cats and dogs

‐original BL novels‐



夜明けまで (十一)

   § : 『INDEX/小説紹介』
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 臥所に入ってしまうと、あたりには虫の音が響くばかりの静けさが満ちた。
 障子を通していても眩しいほどの月光に、葵は一度は瞑った目をまた開いてしまった。
 夜光はそこにいるのかと思ってしまうほど気配もなく、横になって背を向けた姿勢から少しも動いていなかった。ほんのささいな布が摺れる音でさえ耳につくほどの静けさの中、ほとんど息遣いも聞こえない。
 だがひとつの寝床にいれば、ふれていなくても互いの体温は感じた。もともと夜光は眠るときも静かだったし、すぐ寝入ってしまうほど疲れていたのだろうと思った。
 自分も眠らなければとまた瞼を閉じたとき、葵はごくごく小さな、溜め息にも似た震える息遣いを聞いた。
「……夜光?」
 見ると、夜光は変わらず微動だにしていなかった。
 気にするほどのことでもなかったか、と葵が思いかけたとき、また小さく抑えられた震える吐息が洩れ聞こえ、上掛けの下で細い肩が震えた。
「夜光。起きているのか」
 泣いている。と気付き、葵が身を起こして夜光の肩に手をかけ、顔を覗き込んだ。いつからそうして泣いていたのか、夜光は口元を押さえ、声を立てずに涙を零していた。
 葵に知られたことで抑えがきかなくなったのか、夜光がはっきりと喉を震わせた。啜り泣く声とともに、震えた声が夜光の唇から洩れた。
「……眠りたく、ない……」
 白い手が顔を覆い、夜光は途切れがちに言葉を続けた。
「もし、これがすべて夢で……目が覚めたとき一人だったら……おまえさまがいなくなっていたら……恐い……」
「夜光」
 思わず葵がその肩を引き寄せると、夜光は思い余ったように、葵の首に両腕をまわして縋り付いた。全身を震わせるように咽び泣きながら、夜光はもうこらえておけないように口走った。
「何度も、何度も、おまえさまの匕首で、後を追ってしまおうと思った……おまえさまがいなくなって、私は……」
 縋り付いてくる細い腕にこめられた力に、夜光の頬に零れる涙の熱さに、その震える声に、葵は夜光がこれまでどれほど自分を抑えていたのかを肌身で知った。
 最玉楼に戻ってからも、夜光は本当はずっと、葵に想いの丈を吐き出して、確かにそこにいると確かめたかったのだろう。だが甦ったばかりの葵のことを慮って、負担になるまい、迷惑をかけるまいと、懸命に飲み込んでいたのだろう。
「……俺はいなくなったりしない。夜光。俺は此処にいる」
 夜光の震えも零れる涙も、指先や睫毛の一筋までもが切ないほど愛おしく、葵はその細い身体を強く抱き締めていた。こみ上げる愛しさのままに、涙に濡れた夜光の唇に唇を重ねていた。
 肌は重ねておきながら、これまではただ一度きり、ごく軽く合わせただけの唇だった。最後の最後まで、互いに互いを想っていることを知らなかったから。そうであればこそ、あのとき葵は夜光のために命を投げ打つ真似をした。
 夜光にもまた想われていたのだと知ったとき、あの最期の僅かな瞬間にどれほど悔やんだことだろう。
 夜光の熱く柔らかく、ひどく甘い唇にふれ、さらに深く重ねてゆきながら、葵はあのときに胸から全身を貫いた激しい悔恨の痛みを思い出していた。
 死にたくないと、あのとき心底思った。もう何もないと思ったからこそ、せめて最後に夜光にやろうと思った命だった。けれど夜光が求めてくれるのならば、夜光のために死ぬのではなく、夜光のために生きたかった。
「おまえを愛している、夜光」
 あのときは死の誓約のような思いで口にした言葉を、心からの熱と生命の脈動を感じながら、葵ははっきりと告げた。何よりも確かで鮮やかな命の炎。尽きることなくあふれてくる愛しさ。涙に濡れた夜光の両頬を掌で包み、真正面からその紫に煌く瞳を覗き込みながら、葵は笑った。
「そうせずにいてくれて良かった。おまえのおかげで、またこうしておまえに逢うことができた」
「わ……私は……」
 その葵の手にふれながら、夜光がしゃくり上げた。
「私は、何もしていないのです……長様と槐が、陵様に頼んで下さっただけで。私は、何も……」
「おまえは懸命に生きてくれた。それだから、皆がおまえのために動いてくれたんだ。何もしなかったわけではない」
 夜光の額に額を合わせ、その熱と震えを、葵は目を閉じて受け止めた。
 自分自身の手で葵の命を奪ってしまった、その後に残された夜光はどんな思いで生きていたのだろう。それは夜光にとって、死ぬよりつらい苦しみの日々だったはずだ。よくもそこから逃げ出さずにいてくれたと、葵は夜光を力の限りに抱き締めてやりたかった。
「独りにして、哀しませてすまなかった。俺は何処にもいったりしない。これからはおまえと共に生きよう、夜光」
「あ、あお、い……」
 涙声でその名を呼びながら、夜光が葵に細い指で縋りついた。
「わ、わたし、も……葵と、なら……生きられる……」
 今度はどちらからともなく、求め合うように唇を重ねた。深く深く熱い口付けに、夜光の唇から甘い溜め息が零れ落ちた。

「あ、あお……葵……」
 熱く甘い口付けの継ぎ間に、夜光は何度も葵の名を呼んだ。そのうち深く唇をふさがれると、零れる涙をそのままに、夜光は葵の身体をただ強く抱き締めた。
 半妖の夜光と人間の葵とでは、どうしても夜光の方が寿命が長い。避けようもなく、いつかまた、今生の別れはやってくる。
 だが今は、それは考えたくなかった。もう二度と逢えないと思っていた葵の腕が、今確かに自分を抱き締めてくれている。そのぬくもりを感じて、この身の上に体重を受け止めている。今だけは何も哀しいことは考えたくなかった。今確かに此処にいてくれる、葵の熱だけを感じたかった。
「ん、っ……ん、……」
 息苦しいほどの深い口付けに、夜光の方からも何度も葵の唇を求めた。その唇にふれて、その奥にある柔らかな舌にふれて、飽きることなく絡め合う。
 ぞくぞくと身体の芯から、背筋が粟立った。知らなかった、愛しい人と合わせる唇がこんなに熱く甘いだなんて。ただ身を添わせて唇を重ねるだけで、こんなにも身体が熱くなるだなんて。
「葵……あ……」
 葵の皮膚の硬い掌が、夜光の頬から首筋に伝い、乱れて散っていた乳白色の髪を梳いた。そのまま葵の掌は、愛しげに夜光の首筋をなぞり、何度もうなじから髪を梳く。葵の唇が夜光の唇を離れ、細い顎先に口付けてから白い喉に降りてゆくと、夜光はぞくりと身を震わせた。
「あ、あ……」
 とろけそうな口付けのうち、夜光の細く薄い身体は明らかに熱を宿していた。まさぐるように夜光の身から白い単衣をほどき、その身体を暴いてゆく葵の肌や息遣いもまた、眩暈がするように熱い。
「葵……」
 今こうして自分にふれてくれているのが確かに葵だと思うと、涙が零れた。夜光の眦からこめかみにすべり落ちた涙の雫が、乳白色の髪の中に吸い込まれてゆく。
 こんなことが本当にあるものなのかと、これは夢ではないのかと、どうしてもそれを疑って心が怯えていた。そんな疑いの何もかもが消え失せるよう、これは確かに現実のことなのだと、ふれあう身体と熱で確かめたかった。何を疑う余地もないほどに、深く強く。
 帯をほどかれ、単衣の襟をくつろげられてゆくのに限りなく鼓動が高まって、夜光は自分の上にいる葵の黒髪の頭を優しく抱き込んだ。確かに自分の生身にかかってくる、葵の身体を確かめた。
 嬉しい。葵がこの身体にふれてくれることが。口付けて抱き締めてくれることが、早すぎる鼓動に胸が壊れそうなほど、嬉しい。
「あッ……」
 胸元を撫でていた葵の手が、そこにあった突起にふれた途端、夜光は自分でも驚くほど身をビクリと跳ねさせていた。
「あ、ぁ……そ、こは……っ」
 既に熱く熟れている粒を摘まれ、やんわりと揉まれると、ますます夜光は身を震わせた。腰から背中をぞわぞわと、決して不快ではない戦慄が駆け上がる。それでたまらなく反らした背の下に、葵の大きな掌がもぐり込んだ。腰の付け根や背筋をくすぐられ、そこから追い討ちのように生じた慄きに、夜光は驚いたような悲鳴に近い声を上げた。
 葵は夜光の青白く浮き上がる首筋や鎖骨の上で唇を遊ばせながら、その腰まわりやなめらかな背に手を伝わせながら、その胸元の突起を優しく丹念に指先で揉み転がした。夜光の反応は、あの浜辺でのたった一度きりの契りのときよりも甘やかに顕著だった。肌にふれられ口付けられるほどに、夜光の零す吐息が甘さを増し、乱れてゆく。処女雪の白さを持つすべらかな肌が熱く汗ばみ、うっすらと赤らんで、懸命にこらえようとする濡れた声が唇から洩れ落ちる。
「あ、あおい……あっ……」
 いつしか夜光は、尽きることなくこみ上げてくる愛しさと熱い震えの中に完全に思考をとろけさせていた。自分の身体をまさぐり震わせる、葵のすべてがたまらなく熱く心地良く、愛しかった。
 葵を喪ってから、魂から凍てついたように、身体は完全に冷え切ってしまっていた。もう二度と火がつくことなどないと思っていたのが、信じられないほどに芯から熱い。あの熱く哀しかった砂浜での交わりのときよりも、さらにもっと際限を失ったように燃え上がってゆく。
 いつしか夜光の単衣の着物は完全にはだけられ、呼吸のたびにへこんでは膨らむ薄い腹や、形がはっきりと分かるほど骨の浮いた腰まわりを、ゆるやかに葵の掌が撫でていた。胸元の突起をしきりに指先や唇、柔らかな舌で弄ばれ、感度が高まる一方の素肌を撫でられるうち、夜光はすっかり息が弾んで顎が上がっていた。
 血が集まって滾る身体の中心がひどく疼いて、夜光はあまりに切なくて腰を揺らしてしまった。それに気付いた葵が、愛しげに小さく笑い、腰まわりで遊んでいた掌を夜光の股間にすべらせた。
「ひッ……!」
 すっかり晒されていた股間で滾るばかりだった屹立にふれられ、夜光は柳のような腰を跳ね上げた。
「あ、あ、あ」
 葵の大きな掌が夜光の中心を握り込み、その先端からしとどにあふれていた蜜を馴染ませるように、上下に扱いた。ぬちゅりと湿った水音が自分の下半身から立つのを聞き、夜光は今さらこみ上げてきた恥ずかしさに耳朶が熱くなった。が、それ以上に股間から湧き上がり全身に伝播し始めた快感は鮮烈だった。
「あ、あッ、だ、だめ、ですっ……」
 咄嗟に夜光は葵にしがみ付き、その浴衣を握り締めた。だが葵の手は止まらず、夜光は燃え上がるかと思うほど熱く腰から滲み出す快感に、たまらず喉をのけぞらせた。
「ひ、ひぁッ……あ、あお、いッ……だ、めっ……!」
 かくかくと細い腰がせり上がって震え、夜光の息遣いがたちまち切羽詰る。自分のそこにふれて愛撫しているのが葵の手だと思うと、もう駄目だった。身体の奥から吹き上がるような強烈な痺れが腰を襲い、ひとたまりもなく夜光はそれに呑まれた。こらえることもできずに、葵に縋り付いたまま、夜光は全身を痙攣させて白い熱をしぶかせていた。
「は……ぅ……」
 股間を愛撫され始めてからそれほども経たず、たわいもないほどあっさりと達してしまったことに、夜光は自分で驚いていた。甘すぎる余韻が腰を震わせ、指先まで心地良く痺れている。夢見心地に閉じられた瞼までしっとりと汗に濡れ、幸福感と身を駆ける悦びのあまり零れていた涙が長い睫毛に宿って、青白い月明かりに宝玉のように煌めいていた。
 ぐったりと閉じられたままの夜光の左右の瞼それぞれに、葵が優しく唇を当てた。震えるような吐息をこぼしながら夜光は瞼を開き、すぐ目の前から自分を見つめている、優しく愛しく、そして熱を帯びた顔を見つめ返した。
「おまえさまも……葵……」
 身を浸す快楽に潤んだ瞳のまま、夜光は達したばかりで重い腕を持ち上げ、葵の首にからめて囁いた。
 その囁きだけで、葵は夜光の望むことを察した。それは葵自身の望むことでもあった。
「夜光……」
 熱く甘く葵も夜光の名を呼びながら、その唇についばむように唇を合わせる。そうしながら夜光がおずおずと膝を立て、月明かりに青白く映える細い脚を、葵を迎え入れるように開いた。葵はその腿を掌でなぞり、脚の付け根に向かって降ろしてゆく。
「ん、っ……」
 葵の手が、夜光の染みひとつない真っ白な臀部を撫で、それから秘められていた蕾に辿った。夜光はひくりと反応し、葵の首に腕をからめたまま、こらえるように目を閉じる。葵は夜光の頬や首筋に口付けを繰り返しながら、無防備に晒されたその熱い秘孔に、本格的に指を這わせ始めた。
「っ……ぅ、……」
 先ほど自分が思いもよらぬほどはしたない声を上げてしまった自覚はあった夜光は、なんとか唇を噛み、洩れそうになる声を抑えた。身体の中心から伝っていた蜜は、下まで充分すぎるほど濡らしており、ぬるぬると入り口を慣らすように指の腹でなぞられただけで、夜光の全身に鳥肌がたった。
「あッ……ぅ」
 やがてつぷりと葵の指先が自分の内に入ってくると、夜光は噛み締めていた唇をほどいて、あっけなく声を上げてしまった。
「い、や……いッ………」
 葵とあの浜辺で契って以来、誰にもふれさせていなかったそこは硬く締まっており、強烈な異物感を生じた。指を二本に増やされただけで痛みが走り、だが夜光は奥歯を噛み締めてそれをこらえた。夜光の身の強張りに葵もそれを読み取ったのか、硬い蕾をやわらげるように、いっそうゆっくりと念入りに、指を動かし始めた。
「あ、ふ……ッぁ……」
 少しずつ深くまで抜き挿しされるごとに、夜光の噛み締められていた奥歯が緩んで、苦痛とは違う声が濡れた唇から零れ出した。
 身体の内の粘膜を直接撫でられることには、身体の外を撫でられることとはまた違う愉悦と恍惚があった。そのうち葵の指先が、夜光の身体の奥にある最も悦い箇所に辿り着き、そこを集中的になぞり始めると、夜光はもうこらえておくこともできずに身をよじらせた。
 練り絹のようにきめの細かい素肌に幾度も鳥肌が生じ、珠のような汗の伝う細い喉がのけぞって喘ぐ。身体の中からぐちゅぐちゅと、聞くに堪えないほど淫らな濡れた音が生じ、それが夜光の羞恥心と身を走る悦楽をいっそう煽り立てた。
「あ、あおいっ……も……もう……っ……」
 葵に縋りつき、夜光は懇願するように声を絞り出した。指よりももっと、熱く滾るものが欲しかった。自分から、心と身体が共に餓えるように、狂おしいほど欲しいとこれほど強く思ったのは、初めてのことだった。
 葵ももう限度だったのだろう、熱い情欲の揺らめく眼差しが夜光を射抜き、いきなり唇をふさがれた。貪り尽くされるように舌を吸われ、捏ねられながら、夜光は白い脚をつかまれて広げられる。どくどくと心の臓が脈打ち苦しいほどだったが、背筋を凄まじく走り抜けた快楽への期待が、全身を粟立たせた。
 充分にほぐされた夜光の蕾に、葵の火傷するのではと思うほど熱く硬いものが押し付けられ、みちみちと押し広げて下腹の中に侵入を始めた。
 びくん、と夜光の汗に濡れて光る白い若鮎のような身が跳ねたが、それを葵の腕と深い口付けとが、動けぬように褥の上に押さえつけた。くぐもった嬌声とも呻きともつかぬ声を、口をふさがれた夜光の喉が上げる。びくびくと引きつるその腰の奥まで、やがて葵の滾りはすべて呑み込まれた。
 己の身体の中を割り裂いてきた熱と感触に、夜光は苦痛と同時に圧倒的な歓びを感じていた。あの浜辺での契りとも、また違う。狂おしいばかりに深く強烈であるのは同じだが、あのときは果てた先に訪れるものが胸を掻き毟るようで、歓びと同じほどの哀しみがあった。
「あ、おい……葵……っ……」
 やっと口付けがほどかれ、大きく喘いで空気を取り込みながらも、夜光は夢中で自分の上にいる熱い身体にしがみついて求めた。葵が動き始め、言葉よりも何よりも熱く深くつながったもので、夜光を穿ち始めた。
「ヒッ……ひぃ、あぁあっ!」
 慣らされていたとはいえ、久方振りの行為に、夜光の喉から思わず悲鳴と寸部たがわぬ声が上がった。苦痛のあまりますます葵にしがみ付いたが、夜光は自ら白い脚を葵の腰に絡め、痛みにすら溺れ込んだ。自分の生身の内に葵の脈打つ熱がある、それを思うと、苦痛すらも悦びだった。
 揺さぶられるまま、しかしやがて徐々に痛みはやわらぎ、それにしたがって堪え難いほどの快楽が下半身から浸蝕してきた。身体に宿る炎が、かつて知らないほどの悦楽となって肌の下を駆け巡り、指先にまで自分のものではないような痺れを繰り返し走らせた。
 熱く激しい息遣いが、もはやどちらのものか分からぬまま、二人は貪るように口付けを交わし、熔け合うほどに腰を揺らして押し付けあった。身体の奥も頭の中も灼熱するまま、ただそこにいる、己の命よりも愛しい相手を求め合った。
 全身が絶えず襲い来る悦びと狂おしい熱に翻弄され、夜光はもはや喘ぐだけで精一杯だったが、腰からせりあがる激しい快楽に遂に頂点に突き上げられそうになった瞬間、全身が冷や水を浴びせられたようにびくりと硬直した。
 そこに口を開けていたのは、すべての熱を呑み込むような真っ黒い恐怖だった。達した瞬間に、葵の命をまた奪うのではないかという、既に理屈ではない慄き。
 全身を硬直させ、目を恐怖に見開いてひゅっと喉をひきつらせた夜光に、その刹那のうちに葵が全てを悟った。葵は駆け上がるままに達するその直前、夜光の細い身体を、折れそうなほどに強く抱き締めた。
「……大丈夫だ」
 達することを寸前でこらえ、抑えられた、だがこの上なく優しい声音で耳元に囁かれた言葉に、夜光が瞳を瞬いた。止まっていた呼吸が、大きく吸われて吐き出される。
「あ…………」
 紫色の瞳に涙が滲んであふれ、夜光は葵の熱い身体にきつく抱き付いた。再び燃え上がった快楽の波に、今度は抗うこともなく、夜光は押し上げられるままに高みに導かれた。それとほぼ同時に、自分の身を強く抱き締める葵の力と、身体の奥ではじけた灼熱を、夜光は感じた。
 絶頂の名残りに痺れたまま、ぐったりと動けない夜光の上に、葵は変わらずそこにいた。夜光を強く抱き締めたまま、荒い呼吸を繰り返している。その密着した汗まみれの素肌と体温と、のしかかってくる重さが嬉しくて、夜光の瞳にまた涙が浮いた。
「あ……あお、い……」
 ひくっ、としゃくり上げて呼ばわった夜光に、葵がやっと顔を起こした。汗に濡れて乱れた黒髪を額や頬に張り付かせた葵が、黒い瞳に優しく強い光を湛えたまま、いたわるように笑った。
「此処にいる、と言ったろう」
 夜光は声を発することもできないまま、ただ泣きながら頷いた。葵はそんな夜光に、笑いながら頬に、額に繰り返し口付けを降らせ、乱れて散った乳白色の髪を優しく撫でた。
 ……大丈夫。大丈夫だ。
 その葵の仕種と暖かさを、夜光は目を閉じて感じながら、心の中で繰り返した。
 葵は此処にいる。此処にいてくれる。もうどこにも消えたりしない。葵は確かに、此処にいてくれる。
 夜光は自分の上にいる葵にゆるゆると腕を伸ばすと、精一杯に抱き締めた。涙と想いがあふれて喉がふさがれそうだったが、葵を抱き締めたまま、やっとのことで唇を動かした。
「お慕い……しています……葵……」
 もっともっと、いくらでも愛していると囁きたかったが、喉が震えて絡んでしまい、声にならなかった。
 涙声でやっと告げられた言葉に、葵は滲むように笑って、また夜光を優しく両腕に抱き締めた。
「……ありがとう、夜光」
 自分も愛していると、何度もそう耳元に繰り返してくれる葵に、夜光はそのたびに何度も頷いた。
 身体をけだるく重くする甘い痺れの名残りと、ようやく胸に広がった暖かな安堵と幸福感の中、夜光はまだ少し怯えながらも、ようやく今此処にあるものを受け入れて噛み締めた。
 もう、冷たい暗闇の中を一人で彷徨う夢は終わったのだ。永遠に終わらないと思っていた闇夜は明けるのだ。そう思いながら、抱き締めるように、夜光はもう一度心の中で繰り返した。
 葵は、此処にいる。


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