cats and dogs

‐original BL novels‐



secret garden

   § : 「secret garden」 メビウスの蛇 後日談2
▲「メビウスの蛇」シリーズ 目次へ

【約9,200文字、読了時間約18分】
フィロネルとユアンがいちゃこらしているだけのお話になりますので、よろしければお気軽にどうぞです。
※本編未読の場合でも読了に問題はありませんが、状況そのものが既に本編のネタバレとなっております。ご注意下さい。




 長閑な雲の漂う穏やかな晴れ間に、ユアンは藍色の瞳を細めた。
 夏よりもずっと冬が長く、一年を通じて晴れ間が出ることの方が珍しいこの国では、滅多にこんな青さの空は見られない。
 長い冬を越えて春になり、景色を真っ白に塗り替えていた雪が次第に薄れて一斉に緑と花々が芽吹き始めたときは、その生き生きとした賑やかな色彩に、ユアンは言葉もないほど感動したものだ。来る日も来る日も窓の外が白く閉ざされ、ほとんどまともに陽光の差さない中で待ちわびる春は、これまでになく恋しいものだった。周囲の人々はそうした長い冬の過ごし方を熟知していたから、それはそれで楽しむことも出来たとはいえ。
 この国の感覚でいえばほとんど一瞬で過ぎてしまう春から初夏は、年間で最も過ごしやすく、風景が美しい。
 そんな頃合いの中、今日は午後から久し振りの公休であるフィロネルは、専用の庭園にある四阿ガゼボで寛いでいた。
 白いドーム屋根と華麗な装飾円柱を持つそこには、若き皇帝のためにゆったりとした長椅子とテーブルがしつらえられ、周囲は色とりどりの薔薇園と目に柔らかな新緑で囲まれている。
 日々多忙な皇帝にひととき安らいでもらおうと、衛兵達や召使いでさえ、今は付近から遠ざけられていた。勿論、この庭園自体が幾重にも警備された中にあり、少し声を高めて呼ばわれば即座に誰かが飛んでくるのだが。
 唯一人、どんなときであれ傍に控えていることを許されているユアンは、フィロネルと白い丸テーブルを挟んだ斜向かいに座っていた。
 微風に乗って薔薇の香りが快く漂い、軽やかな小鳥のさえずりが聞こえる中で、ゆっくりと書物の頁を繰る。そうしながら、ユアンは時折、まるで名人の手がけた絵画から抜け出してきたかの如く美しく映えるフィロネルの姿に目を向ける。
 昨年の冬の入り口あたりに皇帝の座に就いてから、フィロネルの環境はそれにふさわしく変わりはしたが、フィロネル自身はさしてどこが変化したということもなかった。元々この国の事実上の王として数年に渡り統治をしてきた末のことだったから、様々な形式が変わっただけで、日常的にやること自体は皇太子時代とさほど変わらなかったのだろう。
 今日は暑くも寒くもない爽やかな陽気で、公務も終わっているから、フィロネルは普段よりも随分楽な服装をしている。格式張った上着は脱ぎ、黙々と書物を読んでいるその肩に流れ落ちる長い黄金の髪は、緩く結われた陰影のうねりすらも見事だ。その髪も、小さな金の耳飾りに皇家の紋章入りの指輪だけという控えめな装飾品も、四阿の下に入り込んでくる柔らかな光線に淡く煌めいている。深い冬の間はさすがに狩猟に出ることもできず、また皇帝に即位してからは以前ほど時間もとれないことから、以前はけっこう陽に焼けていたその肌色は、今は持ち前の白に近くなっていた。
 引き締まった長い手脚を伸ばし、ゆったりとクッションに凭れて寛いでいるフィロネルの姿に、ユアンは知らず知らず見惚れてしまっていた。元々呆れるほど見映えの良いフィロネルだったが、近頃はますます、華やかな王者の風格とでもいうべきものが備わり出していた。
 フィロネルに出逢い、従者として取り立てられて、かれこれ二年が経つ。その間半年ほど傍を離れていたときもあったが、つくづく様々なことがあったものだと思う。
 かつては皇子と呼んでいた彼が皇帝となった後、側近としてユアンの立場は強固になり、明らかに周囲から一段上にあがった。ユアン自身は決して出過ぎた真似はしないが、皇帝がいる場所には常にユアンがいることを、今では人々も自然なことと受け止めるようになっている。ユアンには頃合いを見て、正式に爵位とそれに伴う財産、帝室付きの正騎士の称号も与えられるという。
 そんな大袈裟なものは要らない、とユアンは言ってはいるのだが、
「皇帝の看板の方が、余程重くて大仰だぞ。おまえも少しくらい面倒な身分になっておけ」
 とフィロネルは取り合わないから、いずれ下賜されるのは避けられないだろう。
 即位したフィロネルはますます多忙になり、それに付き従うユアンも心身共に楽ではない日々だったが、近頃はやっと少しずつ慣れてきた。
 長く床に伏せっていた皇帝の崩御から新皇帝即位と、慌ただしかった周囲の状況も、ようやく落ち着つきつつある。皇宮を離れることこそできないまでも、こうしてフィロネルが休みを得ることも出来るようになってきている。
 こんなふうに、明るく穏やかな空の下でゆっくりと寛いでフィロネルと過ごすことなど、ユアンはこれが初めてだった。共に外に出ること自体はあるが、それはいずれも公務上の外出であり、二人きりになることなどまずない。それにこんなふうに屋外で穏やかに寛げる季節自体が、フィンディアスではごく短い。
 のんびり室内で過ごすことも良いが、広い空と緑のある、あたりの風景を見渡せる場所にいることは、どこかほっとするような開放感があった。
 ユアンがいつの間にか手元の書物を読むことも忘れ、ぼうっとフィロネルの姿を眺めていたら、不意にアメジスト色の瞳が持ち上げられた。
 その手の込んだ彫像よりも美麗な容貌と、彼にしか持ち得ない魅き込まれるような眼差しに、どきりとユアンの鼓動が揺れた。
 そんなユアンを見つめる鮮やかに深いアメジストの瞳が、長い黄金の睫毛に光を纏わせながら、思わせぶりに笑んだ。
「ユアン。そんなふうにいつまでもじっと見られていたら、さすがの俺も落ち着かないんだが」
 そんなことは露ほども思っていないだろう、という意地の悪い笑い方に、ユアンは我に返るなり少々耳朶を熱くした。
「何を今さら。あんたは日頃から、人に見られるのが仕事のようなものだろう」
 照れ隠しも手伝い、周囲に他人の耳目のない気安さから、ユアンはつい砕けた言葉遣いで返してしまった。
 フィロネルは下手な役者も顔負けだろう優雅な仕種で、テーブルに書物を伏せ、凭れていたクッションから身を起こした。
「確かにな。しかし俺にも、人並みに恥じらう気持ちくらいはある。実は案外、普段から無理をしているのかもしれんぞ?」
「あんたが……?」
 恥じらいなど、こいつのどこにそんなものがあるのかと、ユアンは素で眉根を寄せてしまった。
 フィロネルは常に物怖じすることもなく、周囲を圧する威厳と覇気を纏い、胸を張って威風堂々と構えている。それが出来るのは慣れもあるだろうし、それで疲労を感じることも勿論あるだろうが、それにしても恥じらいなどと、あまりにフィロネルにそぐわない表現だった。
 よほどユアンが胡乱な顔つきをしていたせいだろう、フィロネルはいよいよおかしそうに、肩を揺らして小さく笑い始めた。
「俺だって人間だからな。ずっと肩肘を張っていれば疲れもするし、たまには一人になりたいときもある。おまえと居るのは例外としても」
 おまえは例外、のあっさりした一言に、ユアンはまた、たわいもなくどきりとしてしまった。心なしか、先程よりも耳朶が熱を持った。
「……そうか」
「そうだ。だからこちらに来て、俺を癒やせ」
 そんなことをてらいもなく、それどころか明らかに面白そうに​​​──そのくせ本気の表情で​​​──フィロネルに言われ、ユアンは困惑した。
 フィロネルが戴冠し、環境はめまぐるしく変わりはしたが、フィロネルがユアンを求める態度は何もそれ以前と変わっていない。いや、むしろより強引に、手段を選ばなくなってきている気はする。
 なんだその妙な命令は、と思いつつも、ユアンは立ち上がった。フィロネルのいる長椅子はもともと二人以上が腰掛けても充分に余る大きさだったので、そこまで足を運び、隣に腰を下ろした。
「癒やせといっても何をすればいいんだ。肩でも揉むか、詩の朗読でもするか、お茶のおかわりでも淹れるか?」
 ユアンが軽く眉間を寄せたまま問うと、何がおかしかったのか、フィロネルは本格的に声を立てて笑い出した。
「まったくおまえは阿呆だな。その馬鹿正直なところが良いのだが」
 フィロネルは長い腕を伸ばして無造作にユアンの頭を引き寄せ、その濃紺の髪の間に見え隠れしていた耳にキスをした。
 突然間近になったフィロネルの体温と、敏感な箇所にふれた感触に、ユアンはうろたえた。
「ば、馬鹿だの阿呆だの、余計なお世話だ。からかっているなら放せっ」
「からかってなどいるものか。おまえはここにいて、俺を癒やせばいい。どうすればいいか分からないなら教えてやる」
 ユアンは立ち上がりかけたところを引き戻され、顎を持ち上げられたかと思うと、そこに馴染んだ弾力のある唇を重ねられた。それと共に抱き締められ、ユアンは竦むように、たちまち動けなくなった。
 類い稀な美酒を含まされたように、脳幹がくらりとする。フィロネルの唇とその腕は、理屈ではなくユアンの体温を急速に上昇させた。
 不意打ちに等しい扱いにユアンは動揺し、そこにつけこむように、唇を割ってフィロネルの熱く甘い舌が侵入してきた。
「っ……」
 そんなものに舌を絡め取られ、何度も味わうように吸われては、ユアンに抵抗できるわけもなかった。この美しく傲慢な存在の持つ引力は、出会ったその瞬間から少しも変わらずに強すぎる。理屈をこねるのが馬鹿らしくなるほどに。
 深い口付けに頭の奥が痺れ始め、ユアンの唇から潤みを帯びた吐息が零れた。やっと唇が離れた頃には、ユアンはすっかり頭が熱くなってしまい、今や自覚できるほど頬まで紅潮していた。
 ユアンは引き寄せられ、フィロネルに背を預けるような格好になった。そのまま背後からフィロネルの唇が首筋に伝ってきて、ユアンはたじろいだ。
「お、おい、待て。こんな場所で何をする気だ」
「案ずるな。人目はない」
 フィロネルはユアンの衣服の襟元を緩め、首筋に口付けながら、平然と答えた。
「ひ……人目はないといっても、すぐそこに皆控えているだろう。だいたいこんな昼間から……」
「そうだな、大きな声は出すなよ。人目はなくても、聞き咎められたら皆が様子を覗きに来るぞ」
 やけにもっともらしく、しかし明らかに事態を面白がっている様子で告げられ、ユアンは呆気にとられた。身を固くしているユアンを抱き締めたまま、フィロネルは背後で悠然と含み笑った。
 これはフィロネルは、ユアンが困惑し抵抗するのを分かっていて、それを楽しんでいる。いつもながら何かしらの無理を強いることを好むフィロネルの性癖を察し、ユアンの身にぞくりと甘い漣が走った。
 その表立っては微細な反応を見逃さなかったのか、フィロネルの唇が再び首筋に押しつけられた。耳にもキスや甘噛みをされ、ユアンは小さく息を呑んだ。
「だ、だから……こんなことはっ……」
 頭では「こんなところでとんでもない」と思っているのに、あっというまに神経が昂ぶって、身体がいうことを聞かなくなってくる。もがいたユアンに構う様子もなく、フィロネルは背後からその衣服の胸元を割った。服の下に掌を潜り込ませ、遠慮無くユアンの素肌に伝わせてくる。
「……う」
 胸元をはだけられ、明るい中に白く光るような素肌を何の覆いもなく晒されたユアンは身を竦ませた。後ろから抱き締めてくるフィロネルの腕は、緩い力であるにも関わらず、まるでユアンをそこに閉じ込めてしまうようだった。
 ユアンの若々しく締まった肌の感触を楽しむように、フィロネルの掌はじっくりとその上半身を伝い始めた。腹や胸板を撫でまわし、くすぐるように筋肉のくぼみにそって指先をなぞらせる。
「……っく、……」
 ユアンは駄目だと思いつつも、臍や腹を、胸板をなぞられるごとに、ぎゅっと身体の芯を緊張させた。
 抵抗しなければと思いながら、手脚に力が入らない。とうに身体の奥には火種を点されてしまっていた。理屈を踏み越えた本能の根源で、この強いられた不本意な状況に煽られ、ユアンの性感は強くざわめき始めていた。
「あ……」
 なだらかな胸板をなぞっていたフィロネルの指が、そこにある小さな果実のような器官にふれ、ユアンは思わず声を出してしまった。慌てて奥歯を噛み、ぎゅっと目を瞑る。
 フィロネルの最も身近な護衛でもあるユアンは、心身の鍛錬も日々欠かしておらず、細身ながら胸筋にも程良く厚みがある。その上にある乳首は、まだ小さく控えめながら、既に硬くなっていた。
 フィロネルは尖っているそこに指先を押しつけ、感触を確かめながら、ユアンの首筋やうなじに口付けた。
「拒むわりに、もうこんなに尖らせている。おまえはいつもそうだな。本当は、こうして俺に無理強いされることが好きでたまらないのだろうに」
 詩歌を詠うように艶のある声で耳朶に囁かれ、ユアンはぞくぞくした。ユアンの弱点を知り抜いた愛しい指先は、尖った両の乳首を捏ね、摘まみ、先端を爪の先で掻いて、たちまち充血させる。フィロネルの指の動きの一つ一つに胸元がざわめき、腰の奥が疼いて、ユアンは脊髄を駆け上がる甘美な戦慄にびくりと背筋を反らした。
「ち……違う。誰が、そんな」
「少し弄られただけでここまで固くしておいて、何を言う」
 すっかり膨らんでしまった両の乳首を強く引っ張られ、ユアンは目を見開いた。
「あ、ッう……!」
「おや、なんだ。まさかこんな乱暴にされることがお気に召したのか」
 含み笑う声と共に、充血した繊細な器官を潰れるほど捻られ、引っ張られる。上半身が震えるほどの痛みに、ユアンは逃れたいように身を反らし、だが囚われのようなその背は、ただフィロネルの胸板に押しつけられただけだった。
「いッ……や、やめ、ろっ……」
 乱暴に嬲られる乳首が泣きたいほど痛いのに、ずくずくと腰が強く脈打つ。上がりそうになる悲鳴を懸命に喉の奥に抑え、全身を強張らせて痛みに堪えるうちに、呼吸が上がり素肌に汗が滲んできた。それらは明らかに甘さを帯び、普段は凜としたユアンの目許は、ごまかしようもなく上気し蕩け始めていた。
「ひっ……」
 やっと乳首を苛んでいた指が離れ、と思うと、今度は真綿のように柔らかくふれてきた。強く刺激されたせいで殊更鋭敏になっていた肉粒は、今度はその動きに滲むような快感を生じさせた。
 背後からまわされたフィロネルの手に好きに弄られ、その指の間で形を変える自分の乳首のあられのなさに、ユアンは羞恥のあまりきつく目を閉じた。
 日頃からフィロネルのすべてに馴染まされた身体は、その指先のささいな動きひとつにも従順に反応した。赤く尖った乳首の表面をそっとなぞられることも、柔らかく摘ままれることも、強めに揉み転がされることも、腰が砕けそうなほど気持ちが良かった。
「……ッ、あ……あ、ぅっ……」
 誰かに気付かれてはいけないと、ユアンは必死に声を殺しつつも、そのたまらない感覚に身をくねらせた。
 室内ではなくしかも昼日中で、その上絶対に声を上げられないことが、ユアンを普段にも増して過敏にしていた。こんな姿をもしも誰かに見られたら、と想像すると、抑えなければと強く思う。思うほど肌はちりちりするように敏感になり、腰の奥から熱く切ない疼きが湧き上がってくる。
 綺麗に引き締まった下腹部にフィロネルの大きな掌が這い、ユアンの身がますます閉じ込められた腕の中で震えた。
 そんなところを撫でていないで、そのもっと下に早くふれてほしいと、熱く響く鼓動と情欲が訴える。だがそれをさらけ出してしまうことに理性が抵抗し、ユアンはたまらなく切ないもどかしさに喉を喘がせた。
「どうした? ひどく物欲しげだな」
「そ、そんな、ことは、ないっ……」
 揶揄するように耳元に囁かれ、ユアンは歯を食いしばった。もう隠しようもなく、全身が指先まで火照って反応している。それが密着しているフィロネルに分からないわけもない。それでも、自分がこんな状況であさましく悶えてしまっていることが恥ずかしかった。
「ほう。ここまでこんなありさまにしておいて、まだ認めないつもりか」
 言いながら、フィロネルの手が服の上からユアンの膨らんだ股間を掴んだ。そこはもうとっくに熱く勃ち上がり、服の上から見ても反応が顕著だった。
「ひッ……!」
 悲鳴じみた声が上がりそうになり、ユアンは咄嗟に自分の口を自分で押さえた。押さえた掌の下で、自分の呼吸がどれほど熱く乱れているのかを知った。
 こういったとき、普段はユアンが自分で口を塞ごうものなら強引に手を外させるフィロネルだが、さすがに今はそれはしなかった。そのかわりますます嬲るように、ユアンの耳朶を舌と唇で刺激しながら、その股間に勃ちあがったものを服の上からまさぐった。
「ろくに触られてもいないのに、ここでこんなに勃っているものは何だ。まったくおまえは、言っていることと身体の反応がいつも違う。仕様のない奴だな」
「ッ……っひ、……ん、うッ……」
 自分はどうしてしまったのかと思うほど、普段よりもはるかに強くユアンは反応した。びくりと腰がわななき、全身で堪えていないと声が洩れてしまう。
 そんな様子にフィロネルは喉の奥で笑い、首筋に滲んでいる甘い汗を嘗め取りながら、ユアンの下穿きをずらして股間のものを覗かせた。
 袋までずしりと重く膨れ上がったそこは、まるで待ち望んでいたように上向いて、そのあからさまな情熱を主張した。先端からあふれる蜜を制御できない、何よりも正直なそこが晒され、白と藍の凜然とした衣服を纏ったままのユアンの姿を、ひどく煽情的で淫らなものに変えた。
 衣服を完全に剥がれたわけではなく、こんな場所で局部だけを露わにされた格好が、ユアンの羞恥心をいっそう煽った。フィロネルの他は誰も見ていないと分かっていても、身の昂ぶりと共に心臓が痛いほど早鐘を打った。
 全身を竦ませるように震えながら真っ赤になり、ぎゅっと目を瞑って自分で口を押さえているユアンに、フィロネルはその汗ばんだ首筋にかかる濃紺の髪をよけ、軽い口付けを繰り返した。
「このありさまでは、誰かに見られれば確かに大事だな」
 背後のフィロネルがからかうように愉しげに笑ったのが分かり、ユアンは恥ずかしさと身を炙る熱さと、どこか捨て切れない悔しさで眩暈がした。
 ぐちゅ、と下腹につくほど反り返ったペニスを握られ、ユアンはまた声を上げそうになった。ますます身を強張らせ、滾るだけ滾ったものを弄られる感覚に堪えた。
「ッ、……く、ッ……う、ぅ」
 フィロネルの大きく繊細な手が、この上なく熱い存在感を持って怒張した竿を扱き、たっぷり淫蜜を絡めて敏感なカリ首や充血しきった亀頭を捏ねる。その全ての動きに、ユアンの火が付いたように熱い股間から脳髄まで、際限なく強い悦びが駆け上がった。
 神経が麻痺しそうな灼熱感と焦燥感に、幾度も背筋から腿が突っ張り、懸命に抑え込まれた掠れた喘ぎが喉を呻かせる。声を上げられないこと、いくらも離れていないところには無関係な他人がいるということが、ユアンをひどく煽り、自分でも驚くほど感じやすくしていた。
 自分の命より愛しいフィロネルの手で、淫らで露骨な欲望に震える器官を意のままにされる。それは言葉には到底できない歓びと、身が浮き上がりそうな悦楽を呼び込み、ユアンをあっけなく翻弄した。フィロネルの腕の中に囚われ、何度ものけぞり震え上がる中で、ユアンの理性の箍は、もう今にも外れ落ちてしまいそうだった。
 息が詰まりそうなほどの快楽の果てに、そのままユアンを押しやるかと思いきや、達する直前でフィロネルは愛撫を緩めた。ユアンは引きつり、たまらず切なく腰を揺らしてフィロネルの手に押しつけた。すかさず容赦の無い手にいきり勃った根元をきつく握り締められ、押さえた掌の下から哀れなくぐもった悲鳴を洩らした。
「う、う……くッ……」
「何をしている。随分とはしたないぞ、ユアン」
 細かく震えているユアンの耳元に、フィロネルが嬲るようにしっとりと囁きかけた。
「おまえに好きに気をやる自由があると思うな。おまえの身は何もかも、指先まで俺のものだ。おまえはただ俺の命じることに従って、俺を悦ばせることだけを考えていればいい。おまえがそうやって身悶えている様は、たまらなく甘美だ」
 その甘すぎる毒のような声音にすら犯される。高圧的で有無を言わさぬフィロネルに、ぞわぞわとユアンの身が粟立った。少しでも気を緩め、口を塞ぐ手を離したら、あられもない嬌声を上げてしまいそうだった。
「ぅあ……っう、く……!」
 ユアンの呼吸が少しは落ち着いてきた頃を見計らって、その膨れ上がったペニスに再び愛撫が再開された。たちまちユアンはまた全身を張り詰め、喉の奥で呻きながら、苦しさと紙一重の強い快楽に下睫毛を湿らせた。
 何度かそんなことを繰り返され、ただでさえ普段より昂ぶっていたユアンは、もうとても堪え切れなくなった。
「た、たのむ……もう、いかせて、くれっ……」
 途切れ途切れに喘ぎながら、いつもならばしない懇願をユアンはした。ここが閨のベッドの上ならまだしも、何かあればすぐに他人が駆け込んでくる場所であることが、ユアンを追い詰めていた。
「そうだな。では、あと一度辛抱できたら許してやろうか」
 フィロネルはユアンの汗に濡れそぼった細い顎を指でなぞりながら、いかにも楽しそうに言った。この期に及んでまだあと一度などと強いてくるフィロネルを、ユアンは睨んでやりたかったが、もうその余裕すらなかった。
 言葉通り、フィロネルはユアンをもう一度極みの寸前まで追い詰め、ひどく甘く苦しい震えに慄かせた。その意地悪すぎる余韻の引き切らぬ中、ユアンは再び灼熱しきったペニスを握られ、赤く熟れた乳首を捏ねられた。
「ッ、……うぁ、ッ……!」
 全身を引き絞って痙攣したユアンの口を、フィロネルはそこにあったユアンの手ごと押さえ、強く塞いだ。さんざんに焦らされ、もう一押しされるだけで弾けるというところまできていたユアンのペニスは、フィロネルに数度強く扱かれただけで、いともたやすく灼熱しきった欲望を迸らせた。
 フィロネルに口を塞がれなければ、きっとユアンは高い声を上げてしまっていただろう。嵐のように身を芯から蹂躙していった絶頂感に、ユアンはあまりに悦すぎて、一瞬意識がかすみかけた。
 ぜえぜえと喉が喘ぎ、ようやく全身から力が抜けていったが、ユアンは立ち上がる気力もなく、ぐったりと背後のフィロネルに寄りかかった。
 涙と汗に濡れて黒色に見える睫毛を閉じ、眉間を顰めたまま息を弾ませているユアンを、フィロネルが満足げに笑いながら抱き締めた。
「おまえが悪いんだぞ。あんな目で俺を誘惑するからだ」
「あんたと、いう奴は……」
 悪びれもしない言い様に、ユアンはなんとか首を曲げてフィロネルを睨みつけた。ひどくくたびれたし、だいたいいつどこで自分が誘惑などしたというのか。それにこんなところでこんな真似に及ぶなど、ユアンの潔癖な思考からすれば背徳的でしかなく、本来ありえないことだった。
 それを聞こえていないように流して、フィロネルはユアンの耳元に口付けた。
「たまにはこんな趣向も良いものだな。なかなかそそるものがあった」
「良くない。俺の身にもなれ」
「おや。おまえも充分楽しんでいただろう?」
 平然と言い、にやと整った口角を上げて笑ったフィロネルに、ユアンは開いた口が塞がらなかった。だがそれ以上に、かあっと耳まで赤くなる。
 この傲慢で誰より貴く美しい男には、何もかもを見透かされている。それこそ、悔しいが出逢ったときからそうだった。
 だが、素直にその通りだと頷くだなんてとんでもなかった。全身の肌に、腰にまだ宿る切ない熱の名残をごまかすように、ユアンは潤みの残る藍色の瞳で、ますますフィロネルを上目に睨み付けた。
「……馬鹿なことを言うな。そんなはずがあるか」
「そういうことにしておいても良いがな。おまえが素直でないことなど、とうに知っている」
 フィロネルは魔性めいて見えるほど美しい紫の瞳を笑み細め、勝ち誇ったようにユアンの顎先をすくうと、その濡れた唇に軽く口付けた。
 至近距離で瞬いた妖艶な眼差しに、ユアンは呪縛されたように動けなくなる。フィロネルは殊更優しく、躰の裡をなぞるような甘い声音で、その耳元に低く囁いた。
「続きは、また夜に」


(了)


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