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第2話 空音の聲 (8)

   § : 「空咲く花に戀うる君は」 第2話 空音の聲
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 俺が「名」を与えた? まなの読み取り?
 ナニソレ??
「えーっと……?」
「真名とは、存在の本質を表す名。魂の座を為すものでもある。優希がこの御仁の『聲』を聴き、『御門』という真名を読み取り、それを『言葉』にしてあらわしたことで、この御仁は一介の蜘蛛から『御門』という名を持つ、いささか特別な蜘蛛へと変容したのだ。いわば『れべるあっぷ』したというわけだな」
「ほほう?」
 説明はされても、ぶっちゃけ俺自身によく分かってない上に何かをしたっていう自覚もないから、どうにも他人事だ。
 ていうか、ゲームの影響だろういかにもひらがな口調で扇紫が口にしたヨコモジの方に、軽く噴いてしまった。いや、イメージとしては伝わりやすくていいんだけどさ。
 とはいっても、御門さんが普通の蜘蛛から「ワンランク上の蜘蛛」にレベルアップしたらしいってことはイメージでなんとなく分かったものの、扇紫の説明したことが根本的に俺には分かっていない。
 あからさまにハテナマークを飛ばしまくっている俺に、扇紫は焦れた様子もなく、おっとりと笑った。
「名は体を表す、と云うだろう?」
「うん」
「神霊の世界では、『名』というのは殊に重要でな。それを得ることで、一段上の存在に昇格する。そこに作用しているのは『言霊』というものの力だ」
「ことだま」
「文字と音で構成される全ての『言葉』は、いわば霊力の宿る呪文だ。まず文字そのものが凝縮された意味と呪力を持つ。それらを連ねることで、さらに複合的な大きな力となる。それが『音』として発声されたとき、力は方向性を得てより安定し、強固になる。そういった『言葉に宿る霊力』を『言霊』と云う」
 だいぶ噛み砕いて説明してくれてるような気はするおかげで、なんか分かったような分からないよーな。
「うん。それで?」
「名前というのは、最も身近で分かりやすい言霊を宿す呪文なのだ。たとえば人の親が子に名付けをするとき、様々な祈りや願いを込めるであろう? 倖せになるように、明るく優しい子になるように、愛されるように、と」
「ほー……」
 そういえば名前って、たいてい何らかの意味や背景を持ってるもんだよな。てことは、「名前」自体が既に「そのものを表す言霊」だってことになるのか。
「とはいっても、言霊が存在の変容を促す程の霊威は、なかなかあるものではない」
 扇紫の白くてほっそりした指が持ち上がって、前触れなく、とん、と俺の額を小突いた。唐突なことに、俺はややびくった。
「ん。な、何」
「そなたの此処にはな。三此眼さんしがんが開いておる」
「さんしがん?」
所謂いわゆる『第三の眼』というやつだ。強い霊威を持つ者の額に開く、肉体的な器官とは異なる霊力的な眼のことだな」
「え」
 俺は思わず、自分の額をばっと覆った。
 なにそれこわい!
 そんな俺に、扇紫はおかしそうに続けた。
「見かけは何も変化しておらぬよ。霊力の強い者なら視ることが出来るやもしれぬが。そなたの持つ力は、単純な霊力の強弱とは異なるものだ。名を与えたもの、真名を読み取ったものを、言霊を通じて強める力、だな」
「……はい??」
 なんだか突然いろいろなことを聞いて、俺はぽかーんとしてしまった。
 ど、どういうことなんですか? 俺の持ってる力、とか……何そのいきなり中二病感とファンタジー感満載なフレーズ!?
 すっかり混乱・困惑している俺に、扇紫がふと、静かに微笑んだ。
「優希よ。私はな、元から今の、この姿だったわけではない」
「え。そうなの?」
「うむ。この扇の付喪神であることは昔から変わらぬが、そなたに『扇紫』という名を与えられる以前は、もやのように曖昧で確固たるかたちの無い存在だったのだ。私のこの姿は、そなたが『扇紫』という言霊を通じて与えてくれたもの。そなたが『そうであれ』と望んだ姿でもある」
「へ……?」
 俺が望んだ姿?
 えっと、要は、扇紫は元々はもっとモヤモヤした曖昧な存在で、俺が「扇紫」って呼んだから、今のこういう姿になったってこと?
 そのへんのメカニズム的なものはよく分からんものの、「俺が望んだ姿」っていうことだけは、すとんと腑に落ちた。
 だってこいつの姿、すごく「綺麗」だって思うもん。俺が「綺麗だなあ、好きだなあ」って思うモノを、狙い澄ましたように凝縮した感じ。
 だからといって扇紫の言ったことのすべてを飲み込めたわけではなかったけれど、確かに、と思うだけの実感があったことは、多少なりとも頭をスッキリさせた。
「んー。部分的には分かったような、分からんような……」
 俺は首を傾げながら、扇紫の右袖にいる御門さんを見た。
 最初に扇紫に出会った(正しくは「再会した」か。覚えてないけど)ときも、確かに妙な体験はしていた。とはいえ、まさか俺にそんな特殊能力じみたもんがあるとは思ってもいなかった。
 扇紫のときも御門さんのときも、俺がそうしようと思ってそうなったわけじゃない。とすると、言霊云々は俺の意思でどうこうできるものじゃないのかな。
 あ、でも扇紫の姿形そのものが「俺が望んだもの」であるなら、「無意識にやってる」って可能性はあるのか。
 同じ言霊云々にしても、扇紫と御門さんとでは、随分状態も違う。俺が「名付ける」ことによって扇紫は「姿形」を得た一方で、「真名を読み取った」御門さんには、どうやら見た目上の変化はない。
 何がどこまで変化があるかっていうのは、相手によるのかもしれない。名前を「付ける」ことと「読み取る」ことの違いもあるのかもしれない。元々が「付喪神」である扇紫と、アシダカグモである御門さんでは、事情も違うのかもしれない。
『おい、そこな二人。話し込んでいるところを悪いがの』
 ぶつぶつ考え込んでいたところに、御門さんが渋いおじいさんボイスで声をかけてきた。
『儂はそろそろ行くぞい。なにしろ腹が減ってのう』
「おお、これはしたり。御門殿は御食事前であったか」
 扇紫は腕を持ち上げて、袖にとまった御門さんと目線の高さを合わせた。
『うむ。今日はこの屋敷中のあヤツらを、根こそぎ殲滅せしめてやれるような気がするのじゃ。腕が鳴るわい』
「それは頼もしい限りですなぁ。また後日、是非武勇伝をお聞かせ下され」
 二人? がごく当たり前のように言葉を交わしている光景は、なんというか、今さらながらシュールだった。ありきたりな和室が、突如として御伽草紙の舞台と化して見えてくる。
 扇紫の袖の上で、御門さんがクルリと俺を振り返った。念を押すようにぴっと脚で俺を差しながら、
『優希よ。儂は行くが、次は驚かしてくれるでないぞ? この年寄りめの可哀相な心臓を止めてくれおったら、夜な夜な化けて出てやるからの』
「う、うん」
 いや、俺もそれ言うならめちゃくちゃ驚いたし、心臓止まりかけたんだけどな。
 でも御門さんはお年寄りっぽいし、今日が初対面だし……今日のところは、反論しないでおこう。
 と思っていると、にょき、と一本だけ、御門さんのグレーの毛で覆われた右前脚が持ち上がり、俺に向かって差し出された。
 ……えっと。
 これ、もしかして握手的なものを求められてるの?
 ごく、と生唾を飲んで御門さんを見下ろす。
 うん。そこまで恐くも、不気味でもない、気がする。むしろ御門さんのフォルムや背中の斑紋が、じっと見てるうちに格好良く思えてきたような気もする。
 言葉を交わせる、意思の疎通が出来るってだけで、ここまで抵抗がなくなるもんなのか。「言葉」ってすごいもんなんだな。
 とはいっても躊躇無くふれる勇気はさすがにまだなくて、おずおずと差し出した右手の人差し指を、ちょん、と御門さんの前脚と接触させたところで、俺はいっぱいいっぱいだった。
 それでも、御門さんとしては及第点だったらしい。
 カッカッカと笑うと、御門さんは扇紫の腕から畳へと伝い降り、「しからば、これにて御免」と言い残して、颯爽と立ち去って行った。

 御門さんを見送った俺は、なんとなく扇紫と視線を合わせ、脱力してしまった。
 いろんなことを聞いた気がするけど、正直頭がついていけない。
 いや、だいたい扇紫の存在自体がもう「普通」じゃないのに、やっとそれに慣れてきたところに今度はコレだ。
 扇紫の件は、あくまで扇紫の方から勝手に現れたもんだと思っていた。でもこうなってくると、そうじゃなくて、「子供の頃の俺が扇紫と名付けて呼んだ」ことが、そもそものキッカケだってことになる。
「……うーん……」
 とはいっても。俺自身にその記憶は無いし、俺なんかただの非モテぼっちコミュ障な男子高校生であって、そんな突拍子もない話は実感の無いこと甚だしいんだよなあ。
 それに、結局扇紫も「俺がやったこと」が原因で湧いて出てきたんだって分かった途端、何か胸の奥がもやもやした。
 不鮮明で自分でもよく見通せない、でも何か焦れるような、不快な不安感。
 なんだか頭が痛い。今日は一日だらだらしてただけなのに、すっげー疲れた気がする。
「優希。大丈夫か」
 そんな俺を察していたように、扇紫がやんわりと声をかけてきた。
 俺より頭半分くらいは上背の高い扇紫は、少し上体を屈めるようにして、グッタリ気味な俺の顔を覗き込んでくる。
 普段のように勢い込んで抱きついてきたりせず、ただ案じるように柔らかく金色の瞳を向けてくる扇紫に、俺はふっと、気持ちが和らいだ。
「大丈夫。でも、今日はちょっと、もう寝る」
「そうか。あい分かった」
 扇紫はそれだけ答えると、気遣うふうにでもなくにこりと笑った。
 普段これでもかというほど纏わり付いてくるわりに、こいつのことを鬱陶しいとは思わないのは、こういうときは俺が「息をつける距離」を保ってくれるからだ。
 俺から望まなければ、変に気遣ったり、踏み込んでくることはしない。普段はこっちを振り回す一方で、俺にそれを受け付ける元気が無いときは、俺が一人で楽に呼吸が出来る距離まで退いてくれる。
 それでいて、ふと心細さを覚えて目を向けると、きちんとそこにいて微笑み返してくれる。
 ……本当、よく分からない奴だけど。俺は扇紫がいると、確かに安心する。
 押し入れからふとんを出して敷くのを手伝ってくれる扇紫に、付喪神のくせにかいがいしいなぁとまたちょっと笑ってしまったりしてるうち、本格的に眠気がやってきた。
 髪もほとんど乾いてたから、俺は睡魔に誘われるまま、室内灯を消してふとんにごろりと横になった。
「おやすみ」
「うむ。それではまた明日な。おやすみ、優希」
「……うん」
 どこへともなく姿を消していく扇紫の気配を感じながら、ほんの少しの不安感を抱いたまま、俺はうとうとと目を閉じた。


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