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‐original BL novels‐



第1話 付喪神 (6)

   § : 「空咲く花に戀うる君は」 第1話 付喪神
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 おじいちゃんとおばあちゃんがいて、いつも通りにテレビがついている居間で夕食をとっていると、だんだんさっきまでの出来事が夢なんじゃないかと思えてきた。
 おじいちゃんは野球が好きだから、だいたいこの時間のテレビはナイター中継だ。晩ごはんが終わったら、茹でた枝豆でビールをやりながら、っていうのが、これも昔から変わらない風景。
 おじいちゃんは「見たいやつがあったら変えていいぞ」と言ってくれるけど、これっていう番組もなかったし、おじいちゃんの楽しみを邪魔するのも気が引けた。
 それよりも、庭先から響く様々な虫の声と、テレビの音を聞きながら、適当にそのへんに寄りかかって本を読んだり、スマホをいじったり携帯機でゲームをしたり​​​する。昔からの懐かしい音と風景の中に溶け込んで過ごす、そんなたわいもない時間が心地良かった。
 いつも夜ごはんの後はだいたいそんな調子で、おばあちゃんが出してくれた果物や枝豆をつまんだり、麦茶だけ飲んだりしながら、部屋に引き上げるまでの時間を過ごす。
 終業式の後、寮の掃除をしていくつかの用事を片付けてからこっちに来たから、こうして過ごすようになってもう一週間くらい。
 夏の夜の懐かしく穏やかな時間を過ごすうち、あの変な付喪神と遭遇しての出来事が、俺の中からどんどん現実味を欠いていった。
 ……実は夢でした、とかじゃないのかな、あれ。
 細部までしっかり覚えてるし、あいつの声も、抱き潰されそうになった感触や香の匂いも、まだまだ鮮明だけど。
 あんまり突飛な出来事すぎて、こうして枝豆食べてゲームなんかやってると、リアルな日常の続きとはとても思えない気がしてくる。
 そう思いながらも、俺は部屋に戻ることを、だらだらと引き延ばしていた。

 そのうちナイターが終わって、ゲームも一段落したから、風呂を使わせてもらうことにした。
 広いけど古いこの家は、なにしろ住んでるのがお年寄りだから、使いやすいようあちらこちらに修繕や改築が入っている。とくに水まわりは、最新の設備がしっかり整っていた。
 四人家族でも余裕で入れるだろうなあ、というくらい広くてきれいな風呂場は、立派な檜風呂だ。ここを一人で独占してると、なかなか贅沢気分にひたれる上にゆったりできて、至極気持ちがいい。
 良い匂いのする湯船に浸かってるうちに、特にやることがないもんだから、否応なしに扇紫とのやりとりが浮かんできた。
 夢だったんじゃないかと疑いつつも、あれほど鮮明だった出来事が夢だとはとても思えないと、冷静に思ってる自分がいた。
 出ていけ、と言い捨ててきちゃったけど、あんなふうに他人を頭ごなしに怒鳴りつけたことなんて、俺は生まれて初めてだった。
 自分からあんな声が出ることもあるんだと、ちょっと驚く。
 ……カッとなるだけの理由はあったけど、あそこまで怒鳴りつけることはなかったかもしれない。
 美味しいものを食べて好きなことをして、ゆっくり湯船に浸かってると、気持ちも落ち着いてくるもので。
 扇紫にひどいことを言ってしまったんじゃないかと、俺は胸がもやもやし始めていた。
 あらためて振り返ると、あの変な付喪神は、俺に対して危害は一切加えてないんだ。いや、いろいろ仰天したし抱き潰されかけたし、それはどうかと思うけどさ。
 ……昔の夢を見て、寝ながら泣いてる俺を心配して、あいつは姿を現した。
 昔はおばあちゃんの手に、それからお母さんの手にも渡ったことがある、それだけでも俺には特別なものに思える古い扇。それが化けた姿が、アレ(それもトンデモ話すぎて、まだ半信半疑な気持ちもあるけど)。
 あんなふうに優しく頭を撫でてくれる手を、せっかくの綺麗な顔をあんなにくしゃくしゃにして嬉しそうに笑う相手を、「悪いもの」だなんて、俺には思えない。
 ああ、もう。めんどくさいなあ、自分が。
 湯船の中で思わず頭を抱え、わしゃわしゃと濡れた髪を掻き回して、ざぶっと顔にお湯をかけた。
 本音では寂しいと思ってるくせに、そういう自分を暴かれることも、俺は嫌だ。
 俺は自分が、お世辞にも「良い子」なんぞではないことを自覚してる。俺の考えてることなんて、だいたい不平不満だらけで愚痴っぽくてネガティブだから。
 こんなもんを見せたら、誰にだってまず間違いなく幻滅されるだろうし、「良い子」を取り繕ってきた俺としては、そんな本音を表に出すことがとてつもなく「悪いこと」に思えて仕方がない。
 だから俺は、本音なんて他人に見せられないし、見せたくもない。そんな俺には、「他人を信じる」なんて難しすぎる話だ。
 それなのに、あんな胡散臭くて得体の知れない付喪神だかなんだかを、俺は疑うよりも信じたいと思っている。
「…………」
 むうっと、眉間が寄ったのを自覚する。ざぶん! と湯船に顔を突っ込んだ。
 そのまま呼吸が相当苦しくなるまでわけもなく頑張って、顔を上げるとげほげほむせた。
 やっと呼吸が落ち着いてきてから、大きく息を吐いて、俺は檜の良い香りのする湯気の中で目を閉じた。
 もうさ。​​​──開き直ろうかな。
 だってあんな、一番見られたくないってところを、ものの見事に見られたんだ。今さら取り繕っても仕方が無い。こんな自分、自分でもウザくてみっともなくてほんと大嫌いだけど。
 ぐるぐる考えていたらのぼせかけてきたから、俺は風呂から上がった。


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