって、思わず深呼吸した。
 綺麗だなあ。
 連なる古い日本家屋や生け垣も、そこここに顔を出している夏の花も、木漏れ日がきらきら反射する水路も、揺らめく金魚の鰭も。ふうっと意識をさらわれて、遠く懐かしい何処かへ誘い込まれてしまいそうになる。
 ゆっくりと散歩しながら閑静な道を歩いていくと、やがてまた道の様子が変わってきた。
 少しずつ人の姿が増えてきて、歩道が石畳に変わり、表通りとはまた異なる印象の店舗の連なりが見え始める。
 昔ながらの商家を利用した、和風カフェや和菓子屋さん。小物店、様々な伝統工芸品の店、雑貨店、土産物店。それらの中に混ざる、景観を損ねないレトロな構えの郵便局や交番やコンビニ。
 観光名所にもなっている、古色蒼然とした商家町だった。
 このあたりは買い物がてら散策する人も多く、そんな中におじいちゃんのお店も軒を連ねている。
 うんと小さかった頃は、こっちに来るたびに、おじいちゃんやおばあちゃんに連れられてお店に遊びにいっていた。
 記憶を頼りに、入り組んだ細い石畳の道をうろうろ進んでゆく。世間はお盆休みなだけあって人通りが多く、思っていたより時間がかかってしまった。
 なんか、こんなにザワザワしてたっけ、ここ?
 雑踏が苦手な俺は、やけに耳につくざわめきに少し顔をしかめながら、無意識に足早になっていた。やがてようやく、思い出の中の佇まいと何も変わっていない店先が現れた。
 古びた商家に、「廻屋・古美術骨董」と毛筆体で書かれた木の看板が上がっている。こぢんまりとした木造商屋の店先に、銀色のメダカが泳いでいる睡蓮鉢が置かれているのも、記憶通りだった。
 思わずほっとして、軒先に掛かっている「廻」とだけ書かれた藍色の暖簾を持ち上げる。
 現れた木の引き戸には、フと見ると、きちんと某警備会社のラベルが貼られていた。
 まーそうだよな。古美術品とか骨董品についてはよく分からないけど、それなりに価値のあるものを扱ってたりもするんだろうし。
 にしても、こんな古き良きみたいな外観のところにそんなものが存在を主張してくると、新旧の時代の入り交じるおかしなギャップを感じた。
「……ごめんください」
 久し振りの訪問に若干緊張しながら、俺はそろそろ引き戸を開けた。
 開いていく古い引き戸の隙間から、その一瞬、何か不思議な感触が──静電気にも何かのざわめく気配にも似た「見えない何か」が、ふわりと俺の全身を撫でていった、ような気がした。


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