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‐original BL novels‐



第1話 付喪神 (8)

   § : 「空咲く花に戀うる君は」 第1話 付喪神
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 この広いばっかりの田舎の家では、基本的にこれといってすることがない。
 することがないもんだから、朝ごはんを食べたら、とりあえず午前中は勉強時間に充てている。
 うちの学校はまぁまぁの進学校とはいえ、俺は元々そんなに頭が良いわけでもなく、マメな努力とカンで埋めているタイプだった。
 まあ勉強は嫌いではないし、カンだけに頼るわけにもいかないから、やっといて損はない。夏休み明けには実力テストもある。
 俺の部屋の軒先に下がってる金魚型の風鈴は、鉄製の外身が厚めで音色が優しい。蝉が賑やかなのは朝でも昼でも変わらないものの、風鈴の音の他には、遠くから響くトラクターか何かのエンジン音が聞こえる程度。
 屋内ならエアコン無しでも空気は爽やかで、そんな中で集中する勉強はえらくはかどった。
 おかげで持ってきた夏休みの宿題は順調に片付いて、やりかけだった参考書も何冊か終わりそうだった。
 適当なところで勉強を終えた後は、家のことで何かできることがあれば手伝うことにしている。とはいっても、ひょろくて非力な俺なんかよりよっぽどおじいちゃんの方がたくましくて、力仕事ではあんまり役に立てない。
 だからたいてい、打ち水をしたり、菜園に水を撒いたり、とってきた野菜を洗ったり、洗濯物を干したりたたんだり、広い家の普段は掃除してないところを掃除したりしていた。
 とくに手伝うこともないときは、水筒を持って、ふらふらとそのへんに散歩に出る。
 日陰や建物の中は涼しくても、直射日光の下に出ると、さすがに普通に暑い。いや、熱い。
 湿度が低くて空気が濁ってないせいか、標高が街より高いせいか、何かこう、スカッ! と特別陽差しが肌を焼く感じだ。
 けれど日陰や水辺に行けばぐっと涼しいから、適度に水分を補給さえしてれば、「陽差しと流れる汗がきもちいなぁー」なんて、実に俺らしからぬ健全な境地に到ることができた。
 といっても、子供の頃みたいにそのへんを縦横無尽に駆け回るなんて真似は到底できない。今の俺がやったら、土手を全力で走ろうとしてソッコーすっころんで捻挫、ひどいと下まで転がり落ちる、くらいしそうだもん。
 さすがにそのへんは自重。怪我なんかしてもつまんないし、痛いのやだし。
 下手なところに入り込むと迷って帰れなくなりそうだから、歩くのは原則、きちんとした道があるところだ。獣道や、先の見えない土が剥き出しの細い脇道なんかは避けておく。
 それでも、子供の頃の記憶を頼りに蝉時雨の中をのんびり歩くだけで、俺にはささやかな冒険だった。
 辻や道端にある古びたお地蔵さんや、道祖神らしき像。アメンボが浮いている、時々魚の跳ねる溜め池。もう随分昔に閉鎖されたらしい隧道。小さな蜥蜴が這ってる、石造りの謎の祠。長い磨り減った石段を登った先にある、いかにも年季の入った神社だとか。
 草や土や苔の匂いがする、時間が止まったみたいな、それでいて人が関わった気配の残る空間。そういう場所特有の静謐な空気が、何故かしら懐かしくて好きだった。
 もうすぐお盆だからなのか、いかにも伝統の品めいた手作りの綺麗な飾りが村のあちらこちらにつけられてるのも、眺めてて目に楽しかった。
 歩き疲れたら家に帰って、昼寝したり本読んだりゲームしたり、適当にだらだらのんびりする。
 そんな生活楽しいのかって言われそうだけど、あてもない散策は好きだし、他人と接しなくていい、何も喋らなくていい、ってことは、俺にとってはめちゃくちゃ寛げる天国だった。
 連絡を取り合うような友達もいないし(どうせ俺のスマホなんて、ゲームとネットとメディア再生専用機)、おばあちゃん達も俺のこういう性格をよく分かってるから、朝晩の挨拶とごはん時以外は、本当に一切誰とも口をきかないで終わる、という日も珍しくないくらいだった。

 自室の畳の上でごろごろぐだぐだしながら、俺はとりとめもなく、しょーもないことを考える。
 自分以外の人間といるのが億劫で、一人でいたい、一人でいることが心地良いって思うことを、世の中一般は善しとしない。露骨なダメ出しはされないまでも、そんなことを間違ってカミングアウトしようものなら、「寂しい奴だな」とアワレミと軽い蔑みを含んだ眼差しを投げられるのが関の山だ。
 まー、そりゃね。円満かつ円滑な人間関係を構築できた方が、社会を営む上ではいろいろと都合が良いに決まってるんだから。その観点で見るなら、俺みたいなコミュ障ぼっちなんか「悪」でしかないだろう。
 人間、一人じゃ生きられないもん。そんなことは、生活能力のない年齢で孤児になって、身内親族みんなに助けられてやっとここまで育つことができた俺が、一番よく分かってる。
 分かってたって、それでも「一人の方が気楽」だって思っちゃうんだからさ。
 こういうのを、まさしく社会不適合者っていうんだろうなあ。
「人間って、めんどくせー……」
 暑い中をうろつきまわった疲労が眠気に変わり、俺は畳の上でうとうとし始めながら、誰にともなく毒づいた。
 重くなってゆく瞼の下から、無意識に視線が文机の上を辿った。あの日からそこの上に置かれたままの、何の変哲もない、一本の古い扇にしか見えないそれを。
 ​​​──一人は嫌なくせに、一人の方が楽。拒絶しながら、誰かの手を求めてる。
 本当、めんどくさい。
 眠りに落ちてゆく思考は漠然として、心は無防備に夢うつつを彷徨い始めた。
 ──うん。そうだよ。ほんとは自覚してる。
 俺は眠りに落ちながら、ふらふらと不安定な心の中で呟く。
 ​​​──めんどくさいのは、人間云々じゃなくて、矛盾だらけの俺だ。


 数日かけて近辺をウロつくうち、ちょっとした小高い丘の上に、なかなか素敵な場所を見つけた。
 木々の合間にたまたまぽかっとあいた、みたいな空間は、あんまり広くはない。ゆるく傾斜した地面は柔らかな青草で覆われていて、その中にちょこちょこと、タンポポや野アザミ、露草、シロツメクサ……その他よく分からないけど、小さくて可愛い花が咲いている。
 草が柔らかいから、寝転んでもそんなにちくちくしない。いい具合に張り出した木々の枝が、場所を選べば陽差しを遮ってもくれた。
 あたりに連なる青々とした山脈と、遠い麓までが一望できて、しかも傍には一本の立派な桜の古木があった。葉桜が青空に映えて、すごく綺麗だ。
 春になって花が咲く頃に、ここに来たいな。
 青草の上に座って気持ちの良い風に吹かれながら、燦めくような葉桜を眺めて思った。
 自然物でも人工物でも、俺は綺麗なものが好き。
 っていうけど、俺が「綺麗」だと感じる条件て、相当ゆるいと思うんだよね。だって、たとえばこの光景自体がもう綺麗だと思うし、あの古い家なら庭の先に見える青い竹林も綺麗だと思うし、蜘蛛の巣が朝露を含んでるのだって綺麗だと思う。
 綺麗だなあ、って感じるものをぼーっと眺めてると、思考がからっぽになって、うまく言えないけど自分の中身までキレイになったみたいで、気持ちが安らぐ。
 風に揺れてきらきら光ってる葉桜を眺めてたら、ふっと、あの変な付喪神のことを思い出した。
 あいつが姿を消して、そろそろ四日……五日目くらい?
 あの青紫の古い扇はずっと文机の上にあるけど、日にちが経つほど、扇紫に関する現実味が薄れつつあった。
 そりゃあそうだよな。確かに目の前であの変な付喪神を見て、あやうく抱き潰されかけた俺自身ですら、今こうしてると「扇が化ける」なんて現実にあるわけないと思えてくるもん。
 そう思う一方で、ことあるごとにあいつのことを思い出す。
 扇と同じ色の、腰まである長い青紫の髪とか。珠とか貴金属の装飾品で飾られた、何気に華やかな真っ白い狩衣姿とか。ちょっと垂れ目だけど、とびきり上等のトパーズよりずっと綺麗で透明な金色の瞳とか。
 のほほんと笑ってた端正な顔が、でも消える寸前は、儚いくらい寂しそうに笑ってたこととか。
 ​​​──そなたの云う通り、私は暫し姿を消すことにしよう。
「……しばし、って、どんくらいだよ……?」
 膝を抱えて座りながら、俺はぼそっとぼやいた。
 あのとき、ちゃんと謝ろうと思ってたんだ。なのに、おまえが先に謝るから。
 いや、違うでしょ俺。あいつがどうしようと、悪いことしたって思ってたなら、俺は俺で謝らなきゃいけなかった。
 だってあいつは、俺に悪いことなんか何もしてないんだ。
「……もぉー」
 抱えた膝頭に、至極情けない、なんだか泣きそうな気分で、ごりごり額を押しつけた。
 だから嫌なんだ、優しくされるのなんか。
 自分を閉ざしてるから他人との距離をうまく測れなくて、どうせ人となんかうまく付き合えないから最初から諦めてて。つらかったり哀しかったりも、めんどくさいことも嫌で、自分から殻に引きこもってるくせに。
 でも、いざ他者のぬくもりにふれたらこんなにも簡単に崩れるくらい、本当は人恋しい。
 なのにさ、どういうわけ。こんだけ人のこと動揺させといて、あいつ、いったいいつまで消えてるつもりなの?
 っていうか、あいつ、また湧いて出るつもりあるの?
「……もう出て来ないのかよ。嘘だろ?」
 あんな奴、ポッと出なんてもんじゃない、しかも怪しさ全開の人間外じゃないか。バカじゃないの、俺。そんな奴のために、なんでこんな動揺してんの。
 ​​​──そう泣くでない。
 耳の奥にまだ残ってる。あの程良く透る、柔らかい声。
 ​​​──そのように、一人で泣くでない。
 眠りながら泣いてた頭を、繰り返し撫でてくれた優しい手。
 こらえはしたけど、目頭がどうにも熱くて、俺は膝に額を押しつけたまま、ぎゅっとズボンの生地を握り締めた。
 ……ああ、もう、無理。
 俺、すごく情緒不安定になってる。


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