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‐original BL novels‐



第1話 付喪神 (3)

   § : 「空咲く花に戀うる君は」 第1話 付喪神
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 ……叫ぶよね。そりゃ、普段陰気で無口でひっそりと静かなことにかけては相当自信がある優希くんだって、さすがに叫ぶよ。これは。
 運動なんてからっきしな俺が、一瞬のうちに文字通り飛び起きてアスリートも真っ青な敏捷さで部屋の隅まで退避したときは、これが火事場のなんとやらかと自分で感心したわ。
「なっ、なななな……な……ッ!」
 が、一方で俺の言語中枢はものの見事に役立たずと化した。
 だってこんなもん。光ってるしなんかうっすら透けてるし、明らかにおかしいじゃん、相手。人間じゃないじゃん!
 白くて青紫で金色のそいつは、そんな俺に、動揺した素振りもなく悠然と視線を巡らせてきた。
 何、なんなのこいつ。なんでこんなに落ち着いてんの。っていうかおまえ誰。
「驚かせてしまったか。これはすまんなあ」
 けろりと笑う。あまりに相手が落ち着き払っているので、俺もつられて少しずつだけど落ち着いてきた。
「は……? って、なに? なんなの、これ?」
 だからってすぐにきちんとした言葉が出るわけでもなかったけど。仰天しすぎて心臓バクバクいってるし、どっと変な汗出たし、気が付いたら手脚も震えてる。
「うわああぁっ!」
 そいつがふわりと白い狩衣の裾を揺らしながら立ち上がり、こっちに近付いてきたもんだから、俺はますます悲鳴を上げた。ビクッ! と全身が硬直して、背中がますます壁に張り付く。
 くそっ、なんで俺はこんな逃げ場のない部屋の隅っこに逃げたんだ。あれか、逃げ惑った末にトイレに逃げ込んで上の方からコンニチハになる行動パターンてやつか。俺のバカ!
「落ち着け。何も危害を加えようというのではない」
 白くて青紫のそいつは、俺の前に腰を屈めると、宥めるように言った。
 俺があからさまにビクついてるせいか、そいつはそれ以上距離を詰めてこようとはしなかった。といっても、手を伸ばせば届く距離だけど。
 相手が片膝をついていて、俺はべたんとへたりこんでいるせいか、だいぶ頭の位置が違う。それを差し引いても、さっき立ち上がった姿からして、どうやらこいつの方がかなり上背が高い。
 身動きできずにいると、金色の瞳と目が合った。
 にこり。と、若干目尻の下がった、見惚れるほど綺麗な眼が笑った。
 ……あ。
 相手があんまり自然で無防備なもんだから。それを見て、俺の中から強張りが僅かにほどけた。
 びびりすぎてよく見てなかったけど、こいつ、全体に綺麗だな。
 肌なんか白くて、シミも傷もなさそうだし。髪も眼も色はおかしいものの、顔立ちは東洋系だ。涼しげで、わりと女顔っていうのかな。人形みたいに整った、全体に優しい雰囲気の顔。
 でもちょっと垂れ目なせいか、それが良い具合に「完璧な美形」では無くしていて、なんとなく親しみやすさのようなものがあった。
 少し線は細いけど、声からしても男だってことは分かる。年齢は、多分二十二か、三か……それくらい? ガタイの方は、けっこう長身ってこと以外は、ゆったりした狩衣姿のせいで分かんない。
 青紫の長い髪も、最初はぎょっとしたけど、こうしてまじまじと見るとそんなに違和感がなかった。それだけこいつの存在自体が、よく言えば神秘的、普通に言って現実離れしてるっていうことでもあった。
 俺の警戒が少しずつ薄れ始めたのを見て取ったのか、そいつがあくまでゆっくりと、右手を持ち上げた。何もやましいことはありませんよ、と俺に分からせるように掌を広げて、俺がちらと目だけを動かしてそれを認めると、またにこりと笑う。
 持ち上げられた手が、へたり込んでいる俺の頭を、柔らかく撫でた。
「驚かせてしまってすまんなぁ、優希。そなたがあんまり、寂しい寂しいと一人で泣いているものでな。つい、ほうっておけなくなってしまった」
 りりん……しゃらん。
 そいつのゆったりとした仕種に合わせて、髪飾りや装束についた珠や貴金属らしき飾りが揺れ、ささやかな音色のような響きを奏でる。
 ああ、あの夢うつつに聞いてた綺麗な音って、これだったんだ。
 あくまでもそっと、俺が少しでも嫌がったらすぐに止めてくれると分かる柔らかさで、そいつの手が俺の頭を繰り返し撫でる。
 その感触が本当に優しくて、心地良くて。
 ゆっくり何度も撫でられているうちに、次第に心拍数も落ち着いて、手脚から力が抜けていた。それだけでなく、俺は不覚にも、無性に泣きたいような気持ちになってきた。
 だって、俺さっきまであんな夢見てたし。ただでさえナーバスになってるとこにこんなに優しくされたら、たとえあからさまに人間じゃない変な奴が相手だって、気持ちなんて緩んじゃう。
 どうしようもなくへこんでるところをいたわられて、それを突き放せるほど、俺はまだ悟ってなかったし、まだまだ甘えたなガキだった。
 そいつの手を振り払うことはせず。でも下を向いて、俺はむすっとぼやいた。
「……何、いってんの。泣いてなんかない」
 バツの悪さと、これ以上踏み込まれたくないっていう自己防衛本能。
「おや、そうだったか。それは失敬」
 気を悪くしたふうもなく、のほほんと答えながら、そいつはまだ俺の髪を撫でている。
 相当つっけんどんな声を出したつもりだったのに、調子が狂う。
 っていうか、そうだった。そういえば、おまえ誰だよ。
「おま……」
「優希、優希や」
 言いかけたところに、廊下からばたばたと二人分の足音と慌てた声が聞こえてきた。
「優希、どうした。何かあったんかっ」
 あ、おじいちゃんとおばあちゃんだ。さっきあんな大声出しちゃったから、心配して様子を見に来てくれたらしい。
 ……って、ヤバイ。
「あ、あのっ……」
 俺は慌てて、変な奴の手を振り払うように立ち上がっていた。
 まずい、二人とも年寄りなのにこんな変な奴の姿見ちゃったら、びっくりしすぎて大変なことになるかもしれない。こいつ今のところ害はなさそうだけど、存在そのものがおかしいもん。光ってるし。
「だ、大丈夫! 昼寝してて、寝ぼけて叫んじゃったんだよ。なんともないからっ」
 そうだ、もしかして電気つけたらこいつ見えなくなるんじゃない? もしくは少しは薄まって見えづらくなるとか。俺もホンモノ(?)なんて今まで見たことないけど、実体ないお化けとか幽霊って、だいたいそういうイメージあるし。
 俺は目の前にいたそいつを押しのけて小走りに移動し、天井から下がった室内灯の紐を引っ張った。
 ぱっ、と和室が明るくなるのと同時に、廊下と繋がる襖が開いて、おじいちゃんとおばあちゃんが姿をのぞかせた。
「あぁ、優希、よかった……びっくりするじゃないの、もう」
「まったく人騒がせなやっちゃなあ。年寄りをあんまり驚かすんじゃねぇぞ、優希」
「ご、ごめん、変な声出して。ほんとになんともないからさ」
 ほっとした様子の二人に、俺は懸命に愛想笑いをして言いつくろった。
 横目に後ろの変な奴を見てみると、これが予想外なことに、光ってるのが目立たなくなっただけで、全然薄くなってない。
 でも、おじいちゃんとおばあちゃんは、笑いながら「優希もまだまだ子供だねえ」と言い合っているだけで、とくにソイツに目を向けてはいない。
 見えてない、のか。これは。
 もうすぐごはんだからね、と言い残しておばあちゃん達が戻って行くと、俺はすぐに襖を閉めて室内を振り返った。
 さっき頭を撫でられていたときの妙な安堵感も、こうなると薄れていた。俺は不信感もあらわに、襖を背に立ったままそいつから距離を保った。
 そいつは相変わらず、こっちの騒ぎなど何処吹く風という様子でいる。むしろ、妙に嬉しそうだ。
「優希は大事にされているのだなぁ」
 そんなことをしみじみ言いながら、そいつはのんびりと部屋の中程まで進み出てきた。
 その足許に影はないのに、白い足袋が畳を踏むたび、藺草で編まれたそれが僅かにたわんで小さな音を立てる。
 よく分からないけど「実体」はあるんだ、こいつ。そういえば、こいつに頭を撫でられたときも、ちゃんと体温と感触があったっけ。
 なのに俺以外には見えてないし、影もない。
 どういうこと?
 俺の持ち得る知識やら雑学を総動員しても、この状況の説明がつかなかった。露骨に胡散臭いものを見る眼差しを向けてたら、気の抜けるような暢気さでそいつが笑った。
「私の姿は、普通の人間にはまず見えることはない。案ずるな」
 ……そういうことは先に言え。無駄に焦っちゃったじゃないか。
 むすっとしていると、そいつはどこから取り出したのか、優雅に広げた扇で、平安貴族みたいに口許を覆った。
「何にしても、私はそう悪さをするものではないよ。昔からこの家に棲まわせて貰っている。只それだけの無害なものだ」
 害があったとしても、自分からそう宣言することはまずないよな。ましてこんな、得体の知れなさすぎる人外なんて。
 油断なく俺はそいつを睨み、そしてまばたいた。
「……あれ?」
 その、扇。
 白地に彩雲のような濃淡の青紫。燦めく金色の流水模様。
 昼間、蔵の中から出てきたあの扇じゃないか。
 怪訝に思って、文机を見た。その上に置いておいた古い桐箱は、赤い組紐を掛けられたまま、そこにきちんとあった。
 そこに立っている姿と、そいつが手にしている扇と、桐箱を見比べる。
 どういうことなのかよく分からないまま、俺は文机の前までいって、急いで組紐を解いて蓋を開けた。
 箱の中から、袋を残してあの扇は消えていた。
 蔵から持ち出してから、俺以外に誰も触ってないはずなのに。俺は確かにきちんと扇子袋にしまってこの箱の中に戻して、蓋をして組紐を掛けたぞ。
 再度、すぐそこに立っている変な奴を振り返った。
 その手にある、あの扇。そして、身に纏っているのは扇と同じ色彩。白い狩衣に青紫の髪に、金色の瞳。
「あんた……まさか」
 ​​​──どこかで見たことがある色だと思ったんだ。
 いや、まさかだと思うんだけど。自分でも、んなアホなと思うけど。
「えっと。もしかしてだけど、その扇が化けた、とか?」
 自分の目が丸くなっているのを感じながら、俺は他に何と言えば良いのか分からず、問いかけていた。
 うん。口にするとますます馬鹿らしいな、こんなん。突拍子もないなんて次元じゃない。
 それなのに、そいつは口許を扇で覆ったまま、平然と頷いた。
「左様。私の本体は、この扇だ」
 ごくり、と俺はつばを飲み込んだ。


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