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‐original BL novels‐



第1話 付喪神 (1)

   § : 「空咲く花に戀うる君は」 第1話 付喪神
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【約39,000文字、読了時間約78分】
日常系/ファンタジー要素あり/若干和テイスト/ほのぼの/溺愛/ツンデレ/高校生/少年と青年/人外/付喪神/孤独/感傷/ハッピーエンド/
小学校の頃に両親を事故で亡くした優希は、人付き合いがイマイチ苦手なぼっち少年。
高校一年の夏休み、久し振りに帰省した祖父母の家で、優希は一本の古い舞扇に出逢った。
その日、突然優希の前に奇妙なモノが顕現する。
白い狩衣姿に青紫の髪、金色の瞳を持つソレは、自身を舞扇の付喪神だと名乗り…



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「あれ?」
 薄暗くカビ臭い、古めかしい蔵の片隅で、俺こと秋川優希あきがわゆうきは小さな声を出した。
 季節は盛夏どまんなか。が、山稜が連なり緑あふるる大自然が惜しげもなく広がるこのあたりでは、建物の中や日陰に入れば、空気はすっと涼しい。
 ましてこんな、窓も明かり取り程度しか付いていない、一日中薄暗い蔵の中の空気。ほこり臭くてカビ臭いことを我慢すれば、エアコンいらずの快適さだ。
 とはいっても、収蔵品の整理と虫干しも兼ねて蔵が開かれている今日は、周囲にはけっこう人がいて出入りもある。そのせいか、いつもは時間から切り離されたように静かでひんやりとした蔵の中の空気も、掻き乱されるように若干ぬるんでいる。
 そんな中で、古めかしい手許箪笥の引き出しに収まっていた細長い桐箱を、俺は慎重に取り上げた。
 いかにも年代を経ていそうな箱は軽く、これも古びた赤い組紐で、蓋が開かないように括られている。
 俺がその箱を手に取ったのは、箱の上の方に、達筆すぎてよく読めないけど「扇」と読み取れなくもない文字が書かれていたからだった。
 この家に住んでいるおばあちゃんが、昔から日本舞踊の先生をやっているから、この家にはその為の小道具がたくさんしまわれている。
 俺自身は日舞なんてカケラほども嗜んでいないものの、綺麗で風情ある舞扇なんかを見るのは、子供の頃から好きだった。
 それに、この家にずっとあった古い扇なら……おばあちゃん以外にも、日舞をやってて昔この家に住んでいた人間が手にしたモノである可能性、あるじゃないか。
 いくらか離れた庭先から、この普段は静かな田舎の家には珍しく、数人の声とざわついた気配がする。蔵から運び出したアレコレを外で開き、おじいちゃんを中心に、たぶん売るか売らないか、処分するかしないかを話し合っているんだろう。
 それを聞くともなしに聞きながら、俺は桐の箱を手近な棚の上に置いた。
 組紐を解き、慎重に箱の蓋を開ける。
 中には案の定、緩衝材で固定された扇子袋がおさまっていた。
 取り出してみると、鉛の仕込まれた舞扇特有の、ちょっとした重さが掌に返る。
「……なんか、随分古そうだな」
 扇子袋は割合新しそうだったけど、中から出てきた扇は、一目で分かるほど古びていた。
 骨の材質は、古くなってすっかり変色した、けれど艶のある竹。そろそろと開いてみると、貼られた和紙は端こそいくらか痛んでいるものの、色彩はまだ充分鮮やかだった。
 白地に彩雲のようなほわほわした青紫、そこに金箔で流水っぽい柄が描かれている。
 綺麗だなあ。
 開け放たれた戸口から差し込む明るい光に、開いた扇をかざしてみた。
 どれくらいの年代物なのか、値打ちなのかは分からないけど、この風合いすごく好きだ。ふわりとした白さと、優しい濃淡の青紫に、上品な流れを描いた金箔がきらきら光って。重さも感触も、しっくり手に馴染む。
 ……あれ。
 これ、どっかで俺見たことなかったっけ?
 この色とか感触とか。覚えが確かにあるような、懐かしいような。でも思い出せない。
「優希や」
 ためつすがめつ扇を眺めていると、戸口からひょこりと姿を覗かせたおばあちゃんが声をかけてきた。
「皆さんにお出しするのに西瓜を切るけど、優希もどう? よく冷えてるし、甘くて美味しいわよ」
 いつでもきちっと着物を着こなしたおばあちゃんは、髪はもうだいぶ白いけれど、ずっと日舞をやってるせいかしゃきっと背筋が伸びていて、華やかな色も似合うくらい若々しく見える。
 いつもにこにこしていて優しくて、自分の祖母ながら可愛いおばあちゃんだ。
 さっきまでおじいちゃんが蔵から重いものを運び出す手伝いをしていたから、気が付けば喉も渇いていた。「甘く冷えた西瓜」に心を引かれたものの、皆さんにお出しする、の言葉に、思わずためらってしまった。
 人前でものを食べるのが、俺は落ち着かなくて好きじゃない。まして今ここに古物の検分に来ている人達は、俺の知らない人ばかりだ。
 一緒に食べないといけないのかな。めんどくさいし億劫だな、と思ってしまったのを察してくれたのか、おばあちゃんは笑って言い添えた。
「分かってますよ、優希の分は部屋に持っていくから。昼からずっと手伝ってくれたし、こっちはもういいから、部屋で休んでおいで」
「……うん。ありがとう」
 俺のこの、おまえのがめんどくさいよって人からは言われそうな性格にも、昔からおばあちゃんは嫌な顔ひとつしない。おじいちゃんもそうだけど、俺がこうであることを、そのまんま受け入れて、屈託もなく接してくれる。
 甘えすぎちゃいけないと思いつつ、この古い家に来ると、俺はやっぱりいつになく安堵する。
「あ。おばあちゃん」
 部屋に戻っていようと蔵を出かけたところで、俺は手にしたままだった扇子のことを思い出した。
「これさ。おばあちゃんの扇子?」
「おや、それは」
 蔵の戸口のところで、おばあちゃんは俺の手にある扇子を見ると、目許を綻ばせた。
「よく見つけたねぇ。その舞扇はね、ずっと昔からうちにあるものなの。おばあちゃんのおじいちゃんが、その扇に一目惚れしたとかでねぇ。何処かの骨董品屋さんから買い取ってきたものなのよ」
「へぇ」
 おばあちゃんのおじいちゃんっていうと、やっぱり相当古いものなんだな。いや、その時点で骨董品屋にあったっていうなら、もっとずっと古い時代の扇なのかもしれない。
 未だに発色の良い、ふんわりした青紫色の扇を眺めていると、おばあちゃんが懐かしそうに目を細めた。
「昔はおばあちゃんも何度か使ったし。春菜も一時期、その扇を気に入ってね。それでよく舞っていたわねぇ」
 ……やっぱり。
 無意識に、扇子にふれた指に少しだけ力が入っていた。
 そんな俺に、おばあちゃんはにこりと笑った。
「ほしいなら持っておいきなさいな。優希がそれを見つけたことも、何かの縁だろうから」
 あっけなく手に入った扇を、俺は丁寧にたたんで、感触を確かめるように軽く握った。
「うん。ありがとう」
 おばあちゃんは優しく頷いて、西瓜を切りに母屋のお勝手に歩いて行った。


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