cats and dogs

‐original BL novels‐



一の小噺「わたぼうし」

   § : 「空咲く花に戀うる君は」 閑話集
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【約3,300文字、読了時間約7分】
本編におさまらなかった小エピソードです。
ある日優希が古い石段の先で出会った、少し不思議なモノのお話。



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 俺の好きな場所。
 静かな処。
 さらさらと木の葉擦れの音が聞こえる場所。
 遠くに小川の音が聞こえるようなのも良い。
 時間が止まったように、空気が少しひやりと澄んでいて。
 それから、何より、──人間の居ない処。


 古いながらもちょっとしたお屋敷であるおじいちゃんの家の周辺は、とにかく緑に埋もれている。
 のどかな山間部に位置するだけあって、騒音まがいに蝉がやかましい盛夏のど真ん中でも、空気は爽やかだ。
 その日も俺は、手伝いと勉強が終わったら、いつものように水筒を持って、あたりの散策に出掛けた。
 気分によって出掛けないときもあるけれど、この夏休み、俺は俺なりに精一杯、帰省した田舎での日々を満喫していた。
 雑多でゴチャついた、人間だらけの街を散歩する気にはならないが、歩くこと自体は好きだ。
 それから、緑のある静かな場所も好き。
 清々しい空気の中、ゆっくり森林浴をしながら歩くのは、身体の中まで樹木の精気が浸透するようで気持ちが良い。
 山の中は鬱蒼としていて入れない場所が大半でも、中には遊歩道が敷かれている場所もある。
 道端に名前も知らない野の花がとりどりに咲き乱れていたり、綺麗な沢まで降りていけるところもあった。


 そんな中を散歩しているうちに、俺はお気に入りの場所のひとつに着いていた。
 苔むした古い石段を登った先にある、クヌギや欅に囲まれた、こぢんまりとした神社だ。
 鳥居もお社も古く、来歴はよく分からないけれど、境内に古びた一対の狐像がある。稲荷神社であることは間違いなさそうだ。
 社務所にはいつ来ても誰もいる気配がないが、放置されている印象はなく、時々はお菓子やお酒、油揚げが供えられていた。
 この場所の空気は、何かシンと澄んでいるようで、やわらかな木漏れ日が落ちるのをぼうっと眺めていると、心が落ち着いた。
 隅っこの石のベンチに腰掛けて、水筒の冷えた麦茶を飲んで一息つく。そして、持ってきた文庫本を開く。
 風通しが良くて少し高い場所にあるせいか、このあたりにはブヨやヤブ蚊もあまりいない。虫は騒ぐほど苦手じゃないとはいえ、好きなわけでもないし第一うるさいから、虫除け対策をしてくればそのあたりは気にせず過ごせるのも良スポットだった。
 現実から切り離されたような中で読書をしていると、いつの間にか活字の群れに引き込まれて、俺の意識は完全に本の世界を浮遊し始めた。


 長いことそうして読書に熱中していた俺は、切りのいいところで、ふと文字の列から目を離した。
 世界が切り替わったみたいに、樹木や土の匂い、野鳥や蝉の声、さやぐ木の葉擦れが、ざあっと俺を包み込む。
 ぱちぱち、と瞬き、本を置いて大きく伸びをした。
「……んーッ……」
 はぁ。だいぶ長いこと集中しちゃってたな。ずっと同じ姿勢でいたせいで、すっかり肩や背中が固まっちゃってる。
 伸びをして身体をほぐし、はふ、と一息ついたら、急に眠気が襲ってきた。
 続きが気になったけど、面白い本に出会うと、一気に読んじゃうのが勿体ない気持ちになってしまうのが、読書に関する俺のサガだ。
 ……寝ちゃおうかな。気持ちいいし、どうせ誰も来ないだろうし。
 贅沢な気分に浸りつつ、小ぶりのリュックを枕に、俺はぱたりと横になった。
 ああ、こんな空間を独り占めできるなんて、最高。
 心地良くうとうとするうちに、蝉の合唱は潮騒のように遠くなっていった。


 ……なんだか、肌寒い、気がする。
「ん……」
 もぞもぞ身体を丸め、手が無意識に肌掛けを求めて動く。
 と、鼻先をフワリと、くすぐったい感触がかすめた。
「……ん、……?」
 ふわふわの羽毛でくすぐられているような、悪戯のような感触。
 なんだこれ、と思ったときには、鼻がむずむずして、俺は盛大にクシャミをしていた。
「──ふぇっくしょいッ!」
 自分のそれで、目を覚ます。目を覚ましたものの、咄嗟に自分の置かれた状況が分からない。
「……あれ?」
 リュックを枕にした視界には、紫混じりの茜色に染まりかけた木々の翳と、透明な空があった。
「あ」
 やばい。
 空の色を見た瞬間、状況を把握した俺は、ガバッと起き上がった。
 道理で肌寒いはずだ。うっわ、うたたねする程度のつもりだったのに、本気で寝ちゃったのか、俺。
 スマホを取り出して見たら、これ以上遅くなったら晩ご飯に遅れる上に、確実に心配される時刻だった。
 どこか郷愁を誘う蜩の声が響く中、俺は慌ててリュックに水筒と文庫本を放り込み、──ふわっと視界の端を横切った何かに、無意識に視線をさらわれていた。
「……あれ?」
 ふわりふわり、と。
 頼りない軽さで、白い綿毛のような何かが、夕暮れの空に浮いていた。
 高さは、俺が立ち上がって手を伸ばしてもギリ届かないくらい。大きさは、掌よりも小さいくらい。
「なんだ、あれ……?」
 一見タンポポか何かの綿帽子みたいだけれど、それにしては大きい上に、まん丸い。まん丸い中心に、小さな芯らしきものがあるっぽい。
 タンポポではなさそうだけど、何かの種だろうか。
 見るからに細く真っ白な繊毛は、夕陽に透けて、きらきらと朱金に光って綺麗だった。
 見上げているうちに、白いふわふわは俺の頭上をくるりとまわった。それからふわふわと社の方に漂っていくと、融けるように、すっと見えなくなってしまった。
「え……っ?」
 その消え方が、本当に「融けた」ようで、俺は目を疑った。
 慌てて立ち上がり、白いふわふわが消えたように見えたあたりに足を運んでみる。
 見回しても、古ぼけたお社があるだけで、特別なものは何も無かった。あの白いふわふわの姿も。
「……なんだったんだろ?」
 そういえば、今は完全な夕凪で、そよとも空気は動いてない。なのにどうやって、あのふわふわは飛んでたんだろう?
 俺には分からないくらいの、微かな空気の流れに乗ってたのかもしれないけど。それにしてもあの動きは、まるで意図的に俺の様子を確かめているようにも見えたのは、考えすぎかな。
 ふと、眠り込んでいた鼻先にふわりとふれてきた、羽毛のような感触を思い出した。
 あれでクシャミしなかったら、暗くなるまで眠り込んでしまっていただろう。真夏でも朝晩は肌寒いくらいになるし、そんな中で寝てたら、風邪だってひいてたかもしれない。
 第一こんな山の中で、街灯もろくにない中を真っ暗になってから帰るのは、なかなかぞっとしなかった。
「あ、そうだ。やばい、早く帰らないと」
 もうすぐ日が暮れて、真っ暗になる。変に遅くなると心配かけちゃうし、急いで帰ろう。
 考えるのは後にして、俺は荷物を放り込んだリュックを背負い、慌てて夕暮れの石段を駆け下りていった。


 その後、あの不思議な白いふわふわのことをネットで検索してみたところ、アレはもしかしたら「ケサランパサラン」と呼ばれるモノだったのかもしれないと知るに到った。
 そんな名前くらいは、どっかで聞いたことがあるような、ないような。
 話してみると、扇紫は「ほほう」と金色の瞳を笑み細めた。
「そのようなモノを視たのか。まぁ、あれの大半は、動物の羽毛や植物の冠毛が集まって風に乗ったものにすぎぬよ。しかし、そうか……神社か。成程のう」
「なるほどって、何か思い当たることでもあるの? アレって何?」
 なんだか一人で納得しているふうの扇紫に首をひねると、扇紫は開きかけた扇を口許にあて、ふふ、と笑った。
「さぁな。そなたが見たままのモノよ。ただな、アレは倖せを運ぶと云う。なかなかに縁起の良いモノだ。きっとそなたにも何か良いことがあるぞ、優希」
「ふぅん……?」
 わりとあれだ。扇紫に出逢ってから、少なくとも俺の理解の及ばない不思議なモノは実在すると理解できたし。無害なモノなら、いちいち気にしてるとキリがないからな。
 我ながら慣れてきたよな、うん。

 ……でも、もしかしたら。
 あれはひょっとしたら、あの神社の神様がケサランパサランの姿を借りて、本当に俺を起こしてくれたのかもしれない。なんてことを、俺は思った。
 思ったものの確かめようもないので、俺はひとまずあの不思議な白いモノに心の中で感謝し、また会えないかな、という僅かな期待と共に、その後も何度かあの古い石段の先に通った。
 けれど残念なことに、その夏アレを見ることは、その後はもうなかったのだった。


(了)


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