cats and dogs

‐original BL novels‐



花霞に潤む月 (一)

   § : 『INDEX/小説紹介』
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【26,500文字、読了時間約53分】
和風/ファンタジー要素あり/蓬莱/半人半妖/青年/親馬鹿/新婚さん/ほのぼの/甘々/溺愛/浮気冤罪/襲い受け/緩めの拘束/
蓬莱の片隅で、ささやかながら満たされた生活を始めた、半妖の若者・夜光の小話。
「月の鏡に落ちる雪」の後日談…というほどでもありませんが、先のお話がシリアスすぎ、またお話が冗長になりそうだったことから分離させた部分です。



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 満ちかけた月が流れる薄雲に覆われ、また顔を出す。明るくなり暗くなりをゆっくりと繰り返す青白い光が、障子を格子状にほんのりと透かす。
 月明かりに浮かび上がる薄い背が、夜気に蕩けるような吐息と共に緩く反った。染みひとつない練り絹にも似たすべらかな肌は、水晶の珠のような汗を浮かべて、儚い月明かりを弾いている。
 強く抱き締めれば折れてしまいそうな肉付きの薄いその身体を、葵は背後から覆い被さるように両腕に閉じ込め、一糸纏わぬ華奢な肩に口付けた。
「……っは……ぁ」
 褥(しとね)にうつ伏せ、軽く腰を浮かせた格好の夜光の唇から、細い、けれど官能に浸された声が零れ落ちた。
 乳白色の睫毛は涙とも汗ともつかぬ雫を宿して湿り、華奢な首筋や肩に、睫毛と同じ色の汗に濡れそぼる髪が乱れ散っている。その頼りなげな白い身体は、腰の奥に愛しい葵のものを深く受け入れていた。
 葵はあまり腰を動かすことはせず、だが夜光が身体の軸に灯る熱をじりじりと炙られ続ける程度には、緩く後ろから揺すっている。
 ぴたりと僅かな隙間もないほど密着した互いの素肌と体温が、眩暈がするほど心地良い。夜光の指は力なく褥の敷き布を握り締め、ただただ夢見心地に、葵の仕種や、身体の奥に埋め込まれたもののかたちや熱さを味わっていた。
 背後から抱き締めてくる葵の唇が、夜光のなめらかな肩に、尖った肩甲骨に、なよやかな背筋に伝い、朱い痕を刻みながらちくりとした痛みを与える。そのたびに夜光の肌の下で熱い血流がざわめき、薄く開いた唇が潤んだ溜め息を落とした。
「あ……ぁっ」
 背後から腕をまわされ、剥き出しの胸元の粒を捏ねられると、夜光は思わず汗の伝う細い頤(おとがい)を持ち上げた。
 熟れた実のように朱く膨らんだ夜光のそこは、葵の指の間で柔らかく従順に形を変える。揉み転がされ、引っ張られ、摘まれた頂を爪の先で掻かれるそのいちいちに性感の漣が走り、夜光は小刻みに身を震わせた。
 今夜は二人はもう既に一度激しく求め合い、今は性急さはひとまず鎮静していた。しかし強く達した後で感度の高まった身体には、互いに繋がったままの腰の奥から指先にまで、冷めやらぬ甘美な熱が籠もり続けている。それは情熱的な激しさではないが、しっとりと身体の芯にまで、甘やかな熱と愛情が沁み渡るようだった。
 夜光は長く遊郭で「花」として務めてきたが、こうした深く優しい交わりは、葵にふれられるまで知らなかった。強く求められることも嬉しいけれど、こうやってゆっくりと互いの熱や存在を感じ合うことにも、切ないほどの無上の歓びが湧き上がってくる。
 あまり大きく動かない分、葵は指で、唇で、丹念に夜光にふれた。夜光の乳白色の髪が掻き上げられ、首筋やうなじに、幾度も唇が押し付けられる。耳の付け根に舌が這い、優しく耳朶を噛まれながら、様々な愛の言葉を囁かれる。夜光の骨から細い腿や胴まわりにも葵の掌は遊び、小さな可愛らしい臍をくすぐられると、夜光は薄い腹をさらにへこませて引きつった。
 白く薄い肌は敏感に反応し、けれどそこまで強く性感を責められることはなく、その優しい愛撫は夜光をゆるやかに陶酔させた。何も考えずに、ただうっとりと葵の愛情と仕種にすべてを預けていられることが、言葉にならないほど倖せだった。
「あっ……」
 ゆるやかに重ね合わせた腰を揺らしているうちに、また少しずつ、葵の動きが熱を帯び始めた。夜光の下腹の中を、そこに埋め込まれていた熱い杭のような葵自身が、次第に大きく穿ち出す。夜光の中もすぐさま敏感に反応し、葵を受け入れた狭い肉壁が収縮した。
「はっ……あ、あ、ッ……」
 たちまち夜光の下半身に強い快感が滲み出し、葵を受け止めるために細い四肢に力がこもった。己の中を穿つ硬いものに、勝手に粘膜が蠢動し、熱く絡みついてゆく。後ろから首筋に噛み付かれて痛むほど吸われ、充血した乳首を強めに弄られると、いっそう夜光の奥はひくついて葵を締め上げた。
「あ、あおい……あ、ぅ……っ……」
 ぐちゃぐちゃと淫らに湿った音が下半身から立つのを聞きながら、夜光は褥に頬を押し付けて咽んだ。どうしようもなく感じてしまう身体の奥の箇所を繰り返し衝かれ、濡れた粘膜が擦れ合うたびに、全身がひくついて新たな熱い汗が肌の上を伝う。頭のどこかで、こんなにはしたない声を上げてはいけないと思いはするものの、もう甘い喘ぎが喉をつくことを止められなかった。
「あッ……そこは、だめ、ですっ……だ、だめ……っ」
 そのうち、揺すられるたびに夜光の股間で揺らめいていた陰茎に、葵の手が伸ばされた。夜光のそこもすっかり上向いており、膨れた先端からはしとどに蜜があふれ出していた。熱を持ち重みを増したそこを握られ、首をもたげた先端の鈴口を指先で捏ねられる。ぬめりを塗り付けるようにしながら掌で扱かれると、葵に組み伏せられた夜光の細腰がびくびくと跳ねた。
「あッ、だ、めッ……だめ、あ、あぁあっ」
 身体の奥と股間と、灼けるほど熱く蕩けた二箇所を同時に責められ、夜光は悲鳴を上げた。葵に穿たれ捏ねられる肉の内側からの、ぐちゅぐちゅと淫靡な水音が鳴り止まない。夜光の普段よりも大きく膨れ上がって灼熱する蜜まみれの陰茎を、絡みついた葵の指や掌が、夜光が堪え切れずに啼くのを楽しむように嬲る。
 燃え上がる芯から身体を浸蝕し、絶え間なく駆け巡る快楽が強すぎて、夜光は声を抑えておけなかった。褥にうつ伏せてただ必死で堪える淡い色の唇が、喘ぎながらしきりに乱れた息を継いだ。
 花であった頃は、よほどでもなければ気をやることを抑制出来た。だけれど葵と肌を重ねるようになってから、夜光はそれがまったく出来なくなってしまっていた。葵に愛されている、葵が今自分にふれていて、滾った葵が自分の中にいると思うと、理性がどこかへ消し飛んでしまう。それどころか、もっとふれてほしい、もっと抱き締めてほしいと、際限なく葵に向かって衝動が奔ってゆく。
「……夜光」
 下腹のもっとも悦い場所をひときわ強く衝かれ、熱く上ずった声で名を呼ばれて耳殻を舌でなぞられた瞬間、夜光の箍が弾けてしまった。突き抜けるような嘉悦の戦慄が走り抜け、全身が引き絞られるように痙攣する。かすれた悲鳴を上げながら夜光は達してしまったが、下腹の中の葵自身はまだ硬く熱かった。痙攣する狭い中にそれを感じると、肩で息をしながら、夜光は悩ましい吐息を零して身を捩らせた。
 反応し続ける身体はもう苦しいほどなのに、尚いっそう貪欲に、身も心も引きずり込まれるように行為に溺れてゆく。
「あ……あおい……どうか……もっと……」
 ようやく途切れがちに訴えると、葵が両腕で息も止まるほど夜光を抱き締めた。葵もまた、夜光を求める言葉を、耳元に口付けながら囁いてくれる。その何もかもが嬉しくて、夜光は紫色の瞳から涙を滲ませた。
 灼熱した身体の奥をさらに突き上げられ掻き回され、夜光は次第にわけが分からなくなりながら、腰も脳髄も蕩けるままに身悶えて葵に縋り付いた。言葉ではなく身体で、悦びのまま心ゆくまで愛しい人とふれ合うことに、何もかもを忘れるほどの幸福感と共に耽溺した。
 こんなふうに誰かを愛することができる自分を知ったことが嬉しく、愛されるということはこんなにも快いことなのか、と思えることが嬉しかった。
 互いに乱れた呼吸のままに唇を合わせながら、夜光の眦から、幾度もあたたかな涙が伝い零れた。

 自分の腕の中で、身体の下で、憚ることなく歓びに打ち震える夜光の姿に、葵の中にもとめどない愛しさがあふれてやまなかった。
 終の涯の海辺で、行き違った心を抱えたまま初めて夜光と身を重ねたときのことを、今もはっきりと覚えている。あのときの、砂の上に倒された夜光の儚い美しさと涙。身を切られるような哀しみと痛み。あの夜のことは、この先どれほど生きることになっても、決して忘れることはないだろう。
 それだからこそ尚更に、今こうして夜光が心からの悦びにすべてを明け渡して歓喜に震える様が、大切で愛しくてならなかった。
 そして同時に、こんなふうに強く心から誰かを愛しいと思える自分がいることにも、葵は少し驚いていた。
 終の涯に流されて夜光と知り合う前、葵は小なりとはいえそれなりに豊かな国の主の直系として生きていた。世が不穏に乱れてゆく中で領主である父が死に、猜疑心と権勢欲の強い兄の敵意と殺意が、それを契機に一気に葵に牙を剥いた。
 今にして思えば、それ以前から、葵はどこかで漠然と自分の未来を予感していた。世の中では血を分けた者同士の骨肉の争いなど珍しくもなく、自分もいずれ兄に殺されるのだろうと思っていた。
 それだから、妻を娶ることもせず、子をなすこともしなかった。自分の血を引く子が将来的にどうなるのかを考えると、とてもそれを望むことはできなかった。
 常に笑って気ままに過ごしながらも、葵はどこかに投げやりな虚無を抱えたまま、しばしば春をひさぐ女性と戯れた。だが万が一のことを考えると、自然と戯れる相手に男性を選ぶことが増えた。性の戯れにおおらかな時代は、皆単純な好みだけで相手を選び、性別に拘る習慣も持たなかった。
 恋をしたことはあるが、慕情のままに誰かと肌を重ねることもしなかった。自分の未来に待ち受けることを考えると、誰かに想いを告げようとも思わず。葵にとって、身体の快楽とはまさに戯れであり、成人男子であれば当然の嗜みのひとつでしかなかった。
 それだから、こうして「愛しい」という想いのままに睦み合うことがどれほど深く倖せであるのか、それを識ったのは、家柄に関わるしがらみから解放された後。それまで人の世で生きてきた葵としてのすべてを失い、終の涯に流されて、夜光に出逢ってからのことだった。
 青白い月明かりに浮かび上がる夜光は、何度も繰り返して気をやったことで、すっかりぐったりと褥に身を沈めていた。しどけなく投げ出された四肢や朱みの残る頬に、とろりとした名残りの色香を纏わせている。その無防備で嫋やかな夜光の姿が愛しく、葵は知らず微笑んでいた。
 もう、只人であった頃の葵は死んだ。それを苦しく哀しく思う気持ちもまた、心の根に突き刺さった楔のように、きっといつまでも消えることはない。
 だが一方で、何もかもを喪ったはずの葵の手の中には、誰よりも愛しいと思える唯一人の存在が残った。命をかけてもいいと思えるほど大事な存在が残った。
 葵が目許をやわらげていると、てっきり眠ってしまったかと思っていた夜光の白い瞼が動いた。
「……何を考えておいでですか」
 色の淡い唇が、嗄れるほどに喘いだ後の、妙に色っぽく聞こえる掠れた声で訊ねてくる。眠たそうに優しく瞬いた乳白色の睫毛に、葵はいっそう微笑した。こみ上げる愛しさのまま、投げ出されていた夜光の細い手首を取り、その内側に口付けた。
 官能の名残りをくすぐる仕種と感触に、夜光が僅かに腕を震わせた。まだ火照りを残したままの、しっとりと汗ばんだ夜光の白い身体を、葵は両腕の中に引き寄せて抱き締めた。
「おまえに逢えて良かった、と考えていた」
 睦み合う中での甘く抑えた囁きではなく、明瞭で真っ直ぐな葵の声音に、夜光の頬が赤らんだ。
「そ……そうですか……」
 宝玉よりも美しい紫苑の色をした瞳が、間近から戸惑ったように瞬いて葵を見返し、そらされる。夜光の目の縁を染めるうっすらとした朱は、青白い月明かりだけの中でも、肌色の白さのせいでよく映えて見えた。
「そうだ。おまえに逢えたから、俺は今こうして、生きて倖せだと思える。おまえに逢えて良かった、夜光」
 抱き締めた夜光の身体はいかにも細く、肌は極上の絹のように心地良く柔らかいが、肉が薄くて関節に浮いた骨が固かった。そんな儚いような抱き心地もまた、ずっとふれていたい、抱き締めてやりたいと葵に思わせる。
 葵の腕にすっかり抱き込まれた夜光が、しきりに瞳を瞬かせ、けれど直に己を包み込む葵の体温に、次第に戸惑いを緩めるように力を抜いていった。
 夜の冷気は、寝床のまわりに巡らせた帷幕(とばり)がかなり防いでくれてはいたが、徐々に汗がひいて肌も冷え始めていた。完全に身体が冷えてしまう前に、葵は腕を伸ばして上掛けを引き寄せ、夜光を抱き寄せたままその下に潜り込んだ。
 暗く暖かな蒲団の中にもぐってしまったことで、夜光は何か落ち着いたらしい。蒲団の中で、夜光は葵の引き締まった裸の胸元に頬を寄せた。
「……私も。おまえさまに逢えて、良かった……葵」
 顔を見せぬよう、恥ずかしそうに小さな声で囁いた夜光に、葵はその様が嬉しく可愛らしくてまた笑った。自分の胸元に顔を埋めるようにしている夜光の額を、指で探る。乳白色の髪の間に白銀の小さな角を見つけ出すと、葵はそれに優しく口付けた。
 この一対の角は、夜光の哀しい記憶に繋がるもの。夜光が完全な人でも妖でもなく、半妖という曖昧なあわいの上に在ることを証し立てるもの。
「葵……?」
 角に口付けられたことを感じたのか、夜光が不思議そうに瞳を上げた。その顔をよく見たくて、葵は夜光の頭にかかった上掛けを少し退ける。ほんのりと頬が色付き、月明かりの加減か瞳が潤んだように見える夜光は、どこか泣き出しそうにも見えた。
 葵は再び、夜光の額に見える角に口付けた。左右それぞれに、そっと一度ずつ。そして夜光の細い身体を、また両腕に抱き締めた。
「愛している、夜光」
 耳元に囁かれた夜光が、ますます顔を隠すように葵の胸元に額を押し付けた。肌に直接ふれてくる夜光の頬が、暖かな雫で濡れているのを感じた。
「……私も……です…………嬉しい……」
 やがて蚊の鳴くような声で呟いた夜光に、葵は頷きながら、その乳白色の髪を飽きずに撫でてやった。
 青白い月明かりに、葵の指に絡んだ夜光の髪は白く淡く透けるように輝き、この世のものではないように美しかった。


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