cats and dogs

‐original BL novels‐



秘戀 -中-

   § : 『INDEX/小説紹介』
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 夜光にとって巳汐は、義理の親である長以外に、初めて親しい関係を築くことのできた相手だ。
 知り合った最初の頃は叱られてばかりで、にこりともしない巳汐のことを、正直怖いとも思っていた。けれど巳汐の淡々とした態度の裏には、場当たり的ではない優しさがあることも、接するうちに少しずつ理解するようになった。
 夜光は育ち方が少しばかり特殊であったが故に、人との距離をうまく測れず、どうしても引っ込み思案で、歳の近い友人らしい友人も作れずにいる。心を許し寛げる相手というのは、数えるほどもいない。
 そんな夜光にとって、巳汐は尊敬できる先達者であり、友人だなどと思いあがったことはとても言えなかったが、特別に慕わしく感じる相手だった。
 座敷から下がってしまえば、素の夜光は口下手で、思ったことを言葉にすることもうまくできない。でも今夜ばかりは、せっかく気にかけてくれて訪ねてくれた巳汐の為に、夜光は精一杯にあれこれと考えて喋った。巳汐が去ってからの一年、終の涯や最玉楼であったこと。たいした話でもなかったけれど、夜光自身にあったこと。
 とりとめもない話でも、巳汐は穏やかに相槌を打ち、夜光が何かに悩んでいるといえば、真摯に耳を傾けてくれた。最玉楼にいた頃はひやりとした近寄り難さの方がまさっていた巳汐が、こんなふうに寛いだ表情を見せてくれることは、嬉しいと同時に、巳汐が去ってからもう一年になるという時間の流れを感じさせもした。
 ゆるやかに時間は過ぎ、酒の力も借りたおかげで、そのうち夜光の緊張もすっかり緩み、巳汐と談笑するうちに素直な笑い声を立てるようになっていた。


 どれほどの時間が過ぎた頃だろうか。どこかの座敷から遠くかすかに聞こえていた楽の音色もいつの間にか絶え、あたりには儚げな虫の声だけが響いていた。穏やかな夜気に混じるそれは、夜の深さと静けさを際立たせる。
 夜光は珍しいほど、ふわふわと心地良く酔っていた。一人で酒を飲む習慣はなかったし、座敷でもすすめられなければ、自分からは口にしない。酔ってしまったら仕事にならない、というのもあったし、夜光を酔い潰させようとした客に限度を越えて飲まされたこともあり、どちらかというと座敷での酒に良い印象もなかった。
 だが今夜は、やけに快い酔いだった。久し振りに巳汐に会えたこと、巳汐が思っていたよりも気さくに接してくれたことが、夜光の心をほぐしていた。
 自分で自分の感情を把握することも苦手な夜光だが、ふわふわとした酔いの中、妙にひとごとのように納得していた。自分は本当に、巳汐のことが好きなのだ。長はもう別格だけれど、夜光のことをきちんと見てくれて、夜光にとって良かれということを真剣に考えてくれた人。花として人気があってとても優れていたことや、何より溜め息が出るほど綺麗であることにも憧れがあった。
 いい加減話すことも尽き、けれど夢見心地のまま、夜光はにこにこと、酔いに赤みを増した頬を綻ばせていた。
 その様子を眺めている巳汐の目許も、最玉楼にいた頃とは別人のようにやわらいでいた。夜光と膳を挟んで斜向かいに座った距離は、意外に近い。ふと、巳汐が長い腕を持ち上げ、まさに手の届く位置に座っていた夜光の乳白色の頭を、優しく撫でた。
「おまえは可愛いですね、夜光」
「……そうですか?」
 普段であれば、言われ慣れない言葉に真っ先に困惑していただろうが、ほどよく酔いのまわった夜光は、きょとんとして首を傾げた。夜光は花として勤めてはいるが、他人にふれられることは、本当は好きではない。でも巳汐にふれられることには抵抗がなく、髪を撫でてくれるその掌を心地良く感じた。
「ええ。おまえはあまり器用ではありませんが、その分人より努力する。誠実で懸命で、それが妙に人を安堵させる」
 行灯の明かりに照り映えた巳汐の露草色の髪に、夜光はぼんやりと見とれていた。本当になんて綺麗な人なんだろう、と、どこか遠くでその声を聞きながら思う。巳汐の長い睫毛に縁取られた切れ長の蒼い瞳に、夜光は引き込まれてしまいそうだった。
「おまえを愛でても良いですか?」
 すっかり見とれてしまっていたから、巳汐が何気ない言葉の続きのようにそう言ったことも、夜光は数秒の間聞き逃してしまっていた。
「……え……?」
 言われたことの意味を掴みかね、夜光は紫色の瞳をぱちりと瞬かせた。巳汐はどこか悪戯含みのように目許を笑ませると、ほっそりはしているが夜光に比べたら大きな掌を、その乳白色の髪から酔いに火照っている頬にすべらせた。
 急に頬にふれてきた巳汐の指先に、夜光はびくりとして、今度こそ目を見開いた。思わず動けなくなったその目の前に、巳汐が息を呑むほど艶めいた顔を近付けた。
「おまえを愛でて良いですか、夜光」
「えっ……」
 突然至近に近付いた巳汐の顔と、吐息のかかりそうな距離に、何よりその言葉の意味を飲み込んだ途端、夜光は心臓が飛び上がるかと思った。酔いも吹き飛ぶほど驚愕し、だが驚きすぎて、咄嗟に身動きもできなかった。
「な、な……なにを……そ、そんなつもりでいらしたわけではないのでしょう?」
 夜光はやっとのことでそう言ったものの、頭の先から指の先まで我ながら瞬く間に赤くなってしまった。巳汐はそんな夜光の動揺もまた楽しむように、夜光の関節の浮いた細すぎるほど細い手首を、実に然り気ない仕種で捉えた。
「ええ。ですが、おまえがやけに可愛らしいものですから。そんな気になってしまいました」
 涼しい顔で当たり前のことのように言われ、夜光は何をどう返せばいいのかも分からず、口をぱくぱくさせた。
「あっ……あの、でも……」
 巳汐のことは確かに好きだが、かつて勤めのために性技のあれこれを仕込まれた経験があったからこそ、夜光は個人的に肌をふれあわせるようなことなど考えたこともなかった。だが、巳汐のことは嫌いではない。むしろ憧れ慕う感情しかない。
 夜光がうろたえて動けないうちに、巳汐はくすくすと笑いながら、その薄く華奢な身を引き寄せて、自分の膝の上に移動させてしまった。
「厭なのであれば、やめておきますよ」
 後ろ向きに引き寄せ、背から軽く抱えるようにした夜光の首筋に、巳汐が後ろから乳白色の髪を持ち上げて唇をあてた。ふざけるような軽い仕種だったが、すっかり緊張して手脚を硬くしていた夜光は、肌も過敏になっていた。びくり、と思わず震えてしまい、背中越しに巳汐の体温を感じて、かあっと頬が熱くなった。
「い……いやだなんて……」
「厭、ですか?」
 夜光の白すぎるほど白い首筋に繰り返し唇を当てながら、落ち着いた声音で、巳汐がもう一度問いかけた。
 過去に世話になり、憧れと好意しかない人にそんなふうにされてしまっては、ますます夜光は身動きができなくなってしまった。巳汐はからかうように笑ってはいるが、背中ごしに感じる体温も、ゆるくまわされた腕も、とても優しい。本当に久し振りに肌身にふれてきた巳汐の唇は、以前と変わらずに少しひやりとして、ふるりと身震いしてしまうほど感触が良かった。
 巳汐もまた性の歓びに奔放な妖であり、誰彼構わずではないものの、その気になれば好む相手と躊躇いなく戯れる性分だ。それは妖という種のものにとっては珍しいことでもなく、妖の街である終の涯で花として勤める夜光も、それは承知していた。承知はしていたが、まさか巳汐から自分がそういった対象として見られることがあるなど、考えたこともなかった。巳汐に比べたら夜光などまだまだ未熟で幼くて、とてもそんな相手としては考えられないほど物足りないばかりだろうと思っていた。
「い、いやでは……ありません……でも……」
 厭ではない。それだけは自分でも分かっていたし、拒絶してもし巳汐の不興を買ってしまったら、とも考えて、夜光はやっと返事をした。拒否したところで巳汐は怒ったりしない、と頭では分かっていたが、好きだと思える人が少ないだけに、夜光はその数少ない相手からもし嫌われてしまったらと、考えるだけで怖かった。
 思わず自分を庇うように手脚を縮め、夜光は頬を染めたまま、ぎゅうと強く目を瞑った。
 夜光を膝に乗せて背から抱きかかえているだけに、巳汐にもその緊張や細かな震えは伝わった。巳汐はそれを咎めることもなく、強張りをやわらげるように夜光を腕の中に入れたまま、その白い首筋に優しい口付けを繰り返した。下手に痕などつけては仕事に差し支えると分かっている巳汐は、夜光の首筋に落ちかかる乳白色の髪を指でよけながら、柔らかな唇を何度も押し付け、可愛い形をした耳を甘噛みする。少しずつ夜光の襟をはだけさせ、繰り返す口付けのうちに、ぺろりと舌を這わせたりもする。
 じっと手脚を縮こめていた夜光だが、密着した位置にいる巳汐から繰り返し与えられるその優しく色めいた仕種に、次第に力が緩み始めた。繊細な刺激に、思わず声が洩れそうになる。いつの間にか薄い肩がすっかり覗くほど着物の襟がはだけられており、首筋からうなじに、肩先にまで、背後から巳汐の唇が這わされていた。温かく濡れた舌が素肌をなぞると、夜光はひくりと身を震わせた。
「……おまえの肌に最初にふれたのは、私でしたね」
 少しずつ夜光の緊張がゆるみ、手脚から力が抜けてきたのを見計らったように、巳汐がその耳元に囁きかけた。
「そ……そんな……こと……」
 囁かれた途端、夜光の全身にざわっとあやしく性感を騒がせる鳥肌が生じた。かつて巳汐から閨の手ほどきのために身体を開かれた記憶が、いちどきに夜光の中に甦り押し寄せた。たちまち今まで以上に、耳朶から首筋まで、夜光の真白い肌が朱に染まった。
「……あっ、」
 そこにするりと、巳汐のほっそりした手が、夜光の着物の前襟の下にすべり込んだ。咄嗟に夜光は声を飲み込んだものの、薄い胸板をなぞり、そこにあった突起を的確に摘み上げた巳汐の指先に、思わず唇から甘やかな吐息が零れ出た。
 巳汐に後ろから口付けられるうちに、夜光の胸元の突起はすっかり充血して尖っていた。指先に返った硬く顕著な感触に、巳汐がまた小さく笑う。その笑い声に、夜光はいっそう恥ずかしく頭が熱くなったが、止まることのない巳汐の指に、しきりに唇から零れる吐息を止めることもできなかった。
「……っは、……み、巳汐さま……」
 巳汐は夜光の薄い身体をゆるく腕の中に閉じ込めたまま、その胸元で尖っている二つの粒を弄ぶ。きゅっと摘まれ、指の腹で押し付けるように転がされ、やんわりと揉まれ、夜光はそのたびに胸元から生じる甘い刺激に、ひくりひくりと反応した。時々吐息に混じって濡れた声が洩れてしまい、そのたびに慌てて声を抑えて奥歯を噛みあわせた。
 花として名を馳せていたばかりではなく、かつてもさんざん夜光を啼かせて性の歓びに目覚めさせた巳汐の愛撫は、この夜も簡単に夜光の身体をとろけさせた。いつの間にか夜光はぐたりと巳汐に凭れかかり、すっかりはだけられてしまった着物を掻き合わせることもできず、耳朶や首筋にふれてくる唇に、巧みに胸元を弄る巳汐の指に酔いしれていた。
 だが、巳汐の愛撫が巧みなだけに、どんどん身体が昂ぶって物足りなくなってゆく。胸元から腰にじんじんと伝播してゆく熱く甘い疼きに、夜光はたまらず、乱れかけた着物の下で内腿をすり合わせ、細い腰をもじもじと動かした。
 巳汐に当然、それが分からぬわけがない。むしろ夜光がたまらなくなるのを待っていたのだろう、その手が伸びて、着物の上から夜光の既にふくらんでいる股間にふれた。
「っあ……!」
 布越しとはいえ、とっくに膨張して滾っていた繊細な場所にふれられ、夜光は腰を跳ねさせてしまった。思わず出てしまった声に口元を押さえ、夜光は恥ずかしさにきつく目を瞑った。
 巳汐はそんな夜光の様子に、その震える耳朶を軽く噛みながら、低く含み笑う。巳汐の手があくまでも優しく、だが着物の下で屹立しているものの形をねっとりとなぞるようにさすり、夜光はますます小刻みな呼吸を吐いた。
「もうこんなにしているのですか。はしたない子ですね」
「ご……ごめんなさい……」
 あまりに恥ずかしくて、けれど耳元や首筋を這う巳汐の唇が、乳首を弄る指先が、股間をなぞり続けるその掌があまりに気持ちが良くて、夜光はきつく閉じた眦に涙を浮かせた。淡い灯かりとはいえ、行灯の光に自分の身体の顕著な反応が照らし出されてしまっていることも自覚している。むしろ陰影をあやしくゆらめかせる光源は、汗ばんでくねる素肌を殊更に淫靡に浮かび上がらせることも分かっていた。自分がすっかり反応してしまっていることを偽れず、かといって巳汐の顔を見る勇気も持てず、夜光はただ目を閉じたまま小刻みに震えた。
「冗談ですよ。そんなふうに素直なところが、おまえは可愛いのです」
 耳朶まで真っ赤に染め、涙すら浮かせて心底から恥じらっている夜光に、巳汐が小さく笑った。その唇が、うっすらと汗を浮かせている夜光のこめかみに口付けた。
 夜光の見せる、淫らに反応しながらもいつまでも褪せない初々しさが、巳汐にとってもまるで甘い媚薬のようだった。夜光自身は自覚もなく計算もしていないだろうが、夜光が反応を抑えて恥じらうほど、その様は対する者を煽る。堪えながら繰り返される吐息の乱れが愛らしく、それ故にいっそう、そこに時折混じる小さな濡れた声が際立つ。夜光が抑えて抑えて、ついに抑え切れなくなったときに花開かせる痴態は、啼かせる側の征服欲を殊更にくすぐり、格別に甘美でもあった。
 あけすけな者と交わるのもそれはそれで楽しいが、夜光のような奥ゆかしい趣きもまた悦い。巳汐は夜光の股間のふくらみを撫でながら、その耳元にやんわりと囁いた。
「ここもこれから、たっぷりと可愛がってあげましょうね」
「あぁ……い、いや……」
 あからさまな言われように、夜光がますます瞳に涙を滲ませ、目許を真っ赤にしたまま唇をわななかせた。だがその股間は、煽られたように、あるいは期待をいや増してゆくように、ますます硬く張り詰めてゆく。その様をはっきりと掌で感じ取りながら、巳汐は笑った。
「おや、厭なのですか。それならば、ここまでにしておきましょうか?」
「そんな……」
 囚われた小鳥のようにふるふると震えながら、夜光が喉を喘がせた。
 その紫の瞳があやしく揺らめき、折れそうに細い腕が伸ばされる。夜光は巳汐の首に腕を絡め、衝動に勝てなくなったように、自らその唇に唇を押し付けた。さすがに夜光から巳汐の唇を割って舌を差し込むことはできず、唇を合わせただけで精一杯だったが、それだけでも心の臓が破裂しそうなほど勇気が要った。
 夜光は巳汐の首に縋るように抱きついたまま、その深く美しい蒼玉色の瞳を、切ない熱と潤みを帯びた瞳で見上げた。
「……意地悪を、仰らないで下さい」


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