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‐original BL novels‐



第2話 空音の聲 (1)

   § : 「空咲く花に戀うる君は」 第2話 空音の聲
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【約50,000文字、読了時間約100分】
日常系/ファンタジー要素あり/ほのぼの/溺愛/ツンデレ/高校生/付喪神/骨董屋/言霊/蜘蛛注意/
舞扇の付喪神・扇紫が顕現してから、やたらと懐かれた優希は早くも振り回され気味の日々を送っている。
平穏な時間が過ぎる一方、「人ならぬもの」である扇紫の思考が分からず、次第に不安を募らせてゆく優希。
そんな中、またしても優希は「人外のモノ」の聲を聴き、自分と自分の周囲に少しずつ変化が訪れつつあることを知る。



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 薄く光る宵月が、山の端をかすめて昇り始める。
 墓に供えられたお線香から立ち上る白い煙が、夕凪の空にゆっくりと散ってゆくのを、俺はなんとなく目で追っていた。
 この霊園は、なだらかに連なる山の中腹に位置している。麓の平野から高い空まで一望できて、視界に広がる景色がとても大きい。
 その世界の上にかかる、夕陽を受けて朱金に光る雲と、その合間に星明かりのまたたき始めた青紫の空は、少し恐くなるほど美しかった。
「優希や。おまえの番ですよ」
 ぼうっと景色を眺めていたら、墓に向かって手を合わせていたおばあちゃんに呼び掛けられた。
「あ。うん」
 普段より地味めな色合いの着物姿のおばあちゃんに近付いて、立ち上がるのに手を添える。手に提げていた盆提灯を預け、入れ替わりに墓の前に進んだ。
 雑多な虫の音に、蜩の声がひときわ響いて聞こえた。

 おじいちゃんの家から歩いて行ける程度の近所に、この霊園が裏手に広がる立派なお寺はある。
 このあたりの住民達はみんなここの檀家で、その霊園の一隅に、うちの先祖代々の墓もあった。
 ここに、俺が子供のうちに他界してしまった両親も眠っている。
 お盆に当たる季節柄、他にも何組か、墓参りに来ている人達の姿が見えた。
 夕暮れの空の下、色とりどりの仏花や、このあたりの伝統的なものである和紙を連ねたひらひらした飾り、カラフルな盆灯籠が視界を埋めているのは、なかなか幻想的な光景だった。
 今日の俺は、この日のためだけに持ってきた制服姿。
 高校生である俺にとっては、これが万能の礼服だ。お父さんとお母さんに、きちんと俺は育ってるよ、って姿を見せるための格好でもあった。
 小学校を卒業して余所の街に移り住んだ俺は、中学の間、一度も墓参りに来ることがなかった。
 当時お世話になっていた晴海叔母さん一家は、年に一度はこっちに帰省していたし、俺一人でも来ようと思えば来れる場所ではあったにもかかわらず。それでも俺は、帰ることを拒否し続けていた。
 当時の俺は、今以上に自分のことだけで手一杯で。ここに来たら、自制心が崩れて泣いてしまいそうで……どうしても「帰ろう」と思えずにいた。
 思えばそれは、「良い子」で通していた俺の、唯一の我が儘だったのかもしれない。
 今も不安定なことに変わりはないけれど、突然独りになってから、もう俺の過ごした人生の半分近くの時間が過ぎている。
 それだけ過ぎれば、胸の奥に消えない寂しさはあっても、さすがにもう泣くことはなかった。
 取り分けてもらったお線香に火を灯して、墓石に水をかけてから、墓前に屈む。
 漂うお線香の匂いの中、茜色の空に光っている四角い墓石を、俺はしばらく見上げていた。
 襟足を洗う緩い風に促されるように目を伏せ、墓に向かい、静かに掌を合わせる。
 ──お父さん、お母さん、久し振り。やっと会いに来たよ。ごめんね、三年も待たせちゃって。

 墓参りを終え、そろそろ帰ろうかという矢先に、俺もなんとなくは顔を見知っているご近所さんと行き会った。
 俺は軽く会釈していくらか距離を置き、挨拶兼立ち話を始めたおじいちゃんとおばあちゃんを待つことにした。
 と、そこに。
「此処に足を運んだのは、随分と久方振りだのう」
「ひゃッ?」
 突然横合いからそんなおっとりした声が聞こえてきて、びくった俺は持っていた提灯を取り落としそうになってしまった。
 いつからそこにいたのか、白い狩衣姿の付喪神──扇紫が、「本体」である扇を手に、当たり前のような顔をして隣に立っていた。
「ふむ、良い風だ。それにこの場所は、濁りが少なくて気持ちが良いのう」
 夕暮れの色を全身に受けながら、纏められた腰よりも長い青紫の髪をゆるくなびかせている姿はとても綺麗で、雅で神秘的ではあった、ものの。
「ばッ……お、おまえ、いきなりこんなとこに出て来るなよっ」
 こんなおかしなモノを誰かに見られでもしたらと、俺は慌ててあたりを見回した。いくら「普通は見えない」とは聞かされていても、絶対という確証はない。
 幸い付近にいる人達は誰もこちらを見ておらず、ほっと胸を撫で下ろしていると、扇紫が小さく笑った。
「そう慌てることもあるまいに。見えたら見えたで、それまでのことであろう」
「そんな簡単に言うけどな……」
 舞扇の付喪神である、という扇紫は、基本的な行動範囲は「扇がある場所の近く」ではあるらしい。
 とはいっても、こうやって「本体」ごとある程度は自力移動でき、昔から馴染んでいるこの辺り一帯なら、わりと自由にうろつけるようでもあった。
 というのを一応知ってはいる俺でさえ、「生身のモノ」なら当然辿るべきプロセスをガン無視していきなり出没されたら驚くんだ。しかもこの現実離れした外見。万が一にでも他人に見られたら、絶対ややこしいことになる。
 むうっと口を尖らせている俺に、扇紫はけろりとした様子で、また声を立てて笑った。
「私の姿が視える者が居るとすれば、その者は普段からうつつにあらざる者を見慣れておるであろうよ。そう案ずるでない」
「そういうもんなの?」
「おおむねはな」
 むう。でも俺自身は、これまでそんなアヤシゲなモノはまったく見たこともなかった人間だぞ。
 半信半疑の俺をよそに、扇紫はおもむろに、琥珀色の穏やかな瞳をうちの墓の方に向けた。
「優也殿と春菜殿は、あそこで御先祖の皆々方と共に眠っておられるのだな」
「……うん」
 優也は、お父さん。春菜はお母さんの名前だ。
 昔からあの広く古い屋敷にいたっていう扇紫は、二人のことも見知っているはずだった。
「優也殿のご親族とは、あまりよしみがないのか?」
「よしみっていうか……お父さん方のおじいちゃんおばあちゃんは、お父さん達が結婚するより前に亡くなってたから。お父さんは一人っ子だったし、親戚付き合いっていうのもないよ」
 だから、俺にとって「おじいちゃんやおばあちゃん」というと、母方であるこっちの家しか思い浮かばない。親戚も、中学の頃にお世話になっていた、お母さんの妹である晴海おばさんの家くらいだ。
「優希ぃ、帰るぞー」
 そんな会話をしていたところに、おじいちゃん達に呼び掛けられた。もうご近所さんとの立ち話は終わったらしい。
「あ。はーい」
 歩き始めた俺の後ろから、当然のように扇紫もついてくる。
 おじいちゃんとおばあちゃんには扇紫は見えないことは分かっていたものの、やっぱりちょっとドキドキしてしまった。
 誰かとすれ違うたびに内心身構えながら、玉砂利の敷かれた境内を通っていくと、そのうち古めかしい山門が見えてきた。
 あたりを竹箒で掃いていた剃髪に作務衣姿のお寺の人と、すれ違うときにお互い軽くお辞儀を交わす。
 と、作務衣の男の人が、俺の背後を見て、ぱちぱちと瞬いた。
 数秒じーっと空間を凝視した後、男の人は「誰もいない」はずのそこ──扇紫がいるあたりに向かって、丁寧に頭を下げた。
 ちょっとだけ振り向いて見上げると、扇紫もその男の人に向かって、優しい微笑と共にお辞儀していた。
 ……あの人。あれって、もしかしなくても「視えてる」?
 山門をくぐり、石段を降りていきながらチラと見返ったら、男の人は何事もなかったように掃除を続けていた。
「だから云うたろう。見えたら見えたで、それまでのことだと」
 言った扇紫に、「いやいや」と思わず俺はツッコんだ。
 扇紫が見えて、なおかつ驚かない人もいる、ってことに俺も驚いたけど、そういう人はきっと稀だろう。
 そう思う一方、俺にしか見えないはずの扇紫の存在をあの作務衣の人にも認めてもらえたことが、妙に嬉しかった。ここにいる扇紫は幻覚や妄想ではなくて、確かに「ここに存在している」のだ、と証明してもらえたようで。
「優希や、どうかしたの?」
「あっ、う、ううん。なんでもない」
 なんとなく作務衣の人の見える山門を振り返っていたら、おばあちゃん達が首を傾げてきて、俺は慌ててごまかした。
 そんな俺が面白いのか、くつくつと扇の陰で笑っている扇紫を横目に睨み、ふぅ、と溜め息をひとつ。
 ま、いいよ。
 こいつのマイペースっぷりにはどうにも振り回されがちだけど、おかげで助かることもある。少なくとも今、この墓参りからの帰り道、俺は湿っぽい気分にならずにすんでるから。
「ばーか」
 小さく呟くと、また扇紫の笑う気配がして、ぽん、と頭を撫でられた。

 物悲しいような蜩の声が響く中、持ち帰った提灯の火で、家の門の前に迎え火を焚いた。
 お盆をこうやって過ごすのは、まだ「家族みんな」が揃っていた頃以来だ。その幼い頃の記憶も曖昧だったけれど、お皿の上で燃えるオガラの火影や匂いは、遠い思い出に繋がるように懐かしかった。
 もし間違って燃え移ったりすると危ないから、迎え火が尽きるまで、そばで見守ってることにした。扇紫ものんきな顔で隣に屈んで、「やあ、空も炎も美しいな」なんて言っている。
 こいつがいてよかったな。一人だったら、きっとすごくすごく寂しかった。
 暮れなずむ空を見上げて、綺麗だなあ、とか思う余裕がある自分にほっとしながら、俺は苦笑した。
 お皿の上の小さな炎が燃え尽きる頃には、西の山の端に僅かな赤みを残して、頭上には鮮やかな天の川が広がっていた。


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