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‐original BL novels‐



第1話 付喪神 (4)

   § : 「空咲く花に戀うる君は」 第1話 付喪神
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 こいつ本当に、お化けとか妖怪とか、そーいう類いのモノなのか。
 自慢じゃないけど、俺は生まれてこのかた、幽霊やお化けなんて見たこともない。見たことがないから、否定も肯定もせずにきた。
「ってことは、要するにお化け? 妖怪変化? 魑魅魍魎?」
 半信半疑のまま問いかけると、そいつはおかしそうに笑った。
「妖怪ではあろうが、魑魅魍魎とはまた少し違うかもしれん。元は、ごく当たり前のただの扇だった。長い長い歳月を経るうちに、氣が循環し霊威を宿し、自我を持ち、変化へんげする力を得た。私は、付喪神と呼ばれるものだ」
「つくもがみ」
 オカルト方面の話は、ネタとして嫌いじゃないから、その言葉くらいは俺も知っている。長い歳月を経た物に精霊や霊魂的なものが宿る、っていうアレか。「万物に神が宿る」とする日本の古き良き信仰のひとつ。こういう素朴な信仰心、俺は好き。
 もっとびっくりするべきなのかもしれないけど、ここに到るまでにびっくりしすぎてたから、なんだかもうたいして驚かなかった。
「えっと……それで、俺はどうすればいいの」
「どうすれば、とは?」
 問いかけた俺に、付喪神とやらはおっとりと、でも明らかにおもしろそうに、広げた扇の向こうから視線を返してきた。
「いや、だって。急にそんなものに湧かれても、どうしていいのかわからないし。っていうか、あんた何のために出てきたの? 俺があんたの扇子を持ち出したから怒ってるとか?」
 古い曰く付きのモノを勝手に持ち出して祟られる、とか、怪談話だとめちゃくちゃポピュラーじゃないか。
 うわ、そんなの勘弁してほしい。ぞわっときて、俺はそいつに疑惑と警戒心満載の目を向けた。
 付喪神はきょとんとした後、声を立てて笑い出した。
「莫迦なことを云うでない。そなたは面白いことを考えるのう」
 む、なんだよ。俺は真剣だぞ。
「そなたがあまりに泣くから出てきたのだ、と云うたろう。そなたは知らぬだろうが、私はそなたのことは、昔から知っている。そなたの祖母君にも、母君にも世話になった」
「……だから、泣いてたとか言うなって」
 下手な人間に見られるよりはマシだったかもしれないけど。そんなところを他人に見られたなんて、みっともない上に気まずいことには変わりない。
 俺の仏頂面に気付いたのか、付喪神はあらたまったように続けた。
「そなたに対して、特別に何をどうこうしようというのでは無い。私は、ただ私の周りにいる者達の姿を、ゆるりと眺めていることが楽しいのでな」
「暇人なんだな……」
 妖怪やら何やらって、おおむね暇人が多いよね。人のことむやみに驚かせたり、悪戯する話見てるとさ。
 だいたい、俺が泣いてたからって出てきた時点で、こいつ全力で暇を持て余してるんだろうなぁ。付喪神とか、どんだけ生きてるのか知らないけど。
 夢うつつに聞いた声の優しさと、頭を撫でてくれた手の感触を思い出して、俺は少し胸がちくりとした。
 あれは、俺にとって凶器だ。まだまだガキの俺が、普段は押し殺してても、一番欲しいと思ってるものだから。
 だからそんなものをあっさりとくれるこいつは危険で、こいつが付喪神にしろ狐か狸にしろ、さっさと俺の世界から閉め出す必要があった。
 それにこいつ、こんな見るからに妖しいモノなんだし。暇を持て余した人外のモノなんて、絶対タチ悪いって相場が決まってる。
「じゃ、もう用は済んだだろ。俺泣きやんだし。もう帰ってくれないかな」
「帰れと云われても。私の本体は、ほれ、この扇だしなぁ」
「……分かったよ。じゃ、今からそれ、蔵に返してきたらいい?」
 それまでおっとりしていた付喪神が、僅かながら、むっと整った眉を寄せた。
「何故そのように邪険にするのだ。折角久方振りに顕現したのだぞ。私とて、もう少しくらいこの現世うつしよを楽しみたい」
 俺は思わず、それ以上の言葉を飲み込んだ。
 ああ、嫌だな。こんな明らかに人外のおかしなモノにまで、俺はこうなのか。
 これはガキの頃から「良い子」を取り繕ってきたことの後遺症だ。内心で思ってることはいくらでもあるけど、俺は滅多にそれらを口にはしない。今の今までこいつに対してわりと饒舌だったことの方が、俺にとっては珍しかった。
 まあ、人外相手だしな。どこかで俺の箍も、無意識に緩んでたんだろう。
 他人の顔色や感情に過敏なのは、息苦しいだけで良いことなんてひとつも無い。いっそ人の顔色なんて分からなきゃ、俺の性分もここまでは捻れなかったのかもしれない。
「……別に。なら、好きにすればいいんじゃないの」
 ふい、と視線をそむけて言い、以降口をつぐんだ俺に、付喪神は何かを感じたのか、ふと声音がこれまで以上にやわらいだ。
「済まぬ、責めたわけではないのだ。ただ、ようやっとそなたに私の声が届いたこと、そなたとまたこうして向き合って言葉を交わせることが嬉しくてな。すぐに帰れと云われて、少々意地悪をしたくなってしまった」
「何、それ」
 もう喋らないでおこうと思ってたのに、言葉の内容が気になって、俺は思わずまた口を開いてしまった。
 まるで今が初対面じゃないみたいな言い方じゃないか。そういえばさっきも、俺のことは昔から知ってるって言ってたな。
「幼い頃から、そなたは何度もこの家に遊びに来ておったろう。その度に、私はそなたに話し掛けていたのだ」
「そうなの?」
 でも、こんなインパクトのありあまる奴に話し掛けられた覚えなんてないぞ。そんな不思議体験があったら忘れるわけがない。
 今日だって、別に特別な何かがあったわけでもない。ふと何気なく開いた引き出しの中から、たまたまこいつを​​​──扇を見つけただけだ。
「頭で理解できずとも良い。この世には、人の言葉や知識ではなかなか理解の及ばぬことも多いのだ」
 蔑むふうでもなく、当たり前のように言って、付喪神は優しく笑った。
 ……あれ。
 奇妙な感覚がよぎって、俺は目を凝らした。
 こいつのことなんて、俺は知らない。なのに、何か頭の奥がさわさわする。
 知らないはずなんだけど、俺はどこかで、確かにこの扇の色を知っている。感触にふれている。
 何より、俺はこいつのこの笑顔を……どこかで、確かに過去にも見たことがある、ような。
 目を凝らしていると、すうっと視界が遠くなるような、世界が色も物音も無くして五感が薄くなるような、奇妙な感じがした。
 そうだ。そういえば昼間蔵の中で、手許箪笥の引き出しから青紫の古い扇を見つけたとき。どこか懐かしいような感じがしたんだ。
 思い出せないけど、俺はこいつのことを、どこかで知っている……?
「…………せん」
 それを認識すると同時に、まるで何かに操られるように口が動いた。
 自分の意思じゃない。意思云々てより、自然に勝手に言葉が湧き上がってきた感じ。なんだ、これ。
「優希?」
 付喪神が首を傾げるのが見えた。
「……せん、し?」
 呟くと共に、その発音に付随する文字が、まさしく燦然と頭の中に浮かび上がった。その文字と音とが、脳内の別次元で光り輝いてるようなイメージ。うっわ、なんだこれ。
 俺の呟きを聞いた途端、驚いたように付喪神が金色の瞳を瞠った。
「……扇紫……?」
 読みと、文字。
 その二つが結びついて声にした瞬間、それは困惑や疑問を差し挟む余地のない鮮烈さで、俺の中に焼き付いた。
 茫然として見ているしかできなかった先で、白と青紫と金色の付喪神が、はっきりと息を飲んだ。
 俺の発した「文字」と「音」が、目の前にいる付喪神の核そのものに収束され、瞬間のうちに与えられた「象」の中に、くっきりと填まり込んだ感覚があった。
 存在がより鮮やかさを増し、その瞬間、そいつと俺の間で確かに「何か」が繋がった。それこそ、まるで魔法のように。


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