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第2話 空音の聲 (4)

   § : 「空咲く花に戀うる君は」 第2話 空音の聲
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「如何した? 大丈夫か」
「……扇紫」
 俺の様子がおかしいのに気付いて、慌てて駆け付けてくれたんだろう。
 白い袖に柔らかく包み込まれながら、玻璃のように透明な金色の瞳を見返す。理屈よりも先に、ほっと身体の力が抜ける。
 ああ、やっぱり俺、こいつが側にいるのは嫌いじゃないんだな。それどころか、無条件に安心する。
 一瞬よろめいたものの、そうしているうちにも奇妙な頭痛の残滓はひいていき、俺は何度か瞬きした。
「大丈夫。ちょっと眩暈がしただけ」
 さっきは一瞬力が入らなかったけど、もう足許がおぼつかないってこともない。ちゃんと足許を踏み締めて立っている感覚があった。
「うわっ」
 そこで、水が出っぱなしのまま転がっているホースが目に入った。扇紫の腕を押しのけるようにして拾い上げると、その根元が繋がる水道まで駆け戻る。
「これ優希、走るでない」
「大丈夫だってばー」
 追いかけてくる扇紫の声に適当に返しながら、庭を横切って、辿り着いた銀色の蛇口を急いで閉めた。
 きちんと指先まで動くことを確認するために、指をわきわきさせてみる。うん、何ともないな。
 そこに、扇紫が溜め息まじりに歩み寄ってきた。
「まったく……優希は思いのほか云うことを聞かぬのう」
 えー。だって、本当に何ともないし。
「おまえが心配性すぎるんだよ」
「当たり前だ。そなたに何かあったら如何する」
 珍しいほど生真面目な顔つきで扇紫は言うと、さらに接近してきた。
 だいぶ馴れてきたとはいえ、突然目の前から詰められた距離に、俺は反射的にびくっと後ずさりかける。それに構うこともなく、扇紫がいともたやすく俺を抱え上げた。
「うわッ!?」
 ちょっと……いきなり何すんだ、いくら俺がヒョロいモヤシだからって! っていうか恐い! 足、ついてない!
 いわゆるお姫様抱っこをされてしまった俺は、恥ずかしさと急に高くなった視界と無くなった地面とに動転した。
「おいバカこらッ、何してんだっ。降ろせ!」
「降ろさぬ。部屋まで運ぶだけだ、大人しくいたせ」
 じたばたさせた手脚を、優雅な狩衣の袖が押さえ込む。有無を言わせぬ力に反して、扇紫の瞳は心底から俺を案じる色を帯びていた。
「本当に大事無いのならば、それで良い。だが、それを確かめるまではいたわらせてくれぬか」
「…………」
 そんなふうにやんわり言い聞かされてしまったら、抵抗なんか出来るわけが無い。
 だって、しょうがないじゃん。本気で心配されてるのが分かるし……こいつに困った顔、させたくないし。
 仮にも年頃の男子がお姫様抱っこされる、なんて沽券にかかわる状況には不満があったものの、むうっと眉間を寄せながらも、やむを得ず手脚から力を抜いた。
 そんな俺に、扇紫はにこりと、いつもの濁りのない笑顔を見せた。
「……ッだ、だったら、さっさと部屋まで連れてけ。そして降ろせ」
 あーもうっ。
 今頃頬が火照ってきた俺は、バレないように慌ててぷいっと顔をそむけた。
「心得た」
 くすくすと笑っている扇紫を横目に睨んだものの、
「うわっ」
 そのまま扇紫が歩き始めた途端、俺は咄嗟にその首にしがみついてしまった。
 だっ、だって恐いじゃん。いくらしっかり抱えられてても不安定だもんっ。
「やあ、これは良いものだな。もっと遠慮なくぎゅうっとしてくれて良いのだぞ、優希」
 脳天がお花畑としか思えないようなことを嬉しそうに扇紫がぬかし、俺は反射的に腕を外そうとした。が、すかさずがっつりホールドされる。
「これ、危なかろう。じっとしておれ」
「だ、だったら妙なこと言うな」
「妙なものか。偽りない本心だ」
「だったら余計おかしいだろっ」
 真顔で断言されて思わずツッコむと、途端に扇紫がしゅんとしおれた。整った眉がしょんぼりと下がり、垂れ気味の眦がいっそう情けなく下がって、綺麗な横顔がうつむく。
「そうか……優希は私に好かれるのがそんなに厭か。あい分かった。優希が拒むことであるなら、控えねばならぬなぁ……」
「あっ、ちょっ……い、いや、そうじゃなくて」
 花がしおれたみたいな落ち込みように、俺は慌てた。
 そういえばこいつ、以前もそうだったけど、俺に避けられたと思ったらものすごく落ち込むんだ。
 扇紫がふるふると首を振り、その動きに耳飾りや髪飾りが、りりんと澄んだ音を立てた。
「否、良いのだ。私はそなたに好かれたいから好いておるわけではない。同情や気遣いは無用ぞ」
「いやあの、だから。同情とかじゃなくてさ」
「違うのか?」
 なんとかフォローしようとしていると、はたりと扇紫が俺の顔を見下ろしてきた。
 う。なんだそのキラキラした眼差し。おまえ、さっきまでのしょぼくれようはどこにいった。
 内心またツッコんだけど、真正面から扇紫のやたら綺麗な顔に見下ろされた俺は、思わず口ごもってしまった。
「どっ……同情、じゃない。えっと……」
 至近距離からの視線に、頬から耳にかけてが、じんわりと熱くなる。心なしか、心拍数まで上がってくる。
 くっそ。ほんとにおまえ、その外見反則だろっ。
「……分からないけど、でも、そんなこと言うな。おまえにそういうことを言われるのは、冗談でも嫌だ」
 うつむいてなんとか答えたものの、自分でも自分の感情や思考を把握仕切れず、思った通りのことを言えた気はしなかった。
 ──同情じゃない。好かれるのが嫌なわけじゃない。かといってこの感情が何なのかと言われても、よく分からない。
 ただ、迷惑じゃない、ということだけは伝えたかった。
 俺の言葉を聞いていた扇紫が目をぱちくりさせ、と思うと、抱えられたままぎゅうっと抱き締められた。
「ひゃ!」
「済まぬ、優希。そなた可愛さのあまり、つい心にもない意地悪を申してしまった」
 普段からも何かとこいつに抱き締められてはいるけど、完全に足が着いてない不安定さのせいで、普段以上に俺はあたふたした。
「ちょ、ちょっと……!」
「もう二度と、先刻のようなことは云わぬ。許してたもれ」
「わっ……わ、分かったから! 分かってくれたならいいからっ」
 じたばたしていたら、さらにぎゅーっと白い袖に抱き込まれた。狩衣に焚きしめられた香が、いっそう薫る。
 扇紫は零れそうなほど嬉しげな笑顔で、俺の額にキスをした。
「そなたがそんなふうに思ってくれたこと、嬉しいぞ。まったく、そなたにはかなわぬなあ」
「……そ、そうかよ」
 ……かなわないのはこっちのセリフだよ、このバカッ。
 ご機嫌な扇紫に鼻歌まじりに運ばれていきながら、俺はますますむうっと口をとがらせた。
 こいつって、ホントになんでこんなに俺が好きなんだよ。
 てか、やたら綺麗で人外とはいえ、扇紫も男だろうに。男を抱き締めたりキスなんかして楽しいのか?
 困惑しつつも、扇紫の嬉しそうな顔を見ると、文句も言うに言えなくなってくる。何より扇紫の笑顔を見ていると、こっちまで嬉しくなってくることも……否定できない。
 結局毎度こうやって流されてるあたり、俺って実は押しに弱いタイプだったんだろうか。
 いやいやいや、そんなことはないぞッ。俺はガードも堅いし、そう簡単にほだされたりなんかしない。するもんか。
 扇紫のみならず、自分自身の見知らぬ感情にも振り回されているような気がして、俺はますますむうっと眉間を寄せてしまった。


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