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‐original BL novels‐



第2話 空音の聲 (2)

   § : 「空咲く花に戀うる君は」 第2話 空音の聲
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 俺、こと秋川優希は、現在高校一年生。お気楽極楽な夏休みの真っ最中。
 でもって現在、中学に上がるまでお世話になっていた、田舎のおじいちゃんちに帰省中だ。
 墓参りにいった翌早朝、俺は自室のふとんの上で、まだ安らかな睡眠を貪っていた。
「ん……」
 早朝の澄んだ空気の中、騒々しいくらいの鳥の囀りが、夢うつつに聞こえてくる。
 夜明け時の空気は適度にひんやりとして、そんな中に何に急かされるでもなくうつらうつら寝転がっているのは、最高に心地良い。
 どこか懐かしい畳の匂いと、ふわりと淡く混ざる薫衣香に、俺はますます夢見心地にな……って。
 ……あれ?
 ごく当たり前の和室で、本来するはずのない香りに、俺は違和感と共に意識を浮上させた。
 ぱちっ。
 目を開くと、仰向けになった視界に映ったのは、頑丈な梁が巡らされた天井。
 昼でも夜でもない、透明な早朝の光が照らしている部屋の中、より詳しく言うと俺が寝転がっているふとんのすぐ横に、違和感を引き起こしたモノはいた。
「おや」
 うっすらと光っているような白い狩衣。透ける琥珀さながらの鮮やかな金色の瞳、青紫の髪という、およそ人間離れした色合い。
 当たり前のような顔で枕元に座っていた扇紫は、柔和な白い顔をにこりとほころばせた。完全に硬直している俺の頬に、ちゅ、と唇がふれてくる。
「おはよう、優希。起きていても眠っていても、そなたは可愛らしいなぁ」
 拍子にふわりと香ったのは、さっき夢見心地にかいだ薫衣の香だった。

「…………う・わああああぁああッ!?」
 自分の叫び声で我に返った俺は、ふとんから転げるように飛び退いていた。ばくばくいってる心臓を押さえ、目を丸くして扇紫を見る。
 神出鬼没な上に、何故か知らないがやたら俺のことを気に入ってる扇紫が、どうやら断りもなく人の寝込みに出没したようだ──というのは、なんとか理解できた。が。
「おまッ……お、おまえ、そこで何してんのっ?」
 他人と一緒になんか眠れないし寝顔だって当然見られたくない俺に、てかうっすら頬にその、ま、またキスされた感触が残ってるしっ、朝っぱらから何してんだよこいつは!
 そんな俺を見て、扇紫は子供みたいにけたけた笑っている。こいつはそんな笑い方をしていても、あくまでおっとりと品良く見えるから腹立たしい。
「優希は寝起きが良いなぁ。だがなあ、せっかく起き出すまでに余裕があるのだから、もう少しゆっくりしていても良いのだぞ」
 寝起きが良いとかどうとかって問題じゃありませんから、これ。
 っていうかこいつ、いつからここにいたんだよっ。
「いきなり枕元でビビらすおまえに言われたかないわ……」
 やっと心拍数が落ち着いてきて、深々と嘆息しながら、俺は上目に扇紫を睨んだ。
 幸いおじいちゃんもおばあちゃんも今の俺の悲鳴で起きなかったみたいだけど、朝っぱらから人騒がせにもほどがある。
「おまえさぁ。なんでそんな俺にベッタリなの。俺の寝顔なんか見てて楽しい?」
 いくらなんでもまだ起き出すには早いし、ふとんに戻って寝転がったら、ふあぁ、とあくびが出た。
 俺は本来なら、個人の空間に他人を入れるのを善しとしないが、扇紫の場合は明らかに人外であるせいなのか、それともあまりに無遠慮にひっついてくるのが既に日常化しているせいなのか、そばにいるくらいならあまり気にならなくなっていた。
 なんだかじわじわ感化されつつあるのも気に入らないが、しかしマイペース極まる扇紫相手にいちいちムキになってたら身がもたない、というのも確かだった。
 俺の問いかけに、扇紫は細い顎に細い指を当てて考え込んだ。
「楽しいことに間違いはないが、ふむ……否、ただ楽しいのとはいささか異なるな」
 白い狩衣に金色の瞳、組紐や簪で飾られた青紫の長い髪。どれを取っても現代日本の一般家屋に出没するにはおかしすぎる容貌ながら、外見そのものの調和は取れている。むしろ扇紫の姿は、見惚れるほど綺麗だ。
 実際俺はこっそりと、考え込んでいる扇紫に見とれてしまっていた。
 くっそ、外見が良いってなんでも絵になるし、卑怯だよなぁ。
 眺めていたら、何やら合点がいった様子で、扇紫がにこりと笑いかけてきた。その拍子の小さな身動きに、あちらこちらについた珠や貴金属の飾りが、ちりりんと軽やかな音を奏でた。
「うむ。楽しいというよりも、健やかにしているそなたを見ていると、どうやら私は嬉しいようだな」
 自分で自分の感情を確認して、納得しながら喜んでいるような、のほほんと平和極まるちょっと垂れ目の笑顔。
「……ふぅん」
 我ながら素直じゃない俺でも、そんなふうに手放しで言われたら、そりゃあ悪くない気持ちっていうか……その笑顔と言葉を、つい受け止めてしまったりするわけで。
 でもそんなふうに真っ直ぐ言われることも、自分の反応自体も照れくさくて、俺は扇紫に背中を向ける格好で横向きになると、タオルケットを顔まで引き上げた。
「ま、なんでもいいや。もうちょっと寝る。邪魔すんな」
「ふふ」
 そんな含み笑うような声がしたかと思うと。
 ひょい、とタオルケットを持ち上げられて、頬に軽いキスがふれてきた。
 予想もしなかったことに、俺は数秒固まった後、ぎょっとして扇紫を見上げた。
「へっ……?」
 至近から覗き込んでくる綺麗な顔に、連続でぎょっとしたのも束の間。狙い澄ましたように、柔らかな唇が俺の唇にふれてきた。
 今度こそ完全に硬直した俺は、結果的に無防備に扇紫にクチビルを許してしまうことになった。
 シルクみたいに感触の良い唇が、ついばむように何度か軽くふれ、離れる。
 我に返り、何をされたのか理解した途端、ぼっ、と頬が熱くなった。
「なっ、なな……おまっ、な、なにしてくれてんのッ?!」
「ふふふ。『おやすみのきす』というやつだ」
 どこでそういうの覚えてくるわけ、おまえ?!
 妙に誇らしげな付喪神に、呆れるやら動揺するやらで言葉が出ない。
 俺は慌てて、がばっとタオルケットを頭の上まで引き上げた。
 うっわ、耳まで熱い。これ絶対顔赤くなってるだろ。でも部屋の中はまだ薄暗いし、朝焼けも出てるし……バレてない、よな? な?
「じゃ、邪魔すんなって言っただろーがっ。どっか行け! 俺は寝るっ」
 思い切り扇紫に背中を向け、ぞんざいに言い捨てる。
 ふふ、とまた小さく含み笑う声がした。
 くそ、なんでそんな楽しそうなんだよっ。
 っていうか、俺は男だぞ? 人外にしても男性ではあるらしい奴がキスする相手としては、おおいに間違ってるだろうが。
 それとも人外だから、そーゆーのの考え方も違う、とか?
 ぐるぐる困惑していると、背後からさらりと衣擦れの音と、立ち上がる気配がした。
「あい分かった。それでは私は席を外す故、ゆるりと寝むがよい。また後程な、優希」
 言葉と共に、背後から扇紫の気配が消える。
 ちら、と目で確認してみると、そこにはもう誰の姿もなくなっていた。
「……なんなんだっつーの。自由すぎるだろ、あいつ……」
 ぼやきつつ改めて横になったものの、もう眠気はだいぶ飛んでしまっていた。
 やっと少しうつらうつらしたところで、結局俺は、スマホの目覚ましアラームで起こされてしまったのだった。


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