cats and dogs

‐original BL novels‐



一章 紅の相克 (4)

   § : 「メビウスの蛇」
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 切れ味の良い短剣は、柔らかな絹とレースで彩られたドレスを簡単に切り裂いてゆく。
 突然のことに、ユアンは何が起きたのか分からないという顔をしていた。驚愕に瞠られた藍色の瞳が、己の胴の上に馬乗りになったフィロネルと、無惨に切り裂かれたドレスに向けられる。
 理解が追いついていない様子のユアンに含み笑いながら、フィロネルは腰あたりまで空気に晒されたその素肌を、嘗めるように見下ろした。
 常に衣服の下に隠されている肌色は、ふわりとした光沢を帯びた上質のセレナイトのように白い。少なくともファリアス陥落以降良い暮らしはしていないのだろう、その身体からはすっかり肉が落ちて、あばらや腰骨が浮いていた。鍛錬は欠かしていないと見え、裂かれたドレスの下に覗く肩から腕、胸板や腹にはしなやかな筋肉がついていたが、痩せているだけにそれが目立つ。それは何かいっそう背徳的な妖しさをもってフィロネルの目を射た。
「な……何を、する」
 ユアンが強張った顔つきと声音で言う。殺される覚悟はしているのだろうが、ドレスを裂かれたこととフィロネルの様子に、それだけではすまないのかという予感が生まれつつあるようだ。
 フィロネルは薄笑いしたままあえて答えず、ユアンの痩せた胸元から腹にかけての地肌に、するりと手をなぞらせた。指先に返る感触はなめらかで、皮膚の薄い敏感そうな肌には鳥肌が立っていた。
「何をっ……さ、さわるな」
 感触を伺いながら遠慮もなく這い回るフィロネルの指に、ユアンが逃れるように身をよじらせた。まさか、と思いながらも、信じがたいようにフィロネルを見る眼差しがそこにある。
「死をも覚悟していたわりに、これしきのことに怯えるのか?」
 いかにも清廉なユアンの若い地肌は、怯えたように震えている。
 この少年にとっては、なまじ殺されるよりも、怨敵であるフィロネルに無理矢理に身体を暴かれ、犯されることの方が耐え難いだろう。いや、死ねばどんな苦痛でもそこで終わるが、犯されて生かされれば、激しく心身を苛む苦痛は終わらない。それはこの少年にとっては、命の終わりよりも残酷で許容しがたいことのはずだ。
「……何を、する気だ」
 引きつり上ずった声で、やっと少年が問うた。身の内にはびこり始めた恐怖と激しい動揺を隠せずにいる少年の顔に、フィロネルはますます腹の奥から込み上げてくるねっとりと熱い愉悦を覚えた。
「男は初めてか」
 あえて直接的には答えず、ゆるく嬲るように訊ねながら、フィロネルはユアンの腰骨をなぞった。薄い皮膚の張りついたそこからは、まだドレスの下に隠されている下腹部へのゆるやかで艶かしい陰影が伸びている。生地の下にある締まった脚の曲線も容易に想像できる輪郭に、フィロネルはその想像すら楽しみながら、ユアンの脇腹から腰まわりに手をなぞらせた。
「やっ……やめろ、さわるなッ!」
 嫌悪感もあらわに青ざめて身をよじらせるユアンに、フィロネルは笑いが止まらない。
 頑丈な枷を嵌められた手脚を、ユアンは懸命にもがかせた。腫れた上に枷を掛けられた右手首が痛むのだろう、奥歯を噛みながらも、ユアンはしかし何度も手脚を可能な限りに動かして、なんとか拘束を外そうと引っ張る。
 馬乗りになった下で必死で暴れるユアンの抵抗が、またフィロネルには愉快だった。
 自分を殺したいほど憎んでいる刺客を組み伏せるなど、これまでになかったことだ。それはひどくフィロネルの嗜虐心を昂ぶらせて煽り、かつてない血潮の泡立ちが身体の隅々から湧き上がってきた。
 無慈悲で硬質な音を立てるばかりの拘束具に、不自由な体勢で暴れるユアンは次第に息を切らし、絶望的な眼差しを手枷とそこから伸びた鎖に向けた。その痩せた上半身全体を、暴れたせいと脂汗とが混ざっているのだろう、しっとりと染み出した汗が光らせている。乱れた呼吸に弾んでいる胸板が痛々しく、フィロネルの中にある加虐性を甘く駆り立てた。
「おまえに拒む権利があると思うのか?」
 低く笑いながら、フィロネルはいきなり身を屈めて、滲んだ汗ごと嘗め取るように、ユアンの剥き出しの乳首にべろりと舌を這わせた。強い抵抗感と恐怖と心身にかかった抑圧のせいだろう、そこはまるで小さな豆粒のように硬くなっている。しかし性感の高まりのせいなどではないことは、冷え切って血の気のない肌が示していた。
 その感触もまた新鮮で目新しく、フィロネルは硬く小さな肉の粒をいたぶるように舌先で強く押し、転がす。わざと音を立てて吸い上げながら、もう片方のやはり小さく硬い乳首を強く捻って引っ張った。
「ッ……ひ……!」
 その鋭い痛みに、強い嫌悪感を滲ませた悲鳴じみた声が、ユアンの口をついた。自分でそれを聞いて衝撃を受けたように、ユアンはすぐさま歯軋りの音が聞こえるほど奥歯を噛み合せた。
 そのかわりのように、ユアンは必死で手脚をばたつかせた。脚は膝を満足に立てることもできない程度だから問題もないが、懸命にもがいて何度も宙をかいた手が、そこで掴んだフィロネルの長い黄金の髪にふれるなり、満身の力を込めるように鷲掴みにした。
「ッつ」
 抵抗されること自体は楽しいが、こちらに危害を及ぼされるのは趣味ではない。長く美しく流れ落ちる金髪を握り締めたまま放そうとしないユアンに、フィロネルは平手ながら力の加減をせず、その頬を打った。
 強い衝撃に、さすがにユアンの手から一瞬力が緩む。フィロネルは長い髪を押さえながら、溜め息まじりに起き上がった。
「せっかく少しは優しくしてやろうとしたんだがな。そんなに徹底してほしければしてやろうか」
 白々しく、むしろ楽しげに言いながらベッドを降りたフィロネルを、ユアンが激しく睨み付けた。奥歯を噛んでいたおかげで、強く打たれた頬は赤くなっていたが、口の中を切ることはなかったようだ。
 曲がり折れることを知らない、その瞳の鮮やかな炎が、フィロネルにとっては何よりの媚薬だった。囚われの蝶よりも憐れなその姿を眺めながら、フィロネルは寝台の支柱に付いたハンドルを動かした。支柱内部に施された仕掛けを操るそれは、ごく軽い力で簡単に作動するようになっている。
 ぐい、と大きく強く引っ張られた両腕に、ユアンが思わずのように息を飲んだ。枷から繋がる鎖が巻き取られてたわみを無くし、それでもフィロネルは操作をやめない。
「う、う……ぐ……ッ」
 千切れるのではというほど強く両腕を左右それぞれに引っ張られ、懸命に奥歯を噛みながらも、ユアンは苦痛の呻きを切れ切れに零した。
 僅かとも関節を動かせないほどユアンの腕がぴんと張りつめたところで、仕掛けは止められる。数日は肩や腕が痛むだろうがそれ以上ではない、という絶妙な加減ではあったが、既に負傷して腫れていた右手首の痛みはひどいものだろう。
 それでも僅かに声を洩らした他は、ユアンは歯を食いしばって悲鳴らしい悲鳴も上げなかった。だが痛みのひどさを物語るように、その本来は青白い白目は充血し、下睫毛は汗以外のもので少々湿っているようだった。
 切り裂かれたドレスの中で完全に身動きを奪われ、苦痛に震えるユアンの姿を、フィロネルは薄笑いと共に眺める。それは可憐なほどに哀れで、背徳と禁忌の香りに彩られた極上の見世物に他ならなかった。
「何を、するッ……」
 フィロネルが無言なことが、ユアンの中で混乱と何をされるのか分からないという恐怖をいっそう煽っているようだ。ゆっくりと戻ってくるフィロネルの姿を追う藍色の瞳は、勝ち気な光を失ってはいなかったが、明らかに怯えを増していた。
 それが分かるから、フィロネルは何も答えてやらない。
 下半身を覆っていたドレスを捲り上げられ、ドロワーズを難なく切り裂かれると、ユアンはまた息を飲んだ。筋肉が付いてしなやかに伸びる脚はやはり想像したように美しく、よく締まって関節が細かった。
 下肢の抵抗を完全に奪うべく、フィロネルはユアンの片脚ずつに新たな拘束を施した。枷に繋がる鎖は、用途に応じて長さや掛ける場所を変えられる。膝を深く曲げさせ、腿から臑をがっちりと食んで押さえ込む拘束をもうひとつ掛けると、その上で思い切り開脚するように足枷に繋がる鎖を左右に引いた。
 その屈辱的な体勢に、ろくに身動きできない中でユアンは必死に抗ったが、もとより不自由にすぎる手脚ではどうなるものでもなかった。標本よろしくまさにびくとも動けないほど厳重に豪奢な寝台に縫いとめられ、ユアンは呆然としたように天蓋を見上げながら、全力で抗ったせいで乱れた呼吸を繰り返した。
「良い眺めだな。下手な姫君よりもよほど煽情的な姿だぞ」
 思わず笑い、しかし心から言いながら、フィロネルは強引に開かれ立てられたユアンのすべらかな膝を撫でた。
 繊細なレースが幾重にも重なってふわりと花のように広がるドレスの下に、まだ薄手の下着で守られているとはいえ、ユアンはその白い脚の付け根まで、隠しようもなく無防備に晒されている。もはや言葉もないように、ユアンは恥辱で目許を真っ赤にし、唇を引き結んで横を向いた。
 この少年がどのような生まれ育ちなのかは分からないが、全体に品があること、操る言語が洗練され澱みがないこと、顔つきに卑しさがないこと、その身体は鍛えられてはいるが美しく、厳しい労働の痕跡がないことから、少なくともある程度の身分ある者​​​──おそらくは貴族階級の公子ではないかと、フィロネルは見当をつけていた。
 貴族達の私生活など大概爛れたものだが、この少年に関しては、まだ若く廉潔で濁りのない初心なほどの純真を感じた。反応からして、少なくとも男色の経験はないだろう。
 身から出た錆とはいえ、身分ある公子がこのように屈辱的極まりない格好で囚われた上、仇に好きに嬲られるなど、それこそ耐え難い辱めであるはずだ。それを思うとフィロネルは愉快でならず、横に思い切り逸らされたユアンの顔を、その乱れた濃紺の前髪を掴んで強引にこちらに向かせた。
「せいぜい足掻け。救い難い泥濘に堕ちてその高潔な顔が歪み、その穢れない喉が淫らな悲鳴を奏でるのを楽しみにしよう」
 まるで詩歌を謳うように、そして殊更からかうようにゆっくりと言う、美しい獣が獲物をいたぶる以外の何者でもない妖しく底光りする紫の瞳に、ユアンが唇をわななかせた。だがその藍色の瞳は宿る炎を失わず、気丈にフィロネルを睨み返した。
 ​​​──本当に愉しみな玩具だ。
 湧き上がる笑みを抑え切れぬまま、フィロネルはユアンの冷えた汗に濡れる頬を撫でた。

 下半身を覆う下着を短剣で切り裂かれる間、ユアンは屈辱感に震えながら、肌身に迫る刃物への恐怖に何度も息を詰めていた。じきに露わにされた少年の性器は、さもあろう、膨らむこともなく萎え切っていた。
「少しも勃ってはおらんな。このように拘束されることは趣味ではないか」
 分かりきったことを言いながら、フィロネルは無遠慮にその萎えたペニスを掴み、幼子のように柔らかなそれを手の中で揉んでやる。びくとも動けない中で、僅かにユアンが震えた。
 これ以上にないほど開脚させられた下半身をじろじろと見回され、急所を無造作に握られたことに、その全身をおそらくすさまじい屈辱感と羞恥心が駆け巡っているのだろう。ユアンの青白かった肌が、気が付けばその胸元までうっすらと朱に色付いていた。その拳は硬く握り締められ、全身が小刻みに震えている。
 それらの反応のいちいちが、フィロネルには穢れない珠玉を掌中で弄ぶように興味深く愉悦を誘う。
 フィロネルは造り付けの棚から香油壷を取り出し、中に満たされた甘ったるい芳香ととろみのある液体を、少年の下半身にたっぷりと落とした。乾いた肌に潤いを与えるための香油ではあるが、閨で用いられるものは目的が目的なので、幾らかの催淫成分も含まれている。
 何にしても起き上がることもできず、捲り上げられたドレスに遮られて自分の下半身を見ることもできないユアンは、いきなり繊細な場所に降りかけられた得体の知れない感触に、「ひっ」と小さな悲鳴を上げた。
 どこまでこの少年が抗ってくれるかを楽しみにしつつ、フィロネルは寝台の上を動いて、ユアンの横に移った。
 ユアンは先程のように硬く唇も目も閉じて、フィロネルとは逆方向に首を曲げる。
 男色は知らなくとも、性の悦び自体を知らぬ年齢でもないだろう。健康な身体であるほど、弄られればどうあっても男性は反応する。それが既に生理現象であろうと、状況が状況であるだけに、ユアンにはそれを自分に対する言い訳にはできないだろう。
 それを思うだけで子供のように高鳴る自分の鼓動さえ、フィロネルには可笑しかった。
 先程までと違い、ユアンの胸板は屈辱のあまりうっすらとした薔薇色に染まっている。そこに顔を伏せてねっとりと舌を這わせながら、フィロネルは片手を少年の股間に伸ばして弄び始めた。
「っ……、……ッ」
 無遠慮なフィロネルの手つきに、ユアンが囚われた四肢を強張らせた。がっちりと食まされた拘束のために身動きはかなわないが、ほんの僅かに身じろぐくらいはできる。
 少年の股間とフィロネルの手は、ぬるぬるとした香油にまみれている。それを揉み込むように動かされる手に、少年のペニスは少しずつ反応を見せ始めた。それと共に、フィロネルの舌と唇に弄ばれている乳首にも、次第に膨らみが生じ始める。
 嘗め転がす舌や食む唇に、はっきりとユアンの乳首が大きさと硬さを増してきていることが伝わってきた。唇を離してみると、少年の汗とフィロネルの唾液に濡れたそこは、明らかに赤みを強めて充血しつつあった。なまじ片方の乳首は放置され小さいままだから、その変化は顕著に見て取れた。
 少年の股間も、どうにもならないのだろう熱をあからさまに持ち始めている。ペニスもその下の袋も、手応えと質量を明らかに増して、フィロネルの手にその体温と重みを返してきた。
 少年は時折びくりと身を震わせるものの、無様で惨めな声など上げてたまるものかというように、ぐっと奥歯を噛み締めている。その身体は反応しつつはあるが、身動きできない中で全力で抗っていることを示すように、まだその昂ぶりは抑えられていた。
 その抵抗がむしろ小気味よく面白く、フィロネルは濡れた唇を笑みの形に変える。
 反応し始めてしまった以上どうせ最後まで抗い切れるわけがないのだから、それまでの過程を存分に愉しませてもらおう。


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